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EX5 証明感情

 ――チャンスだと思ったのかって?


 分からない。いつから告白しようと考えていたか、それすらオレには分からない。

 けど、あの時のオレは歓迎会の興奮に当てられていたのは事実だ。


 だから花火の買い出しで夏村と二人になったとき、最高だった。

 夏村はオレの言うことに相槌を打ってはいたが、自分から話すことはなかった。

 いつも通り、無口でクールだった。


 結局は自己陶酔なのは分かっていた。

 それでもオレは最高に楽しくて、鮮明な時間だった。

 あっという間に、花火を買って外に出た。

 街灯の下で、杉野たちを待った。


「それにしても池本の相談事って何だ?」


「詳細は分からない。けど何か言いたそうだった」


「そっか。杉野を指名したのは?」


「こういうのは杉野の分野。どうせまたテキトーに響く言葉を言う」


「ああ、違いないな」


 何気ない会話だったと思う。

 よくある部活仲間の話。

 それなのに、ああ、それなのに。


『彼女は微笑んだ』


 それが部活の話だから、後輩の話だから、あるいは杉野の話だから笑ったのか。

 そんなことはどうでもよかった。

 オレの中で、感情がざわめいた。


 証明してくれ。

 この感情を証明してくれ!

 世界に鮮やかな色をくれ!


「夏村」


「ん?」


 止まらなかった。


 止められなかった。


 それが前に進み戻れなくなる行為だと、どこかで分かっていたはずなのに。

 もっとしっかりと考えて、もっとしっかりと準備したかったのに。


 オレは――。



「好きだ、付き合ってほしい」



 告白した。


 まるで時が止まったかのように、周りの音が消えた。

 街の音なんて最初からなかったかのように心臓の音しか聞こえなかった。

 夏村はじっとオレを見た。


 何かを考えているのか。何かを計れているのか。

 なぜかすぐに断られることもなかった。

 ただただオレを見たあとに、夏村は言った。


「私の何が好きなの」


「え?」


「……」


 彼女は答えを待っていた。

 確かに自分本位すぎたと。でも唐突な告白に向き合ってくれたと。

 この時のオレは安易にそんなことを思っていた。


 だから精一杯の想いを伝えた。

 一目惚れだったこと。笑顔が好きなこと。部活で一緒に演劇をしているだけで楽しいこと。オレの灰色の世界に色彩が宿ったこと。

 とにかく話した。


 夏村は黙って聞いてくれた。

 そして、オレは全てを伝え終わった時、言った。


「ごめんなさい、友達でいましょう」


 言われてオレは気づいた。

 もしかしたら彼女は、何かを言ってほしかったのではないだろうか。

 オレがその言葉を言えなかった。



 ――そっからのオレの見苦しさは酷いものだろうな。



 必死に言葉を探した。

 時に自分の至らなさを、時に部活のことを、時に恋愛の楽しさを。

 惨めに、みっともなく、みみっちい。

 それでも夏村は真っ直ぐにオレを見て答える。


「私には好きな人がいる」


「けど今は部活が好きだから」


「恋愛より部活を優先したいこと」


 オレの中で後に引けない何かがずっと背中を押していた。

 進めと、押せと、踏ん張れと。

 何でもいい。彼女の琴線に触れる言葉を。


 ――見失っているなんて気づかずに、戯言を言い続けた。


 そして、




 パン!




 オレはビンタされた。

 そこで知る。理解する。オレが何を言ったのか。

 どれだけ傷つけ、どれほど辛い思いをさせてしまったのか。

 彼女の誠実な答えを侮辱したのか。

 泣きそうな夏村の顔を見た瞬間、オレは。


 ――気づくと走っていた。


 頭の中では自分の言った愚かな言葉が響き渡る。


「オレの何がダメなんだ?」


「試しでいいからさ! 考えてみてくれないか!?」


「部活もいいけど、恋愛も楽しいから!」



 何言ってんだ! 何言ってんだ! 何言ってんだ!

 違うだろ! そうじゃないだろ!

 部活あってのオレたちなのに……!


 知ってたじゃないか! 夏村がどれだけ演劇を好きか!

 見てきたじゃないか! 夏村がどこまで日常を好きか!

 分かったじゃないか! 夏村がどれほど部活を好きか!


 何度も何度も自分を責める。

 繰り返し繰り返し言葉が響く。

 逃げるように走り続けた。

 止まると肯定してしまう気がしたから。


 必死に走って走って否定した。


 転ぼうと、胸が苦しくなろうと、足がもげるほど痛くても走った。


 あてもなく、走り続ける。


 違う! 違う! 違う!


 オレはこんなことを証明したかったんじゃない!


 オレはただ…………!


 あれだけ内から響いていた証明感情はもうなかった。


 オレの世界には、もう灰色すらなかった。



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