私が世界に『不』を感じたのはいつからだろうか。
不義理、不誠実、不安定。
とにかく、何かにつけて否定的になっていた。
秀明に救われたあの時? それとも思春期?
ああ、世界がもっと義理深く誠実で安定していたら。
そう思う反面、そんな世界はないと分かっている。
人は嘘をつき、約束をたがえる。
人は手を抜き、努力をおこたる。
人は心を変え、善悪をはんする。
でも、それを許容して人は生きている。
罪だの罰だの律した何かで線を引き
賞だの秀だの讃える何かで優を決め
良だの悪だの比べる何かで正を知る
そうやって判断をして人は生きている。
誰も彼もがズルいから、誰も彼もが何も言えない。
果たして、本心を語ることができる人はどれほどか。
これは、私自身に対する問いだ。
私は大槻に本心を話せていない。
不義理で不誠実で、そしてそのことに悩む不安定な人間だ。
別に言えばよかったのだ。
『私は樫田秀明のことが好きだ』
『でも今は部活が一番だから付き合ってはいない』
『だからあなたとは付き合えません』
なぜ言わなかった?
その答えは簡単だ。
私は部活が好きで、みんなと一緒にする劇が楽しいだ。
我ながらズルい。
大槻がその答えでは納得しないと理解しているから、秀明とのことを一切言わなかった。
そして被害者ずらしている。
自分の都合ばかり優先している。
あの本音を聞いて、私は始めに思ったのは『どう穏便に済ますか』だった。
打算的な醜い考え。
彼の走り去る背中を見た時、私は自分が嫌いで仕方なかった。
そして杉野と話している間に異変に気付いた秀明がすぐに動いてくれた。
うまく状況を整理して私はそれに甘えた。
結局、私は一人では判断のできない子どもだ。
実際に動いたのは秀明や杉野。
問題に立ち向かわず、ただ泣いた。
私は私のために泣いた。
違う大槻、私の言ってほしい言葉はそれじゃない。
あなたは本当の私を知らない。
そんな詭弁で、好意を拒否した。
歓迎会が台無しになるかもしれない。
そんなことが脳裏をよぎりながらも、私は私を優先した。
歓迎会が無事だったことを知った時は、心の底から安堵した。
安堵したのに、夜寝付けなかった。
分かっていた。
大槻との関係、みんなの反応、部活のこれから。
不安だらけで潰れてしまいそうだった。
だから秀明と電話して、ずっと私の言いたいことを言っていた。
ここでも私は私のための行動しかしていない。
ひょっとしたら、私は私さえよければいい最低な人間なのかもと思った。
けど。
それなのに。
カラオケ屋でみんなの本心を聞いたとき、胸のあたりが痛かった。
心が苦しかった。
やはり私は部活が好きで、みんなと劇をすることが楽しいのだ。
そう実感した。
なのに反面、みんなの言葉の重さに、思いの丈に、自分の未熟さを痛感させられた。
泣くだけの私とは違い、みんな前を向き、どうすればいいか真剣に考えていた。
香奈は、私なんかよりずっと部活のことを考えている。
それ故、誰かが言わなければならなかった言葉を真っ直ぐにぶつけた。
責任感もあり先を見据えることもしている誠実さがある。
栞は、私なんかよりずっと集団のことを考えている。
それ故、真っ直ぐな香菜とはぶつかるけど、誰よりも事態に憤慨しながらも同情していた。
話が極論にならないのは彼女の持つ安定感のおかげである。
秀明は、私なんかよりずっと自分ができることを考えている。
それ故、場を収めたり話を回したりして、誰しもを納得させている。
感情的に部分を正し、義理堅い判断をしている。
杉野は、私なんかよりずっと正直に発言している。
それ故、みんなから一目置かれて、誰かの心に響く言葉を残すことができる。
誰よりも自由なのに、誰も不快にさせないでいる。
各々の考えを持ち、必死に問題の解決を望んでいた。
事態と一番向き合わなければならないのは私なのに。
きっとみんな私以上に辛い苦しい想いをしていることだろう。
そんなことを思いながらも、私の中のズルい部分が被害者ずらをする。
分かっている。
秀明も言っていた。
決着には私の意見が必要だ。
それはつまり、私は本心を語らないといけなくなるだろう。
否定的な私がそれを拒もうとしている。
けれど、リミットがきた。
秀明に杉野から連絡があった。
電話を終えた秀明が言葉巧みに内容を話す。
大槻からみんなに話があると。
もう逃れることはできない。
被害者ではなく当事者として、問題と向き合う時が来たのだ。
せめて本心を語れるように。
私はそう覚悟を決めてみんなとともに集合場所へ向かった。