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第70話 ディベート3

 次に大槻と向かい合ったのは椎名だった。

 場が緊迫感で包まれる。


「正直、私まで番が回ってくると思っていなかったわ。よっぽどの覚悟しているのね」


「ああ」


 緊張しているのか大槻は短く答えた。

 今までのみんなと違い椎名は明明白白としている。

 大槻からすると苦手な相手かもしれない。


「端的にいきましょう。大槻、あなたは部活に残って何を成したいの?」


「何を成したい……?」


「ええ、目標、叶えたいこと、目指したいこと、そういったことを聞いているわ」


「それが椎名の聞きたいことなのか……?」


「そうよ。私の判断において一番大切なことだわ」


「…………」


 大槻は椎名の問いに黙った。

 何を考えているのか。質問通りに成したいことか、あるいは質問の意図を汲み取ろうとしているのか。


 椎名はそれを何も言わずに見ている。

 数秒後、ゆっくりと大槻は口を開いた。


「椎名、俺は難しいことは分からない。けど、最近お前が杉野と何か考えていることはなんとなく感じていた」


「!!」


「つっても核心持ったのは昨日、歓迎会で焼き肉屋の帰りだけどな」


「そうね、あれは露骨だったわね」


「でも、そりゃそうだよな。俺たちもう二年生でこれからは主体になるわけだから。先のこと考えないといけないもんな」


「……質問の答えになってないわよ」


「俺さ、何かを成すために劇部にいたいんじゃないんだ。みんなと一緒に青春したくて残りたいんだ」


「……それは成したいことはないってこと?」


「いや、叶うなら俺は最高の劇をしたいって思うよ。例えば全国行きたいとかそういう思いがないわけじゃない」


「何が言いたいのかしら」


「劇部が何を成すかは、俺一人で決めることじゃない。みんなで決めることだ」


 大槻はそう断言した。

 確かに言っていることは間違ってはいない。


 だが、俺の中で嫌な感覚が走る。

 そしてその感覚を証明するかのように、徐々に椎名の顔が歪んでいく。


「……それじゃいつまで経っても進まないのよ……」


「椎名……?」


「そうやって、みんなでみんなでっていう考えが停滞を生み出すのよ!」


「!」


「そんなのは何もしないでいるのと一緒だわ! じゃあ誰も何かしたいって言わなかったらあなたは何もしないってわけ!? みんなで決める? ふざけないで! それは日和見よ! 皆で話し合っている間に青春なんて終わるわ! 誰かが先陣を切ってみんなを引っ張っていかないと何かを成すことなんてできないのよ!」


 怒気混じりながら啖呵たんかを切る椎名。

 その迫力に、大槻も俺も気圧される。


「今までだって、あなたから何か率先してやろうって行動を私は知らないわ! いつだって誰かの言われた通り、何かの流れの通りにしか動かなかったじゃない! みんなと青春がしたい? じゃあ大槻。あなたはそのために何かした? 何か努力した?」


「…………」


「ほら何も言えないじゃない! あなたはまず自分とすら向き合っていないわ」


「…………っ!」


 それは怒りというより嘆きだった。

 ずっとずっと思っていたことで、そして椎名が耐えていた軋轢あつれきだ。


 確かに、何かを提案することや何かを率先して行動することにおいて大槻は椎名と比べることすらおこがましいほど怠惰であった。

 長い物には巻かれて、無難な選択をしてきた。

 大槻もそれは自覚しているのだろう。苦しそうだ。


「……椎名の言う通り、俺は周りの意見に同調してばっかりだった。けどそれはその意見が本当に良いと思ったからで! 別に自分の意見がなかったわけじゃ――」


「そう、仮にそうだとしてあなたは演劇部に残ってどうするの? また今までみたいに他人の意見に乗っかって、それを青春っていうの?」


「そ、れは……」


 大槻の言葉が詰まる。

 まずいな。椎名の圧に呑まれつつある。

 このままでは納得どころか議論にすらならない可能性がある。


 だがどうする?

 俺は口出しができない。

 何かないか!? 何か状況が変わるような何かが!?


 そう考えている間にも、椎名の言葉が止まらない。


「もう一度問うわ。あなたが成したいことは何?」


「だから、俺はみんなと一緒に――」


「それは聞いたわ。じゃあそのためにあなたは何をするの?」


「何をするって……」


「あなた自身もさっき言ってたじゃない。もう二年生で主体になるって。それなのにあなたからは自ら動こうっていう気概を感じないわ」


「そんなの……っ! いや、そうだな。俺は確かに主体的ではなかった。けどよ。誰も彼もが自分のやりたいことを主張したら集団はまとまらなくなるだろ」


「何? だから自分は主張しないって?」


「そうは言ってないだろ! 例えば樫田は進行役で自分の主張よりもみんなをまとめることが多いだろ! 時と場合っていうか立場ってものがあるだろ!」


「自分の地位を築こうとすらしない人が何を言うのかしら」


「な……っ! 俺だって! 好きでこの立場にいるわけじゃ……」


 これはもはや議論ではなかった。

 お互いがお互いを尊重できなくなった時点で、ただの言い争いだ。


「散々サボってきて何言っているの?」


「――っ」


 やばい!

 本能的に止めようとしたが遅かった。

 今の一言で大槻がキレる。


「大――」


「っざけんな! 俺だってな! 杉野みたいに新人賞取ったり樫田みたいに統率力あったりしたらな! サボってなかったんだよ! ……俺だって! 俺だって自分の立場も能力も分かってんだよ! 自分の置かれているところも影響力も全部全部知ってんだよ! その上で同調してんだよ! その方が良い雰囲気で部活が行えるって! 楽しくできるならそれでいいって自分殺している時だってあるんだよ!」


「それは…………」


「いいよな。自分の意見をはっきり言えるやつは! 意見が否定されることも流されることもなくいつだって中心にいられる奴は! …………ちくしょう…………こんなこと言いたいんじゃないんだよ…………」


 大槻が険しい顔をしながら、涙を流す。

 声はかすれ、拳を力強く握って、こらえる苦しみが溢れんばかりのように泣きだした。

 泣き声はなく、ただただ涙が頬を伝っていた。


 その姿に椎名は辛そうな表情をして、目をそらした。

 椎名自身も分かっているのだろう。

 熱が入り過ぎて、議論から遠ざかったことを。


 状況は最悪だった。

 椎名は納得していないだろうし、大槻は続けて議論できる状態ではない。

 時間だけが過ぎようとしていた。


 沈黙の中、椎名が大槻を見る。

 そして何か覚悟を決めたように真剣な表情になった。


「大槻、残念だけど私は――」


「待って!」


 椎名の後ろから、彼女が叫んだ。


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