目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第62話 揺れ動く心

 落ち着け。冷静になれ。


 そう口の中で言うが、体は熱い。

 このまま血液が沸騰するんじゃないかと思えるぐらい。


 そんな熱さが脳の思考を邪魔する。

 考えより先に言葉が口から出る。


「それは、違うだろ……」


「かもな」


 大槻は軽く笑う。

 その諦観が癇に障る。


「本気か?」


「ああ」


「……ちげぇだろ」


 俺は大槻に近づき、胸ぐらをつかむ。

 驚いた顔をされたが、気にしない。


「ふざけんな。お前、どれだけ俺たちが心配して、悩んで、考えて…………っ!!」


「杉野……」


「ああ?」


「なんでお前が泣くんだよ……」


「え……?」


 言われて気づく。

 今、俺は泣いていた。


 ほほを涙が通り流れていた。

 ああ、そうか俺は悲しいのか。


 怒りだと思っていた今の感情の正体を知る。

 自然と手の力が弱まる。


「……ありがとう」


 大槻はそう言って、掴まれた俺の手をゆっくりと離す。

 まるでもう、悔いのないかのように。


 よくない。これはよくない。

 大槻の中で冷めている。部活に対して、人間関係に対して、そしてきっと全てに対して。


 どうしようもなく距離を取り、心を冷やし、外にいる。

 人が何かから離れ、捨て、諦める時の無気力を感じる。

 だが逆にいえば、そうしなければ彼は辞めるという選択肢を取れないのだ。


 大丈夫。まだ大槻の中には熱がある。

 俺は少しだけ冷静さを取り戻す。


「大槻の気持ちは分かったが、それはみんなに言わないとだろ」


「…………」


「俺だけじゃない。俺たちだけじゃない。先輩や一年にも言わないと筋が通らないろ」


「いやまぁ、そうなんだけど……」


 大槻が目をそらす。

 さっきまでの言葉と違い、躊躇いや未練を感じる。

 俺はその行動から、大槻がまだ完全には辞める決断をできていないことを確信する。


 ならどうする?

 この状況。次にすべきことは何だ?

 たぶん、みんなと合流することが最適解だろう。


 だが俺は――。


「なぁ、大槻」


「?」


「少し駄弁らないか?」




 ――――――――――――――――――――――――――――――




「本当にいいのか?」


「いまさら言うなよ。たぶん大丈夫だから」


「いやたぶんって……」


 俺たちはショッピングモールの一階のカフェに来ていた。

 大槻は紅茶、俺はジンジャーエールを買って向き合う形で座った。


「みんなと連絡とってたんだろ? さっき山路もいたってことはみんなで会ってたんじゃないのかよ」


 やはり大槻も察してはいたか。

 俺はジンジャーエールを一口飲む。

 炭酸が喉を通り、程よい痛みを感じる。

 連絡してないことは絶対にまずいだろうが今は考えないことにした。


「まぁ、それも話さないとな」


「それもって……じゃあ、何を話す気だったんだよ?」


「何って、駄弁ろうっていっただろ?」


 怪訝そうな大槻を俺はゆっくりと観察する。

 疑問、警戒、心配、そしてちょっとの希望。


 そんな状態が入り混じっているように見えた。

 まずは警戒を解くところからだ。

 俺は椅子の背もたれに出来るだけ体重を預け、視野を広くする。


「歓迎会。無事に終わったよ」


「え……?」


 驚きの声を小さくあげ、固まる大槻。

 やっぱり何も知らないよな。

 みんな心配して、お前に連絡していたんだぞ。

 そう思いながら、俺はゆっくりと説明した。


「あの後……いや、俺と池本が夏村と合流してからな。お前がいないから嫌な感じがして花火持たせて池本を先に公園に行かせたんだ。そして話を聞こうとしたんだが、池本が去った瞬間夏村が泣いてな」


「っ!」


 大槻の表情が大きく歪む。

 それでも黙って俺の話を聞く。


「夏村から事情を聴いたが正直俺だけじゃどうしようもなかった。けど池本だけ公園に戻ったことに異変に樫田が気付いてくれてな。電話くれてすぐに来てくれた。俺は歓迎会が台無しになるって、やけっぱちになっていたけど樫田が『まだ歓迎会は終わっていない』って言ってくれてな。すげーよなあいつ」


 俺は笑うが、大槻はまだ苦しそうだ。

 歓迎会がどうなったのか、その終わりが知りたいのだろう。


「夏村は樫田に任せて俺は公園に行った。けど、どうやって無事に終わらせようか困っていたら椎名が話しかけてくれてな。大丈夫って山路も増倉も分かっているって言われたんだ。それに先輩たちも気づいていたのか、最後まで触れずにいてくれたし。だから結果的に歓迎会は無事に終わってな。それに一年生たちが意外と線香花火にハマって――」


「――そっか」


 俺が話し終わる前に、大槻が小さく呟く。

 目じりに涙を浮かべて全身の力が抜けたようだった。

 俺は話すのを止め、ただ黙った。

 大槻は両肘をテーブルに乗せ、祈るように両手を合わせてそこに額を当てる。


「良かった……本当に良かった……」


 小さく肩を震わせながら、そう言った。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?