「なるほど『渇望』かぁー」
「なんか深い話だ」
私――池本春佳が話を終えると、対面側に座る真弓ちゃんと金子君はそう言った。
歓迎会をして頂いたその夜に私は思い切って二人に連絡した。
杉野先輩に相談したこと。先輩から二人に話すように言われたこと。
文字上のやり取りだったけど、二人はすぐに会おうと言ってくれた。
そして今日。五月四日の午後、私たちは駅前のショッピングモールのフードコートにいる。
それぞれの食べたいものを買って昨日の歓迎会について話してから私の話をした。
たぶん、話しやすい雰囲気を作ってくれたのだろう。
私はそういうところも含めて、二人を尊敬している。
そんな二人は私の抽象的で突拍子もない話を、時々相槌を入れながら真剣に聞いてくれた。
「うわぁー、私これ上手く言語化できないかも」
「そうだね。感覚じゃなくて感性の話、か」
話し終わった今も、真剣に意味を解釈しようと色々悩んでいるようだった。
その様子を見ると、私の中で何かが蠢く。
やはり、二人を見ると感じる。
杉野先輩が言っていた『渇望』。
ただ、私は教わったのだ。これが劣等感ではないことを。
それだけで臆することなく言葉が出せる。
「……二人は、その、分かるの?」
「うーん、そう言われると……」
「なんとなく……杉野先輩の言う『渇望』ってことの意味までは……」
二人とも歯切れの悪い感じだった。
そうか。二人もそうなのか。
理解まではいかないけど、体験として分かる感じなのか。
「……ちょっとごめん。話変わるけど金子話し方どうしたん? っすって言わないの?」
「いや、さすがに同級生に敬語は使わないでしょ」
「あ、あれ敬語だったんだ!」
「そういう田島も、なんかいつもよりテンション低くない?」
「そりゃ、真剣な話だからね」
「なぜドヤ顔?」
私が考えていると二人がそんなことを話し始める。
確かに、金子君はいつもよりしっかりした感じだし、真弓ちゃんは真剣な感じだ。
けれど別に居心地は悪くなかった。
「話戻るけど、杉野先輩は俺たちと話すように言ったんだよね?」
「うん」
「あ、私もそこ気になった。どうしてだろう? 先輩の話でだいたい解決した気がするけど」
「分からない。杉野先輩は再発してもきっと、今よりは受け入れられるだろうって」
二人の質問に私は言われたことを話す。
確かに、二人に話すと何故そうなるのかまでは聞いていなかった。
「再発……受け入れる……」
金子君は私の答えを自分でも言いながら真剣に考えてくれていた。
真弓ちゃんの方に視線を向けると何故かじっと私を見ていた。
目が合うと、たどたどしく話始めた。
「えっと、その、なんていうか…………すごいなぁーって」
「え?」
「ああ! ごめん! 真剣な話しているって分かっているんだけど、私ならたぶん、その『渇望』の違和感にも気づかないし、先輩にも相談できなかったから。だから春佳ちゃんがすごいなぁーって見惚れた」
ゆっくりと真弓ちゃんはそう言い、恥ずかしそうに照れながら笑う。
すごい? 私が?
予想外の言葉に驚きが隠せなかった。
「そんなことないよ。すごいのは二人だよ」
「え?」
「……?」
私の言葉に今度は二人が驚いた。
だが、これは私の本心だ。
「だって、真弓ちゃんは中学でも演劇やっていて、それに先輩たちにも物怖じしないで話せているし、金子君もすごい周り見ていて的確にここってところで空気読めるし、男子の先輩たちとすぐに仲良くなったし、とにかく二人はすごいよ」
「それはアレだ。隣の芝生は青く見えるってやつだよ」
「っすね。少なくとも自分はそんなにすごくないよ」
私の言葉を二人は濁した答えをした。
その様子は少し寂しそうで、それでいて何かを悟ったような感じだった。
ああ、分かっているのに私の中の劣等感が膨張する。
「杉野先輩はこういうことも見越したのかな」
「あー、どうだろ。あの人は天然でグサッって心に刺している気がする」
「確かに」
金子君の呟きに、真弓ちゃんが素早く否定した。
心に刺さった言葉を言われたのはきっと歓迎会の焼き肉屋でのことだろう。
心臓の鼓動が早くなった。
これが渇望なのか劣等感なのか、今の私には分からない。
あれだけの言葉を頂いたのに。
これだけ二人と話しているのに。
私は自分の中にあるモノを掴めずにいる。
先輩に言われた条件。その意味を正しく解釈していなかったではないか。
そんな不安すらよぎる。
「ねぇ、春佳ちゃん」
「……?」
何を感じたのか、正面の真弓ちゃんが穏やかな声で話しかけて来た。
目が合うと、今度は堂々とした態度だった。
「たぶんね、焦っても答えには辿り着かないよ」
「…………」
「間違ってたらごめん。けどなんか春佳ちゃんが焦っているように見えたから」
「焦っている?」
「うん。何にとか、どう焦っているとかは説明が難しいんだけど…………なんていうか答えは確かに大切だし早く知りたいものだけど、過程をすっ飛ばして知っても、たぶんダメだよ」
「じゃあ…………じゃあ、私は……」
そこまでしか言葉が出なかった。
真弓ちゃんが正しいと思ったから?
反論するだけの言葉を持ってないから?
何で私は続きを言うことができないの?
少し沈黙が流れた。
意外にも破ったのは金子君だった。
「まぁ、杉野先輩もいつか話せって言っていたならすぐに分からなくてもいいんじゃないかな。きっと一朝一夕で分かるものじゃないんだろうし」
「お、良いこと言う」
「でも、焦る気持ちなら俺にもあるよ」
「え?」
金子君の発言に思わず聞き返した。
すると彼は困ったような顔をしながら言う。
「そりゃそうだよ。同期の一人は演劇部経験者で、もう一人が先輩とそんな真剣な話しているって知って。俺だけ何もないじゃん」
「そんなことは」
「だから、一緒だよ」
「――っ!」
「渇望とか望んでいるものは違うかもしれないけど、今未熟で焦っているのは一緒だよ」
金子君は力強く、そう言った。
私の中の何かが、少しだけ落ち着いた。
「ありがとう」
「おお、もっと良いこと言うね」
「田島はそればっかだね」
「いやー、真剣に考えてたら頭疲れちゃって」
「じゃあ、甘いものでも食べる?」
「お! いいね! 一階のカフェでケーキ食べたい!」
そうして私たちは場所を移動することになった。