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EX12 残酷でも現実

「どこまで行くんだよ」


「喉乾いたから自販機まで」


 増倉の背中に話しかけると、荒々しい返事だった。

 完全にご機嫌斜めだな。

 教室に戻ってきた池本の様子から、まさかとは思っていたが確信を持った方が良いな。

 上手くいかなかったのだろう。


 となると――。

 俺は思考を巡らせる。

 その可能性も考慮していた。

 薄情かもしれないが、俺は演出家として劇を創り上げる責任がある。

 だがその選択を俺は取れるのだろうか。

 もちろん、判断を下すのはオーディションをしてからだ。


 軽率であってはいけない。

 状況を把握して、情報を整理して、条件を定めて決めるのだ。

 俺は密かに拳を握る。

 購買横の自販機まで着くと増倉は缶の紅茶を買い、一気に飲み干した。

 まだ苛立っているようだったが、後一時間後には練習が再開する。

 待ってはいられなかった。


「少しは落ち着いたか?」


「全っ然」


 そういって持っている缶を握りつぶす増倉。

 物騒過ぎるだろ。おい。

 缶をゴミ箱に入れる増倉の背中に話しかける。


「分かってんだろ。午後の練習まで時間がないんだぞ」


「そっちこそ、だいたい何があったか分かっているんでしょ?」


「……だとしても憶測だ。俺がこっちについてきたのはより情報が得られると思ってからだ」


「……分かった。話す」


「簡潔に頼む」


 増倉は何があったか、端的に話してくれた。

 予想通り、うまくいかなかったらしい。

 いや、心情の吐露までした。それ自体は大したものだ。ただそれだけではきっと現状は変わらないだろう。

 問題は残っている。


「ねぇ樫田。池本は……どうすればいいと思う?」


 増倉が不安そうに聞いてきた。

 やけに重い質問だった。

 どうすればいいかって? 俺が知りてぇよ。

 だが、そんなことは言えない。

 決断の時は迫っているのだ。


「少なくとも、これ以上部活の時間を割くことはできない」


「そういうこと、言うんだ」


「俺には! 演出家としての責任がある……分かってんだろ」


「舞台の外はどうでもいいって?」


「誰かは落ちる。これは確定事項だ」


「それは分かっている……分かっている! でもさ! 残酷だよこんなの!」


 増倉の声が上擦っていた。

 残酷。ああそうだな。残酷だ。誰かは舞台に上がれない。それはどれだけの辛さか想像に難くない。

 けど、けどよ増倉。


「残酷でも、それが現実だ」


 俺がそう言うと胸ぐらを捕まれ、思いっきり引っ張られる。


「おい」


 鋭い目が睨まれ、どすの利いた声が耳に届く。

 義憤に駆られたのか、その目は怒りで満ちていた。

 だが、俺は動じずに言う。


「増倉。お前が部活に平穏無事に楽しさを求めているのは知っている。けどよ。これはオーディションなんだ。なりたい役に誰もがなれるわけじゃない。やりたいことを誰もができるわけじゃない」


「そんなことは私も分かっている! でも! せめて挑む意味のあるオーディションではあるべきでしょ!」


「それを決めるのは池本自身だ」


「…………気づいているよ」


 増倉の手が緩み、離れる。

 彼女の口からこぼれた言葉の意味を理解するのに数秒かかった。

「おい、まさか」


「そう。池本は気づいている。落ちるのは自分だって」


「……そうか」


 だから、挑む意味のあるオーディション。

 はたしてどれほどのものだろうか。意味のないオーディションに挑むというものは。


「私は、そんなのってないと思う」


「…………」


 増倉の言いたいことは分かるが、これではいつまでも平行線だ。終わらない。

 話の方向性を変える必要がある。


「なら、増倉は現状を変える手があるのか?」


「それは、まだないけど」


「結局のところ、そこだよな。打開策がないから行き詰っていんだよ」


「……そうね。樫田は? 色々考えたんでしょ?」


 増倉が期待するような目でこちらを見てくる。

 どういったものか一瞬迷ったが、俺は素直に言うことにした。


「考えてはきた。こうなるかもしれない可能性もな」


「……それで?」


「四つ。俺が提示できるのはそれだけ」


「十分だよ! 聞かせて!」


「一つ。諦め」


「却下」


「おいまだ途中だろうが。ったく…………二つ目はこのままチームごとに分かれての練習」


「それって要は現状維持ってことでしょ。却下」


「……三つ目は、なんだ。本人が変えられないなら他を変えるしかないだろう」


「どういうこと?」


「台本もしくはオーディションの変更」


 俺がそう言うと、増倉は大きく目を見開いた。

 そりゃそうだ。これは禁じ手。

 部長が、いや先輩たちが決め手事に今更ケチつけようってんだから。

 それにその結果、今までの練習期間も意味がなくなる。


「それはない。却下」


 それを理解してか、増倉は即座に否定した。

 俺は少し安堵する。

 自分から提案しておいて、賛同されていたら俺は増倉を軽蔑していたかもしれない。


「それで?」


「ああ四つ目なんだが――」


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