俺はスマホを見てゾッとした。
みんなから大量の連絡が来ていたのだ。
やばい。
目の前の大槻のことだけ考えていたから、報告を怠った。
いや、連絡か? 相談か? まぁホウレンソウだからどれでも一緒か。
そんな現実逃避みたいなことを思いながら、俺は電話を入れる。
この状況で、一番穏便に話を聞いてくれそうな人へ。
『もしもし』
「もしもし樫田?」
『遅いわボケ』
「すみません」
『なんかお前、逃げた大槻を追っかけてそのまま音信不通って聞いたぞ』
「はい、その通りです」
『女子たちが烈火のごとく怒ってたぞ』
「はい、すみません」
『で、俺は何をしたらいい?』
流石樫田だ! 話が早い!
持つべきものは友だね!
「実はな――」
俺はとりあえず簡易的にさっきまでのことを話した。
大槻の状態、一年生たちと会ったこと、そして現状。
一通り聞いた後、樫田は言ったのは一言だった。
『杉野、お疲れ様』
その一言が全身に染み込んでいく。
気を抜くと泣いてしまいそうになるほど嬉しかった。
「何言ってんだよ、まだこれからだろ」
『ああそうだこれからだ。だが、ここまで来れたのはお前のおかげだ』
こいつのこういうところずるいよな。
たった少しの言葉で樫田は読み取ったのだ。
大槻の苦悩も、俺の判断も、一年生たちの話の意味も、きっと俺が話した以上のことを分かったのだろう。
すごいやつだ。
『じゃあ、大槻はみんなと会って大丈夫なんだな』
「ああ、そっちの方はどうだ?」
『まぁ色々……』
「?」
『いや、なんとなくみんな杉野が大槻と話していることは察してたよ』
「そっか、すまんな」
『なんで謝んだよ。みんな今は駅近くのカフェで休んでいるよ…………分かっているのか?』
「ああ、俺も大槻も覚悟はできているよ。あんがとな」
樫田は親切に警告してくれた。
こっちはこっちで話をしていた、と。
カラオケ屋で話したときよりも状況は変わっているのだろう。
だから俺は言った。覚悟は十分だと。
樫田は納得したのか、話を進める。
『そうか分かった。じゃあ待ち合わせ場所だがどうする? あんま人目のないほうがいいだろ?』
「そうだな……じゃあ――」
俺が待ち合わせ場所を提案すると、樫田は始め驚いたがすぐに了承した。
『分かった。みんなにはうまく言っておくから』
「助かる」
『じゃあ、なんかあったら連絡するわ。問題なければ現地で』
「ああ、あとで」
それだけ言葉を交わし、電話を切った。
樫田はもっといろいろ聞きたかったのではないだろうか。
そんな考えが浮かぶ。
それをしなかったのは信頼の証か、あるいはみんなで話したいからか。
体が硬直するのを感じた。
不安とか疑念とかあるけど、もうやるしかないのだ。
俺は歩きだし、大槻のもとへ向かった。
階段を下り駅へ向かう通路へ、探すと街灯のところにいた。
近づいていくと向こうもこちらに気づいた。
「どうだった?」
「とりあえず樫田に連絡した。なんかあれば連絡が来ることにはなっているけど、問題なければ予定通りの集合だ」
「そうか。樫田ならうまくみんなに話すだろうな」
「ああ……大丈夫か?」
顔の強張っている大槻を見て、ついそんな心配をした。
本人も自覚があるのか、否定はせず不器用に笑う。
「やばいかも。けどやるしかないだろ」
「ああ、そうだな」
覚悟の決まった様子を見て、俺はそれ以上何か言うのを止めた。
野暮だったか。
こっから先は大槻とみんなとの話し合いだ。
俺に出来ることがあるか分からない。
結果どうなるかも分からない。
「じゃあ行こうぜ」
「おう」
そう言って、俺たちは集合場所へ向かった。
――――――――――――――――――――――
「なあ」
道中、不意に大槻が話しかけてきた。
歩きながら顔だけ向ける。
「その、なんだ。杉野はさ。なんでそこまで必死になってくれるんだ?」
そんな質問をされた。
何でって……。
「当然だろ」
「……」
俺の言葉に大槻は納得いかない顔をした。
いや、そんな顔されてもな。
「そりゃ、あんときは腹が立ったというか、何で今なんだよって苛立ったけど」
「ぐっ……!」
「でもさ。色々考えて、みんなの意見聞いて、自分のしたいことと向き合って、んで最後にはやっぱ一緒に劇やりたいなって」
「……っ!」
俺の率直な言葉だった。
みんなそれぞれ思うところがあって、譲れないことがあって、じゃあ俺の譲れないものは何か考えて辿り着いたのはそんなことだった。
大槻はそれ以上何も言わなかった。
ったく、聞いといて。と思ったが集合場所に着く直前に大槻が言った。
「杉野、ありがとう」
「大槻……」
「どうなるか分からないけど、最後の最後まで抗えそうだわ」
俺が何か答える前に足が止まる。
集合場所に着いたからだ。
思い出の地。線香花火をしたあの公園。
大槻は俺の言葉を待たずに、中へ入っていった。