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第64話 揺れ動く哀愁

「ふふふ、ちょっと一年生で秘密の話してたんです! 先輩たちはどうして?」


「こっちも秘密の話をな。良かったらそっちのテーブル座るか?」


 田島は楽しそうに笑っていた。

 よっぽど楽しい話なのだろうか?


「おい……」


「まぁまぁ大槻。いいじゃないか」


「……」


 大槻が戸惑いを見せたが、俺がそう言うとそれ以上は追及しなかった。

 俺としては流れを変えるチャンスだった。

 田島は池本と金子の顔を見て確認してから持っていた飲み物とケーキを俺の隣の席に置いた。


「じゃあ、お言葉に甘えさせて頂いて。失礼しまーす」


「失礼します」


「失礼しますっす」


 俺たちの横、四人席テーブルに田島達が座った。

 三人とも飲み物とケーキを持っていた。 


 まるで食後のデザートを食べに来たようだった。

 いや、時間的にはおやつタイムか?


「それで秘密の話とやらは無事に済んだのか?」


「う~ん、何とも言えないですねぇ。頭使い過ぎて甘いものが食べたくなったんですよ」


 チーズケーキを一口食べながら田島がそう言った。

 幸せそうな笑顔で食べるなこいつ。


 てか、頭を使う話ってことは真剣な話だったのか?

 自然と俺の視線は田島の奥の池本へといく。

 すると、向こうもこちらを見ていたのか、目が合った。


「すみません先輩。昨日のこと二人に相談していました」


「ああいや。謝ることじゃないよ。思ったより早かったけど、相談できたならよかったよ」


 速攻で相談内容を言った。

 俺たちの間で田島が「あ、言ってよかったんだ……」みたいな顔をした。


 でもそうか、昨日の今日でもう話したのか。大したもんだ。


 『渇望』の話はどこか抽象的だし、けっこう真剣な話だから自分から声をかけて相談するってのは難しい。

 人は存外、真面目な話ができる相手は限られている。


「昨日の? 花火を買いに行った時のか?」


「ああ、ほらお前たちと別れるときに夏村が言ってたろ」


「あの時のか……」


「そう、それでちょっと『渇望』の話をしてな」


「渇望の話をしたのか……!? いや、あれに早いも遅いもないか。必要になったってことか」


「そういうことだ」


「なんか懐かしいな……」


 穏やかに笑う大槻を見ると、俺もかつてのことを思い出す。

 去年俺たちが演劇について考えだし、まだ今ほどの仲ではなかった頃。

 まだ一年前だというのに、その過去はどこまでも遠くに思える。


「………………」


「ん?」


 俺と大槻が話していると、横の一年生たちがじっとこっちを見ていた。

 どうした……食べないの?

 大槻も同じ視線を感じたのか、一年生たちに聞いた。


「どうした?」


「いやぁ、なんていうか、ねぇ?」


「っす」


「うん」


「なんだよ?」


「杉野先輩はともかく、大槻先輩も分からないんですか?」


「??」


 俺たちはアイコンタクトをするが、一年生たちが言いたいことが分からなかった。

 田島が呆れたような、でもどこか――てか今杉野先輩はともかくって言った?


「かっこいいなぁって思ったんですよ」


「っす!」


「はい!」


 なぜかちょっと悔しそうに田島は言い、金子と池本は元気よく肯定した。


 は? かっこいい?

 今のが?


「ああ、なるほど」


「大槻、お前今の分かったのか?」


「あれだろ、昔俺たちが津田先輩とかをすげーって思っていたのと同じだろ」


 なんとなく、腑に落ちた。

 そういう感じか。


 なんていうか、自分たちが知らないことを当然に知っている高校生に憧れているような、そんな感覚。

 今思うと、自分たちだって高校生なのにな。


「でもそっか、渇望かー。そっか……」


 呟きながら腕を組む大槻。

 チラッと俺を見た。

 まだ早いと思ったのか。あるいはどう言えばいいのか考えているのか。


「先輩の皆さんからしたら渇望の話は有名なんすか?」


 金子がそんなことを聞いてきた。

 有名っていうか……。

 今度は俺が大槻を見ると、お前が説明しろと言わんばかりに黙っていた。


「……俺が一年生の時の春大会……要は去年の今頃。当時いた森本先輩って人に言われたんだよ『お前は自分の渇望に向き合えていない』ってな」


「その森本先輩って轟先輩たちの一個上の先輩ですか?」


「そう。当時演出家をやっててな。口と目つきの悪い先輩だったよ」


「……怖い先輩だったんですか?」


「怖いっていうか……まぁ、はっきりと物事を言う人ではあったな」


 あらゆることに対して一刀両断していた人ではあったが、いざどんな人か説明しようとするとむずいな。

 と、いけない。話がそれたな。


「で、紆余曲折あって俺は渇望に向き合ったわけだ」


「肝心なところが省略だ!」


 田島が元気よく突っ込んだ。

 おおいいね。

 金子と池本も、そこが知りたいのにって顔をしている。


「そうだぞ杉野。お前が新人賞をとった件が抜けている」


「そこはいいだろ」


 大槻! 余計なことは言わない!

 田島が驚いた顔でこちらを見た。


「杉野先輩……新人賞とってたんですね……!」


「新人賞っすか?」


「??」


「あ、新人賞っていうのはね――」


 新人賞を知らない金子と池本に田島が説明をし始めた。

 なんか不思議だった。去年の今頃は知らなかったことを今俺は当たり前のように知って、それを知らない一年生たちを微笑ましく思った。


 ふと大槻を見ると、彼も一年生たちを見て穏やかに笑っていた。

 それは懐かしさに浸っているような、朗らかな感じ。

 だからか、その様子を見て率直に聞いてしまった。


「懐かしいか?」


「……ああ、俺らも歓迎会の次の日集まったよな」


「そういえば、そうだったな」


 言われて思い出す。あれは樫田と山路を含めた男子四人だったな。

 歓迎会の次の日に集まって、遊んで食って笑って楽しんだ。

 話した内容はあんまり覚えていないが、大半は部活の話だった。


「むむ、なんだか先輩たちから生暖かい視線を感じます」


「そう思うならヒント欲しいっす!」


「ちょ、真弓ちゃん! 金子君!」


 田島が何を感じたのかそんなことを言い、金子が乗っかって、池本が申し訳なさそうにしている。いいトリオだな。

 にしても、ヒントだぁ~?


「そんな語彙力があったら言ってるわ」


「諦めろ、杉野は天然性だから言葉が出るときと出ない時がある」


 そうだそうだ! 俺は天然せ――ん? どゆこと?

 俺が大槻の方を見たが、優雅に紅茶を飲んでいた。

 しかし、田島達はそれでは終わらなかった。


「じゃあ、大槻先輩教えてくださいよぉ」


「っす!」


「お、俺か!?」


 大槻が驚きを見せるが、田島と金子は真剣に頷く。池本も恐縮そうではあるが知りたいのか、じっと視線を送る。

 お、面白い展開。

 こっちを見て助けを求める大槻に一発かませと言った感じで俺も頷く。


「つっても、俺はそういう感性はないぞ」


「ちゃんと感覚じゃなくて感性っていうんですねぇ」


「まぁ、男子四人で話したからな」


「そういえば、杉野先輩もみんなが解決したって仰っていましたね」


「え、そうなん?」


 大槻が意外そうに言った。

 ああ、みんなからしたら俺が勝手に解決したように見えたかもな。


「みんな? 樫田とか椎名とかか?」


「違うよ大槻。お前や山路含めたみんなだよ」



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