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第56話 彼女の想いは前を向き慈しむ

「樫田にとってそれが部活に有益だと思っているってことよね?」


「ああ」


「そう」


 樫田の意見に対して、椎名がそれだけ聞いた。

 それに樫田は肯定をした。


 会話はそれだけだった。

 他の誰かが何かを言うことなく、樫田の番は終わった。


 順番的に、次は俺だと思い姿勢を正す。

 周りの状況、みんなの表情を確認しようと目だけで動かす。


 ふと夏村を目が合う。


 いや違う。彼女がオレを見ていたのを感じたから目が合ったのだ。

 何だ? どうしたんだ?

 辛そうな彼女の表情はみんなの意見を聞いたから、ではなさそうだった。


 ああ、そういうことか。

 なんとなく観劇会の時の焼き肉屋でのことを思い出す。

 だから俺は周りにバレない程度に小さく頷く。


 夏村は何もリアクションせずに、目をそらす。

 たぶん、伝わっただろう。


「じゃあ、俺の意見は終わりだ。次は――」


 樫田が進行役に戻り、俺の方を向いた。

 椎名と増倉の視線も集まる。

 俺は樫田が言う終わる前に言った。


「悪いんだけど、俺を最後にしてくれないか?」


 誰も声には出していないが、みんな動揺した。

 警戒して、怪しんで、訝しげに、それぞれが俺を見る。


 ただ一人、夏村だけがそれでいいと言わんばかりだった。

 始めに口を開いたのは増倉だった。


「でも、それは、佐恵が……」


「私は大丈夫」


 増倉が心配して夏村の方を見るが、彼女は力強く頷く。

 それで納得したのか、それ以上増倉は言わなかった。

 その横で椎名が俺をじっと見ていた。


 ああ、大丈夫だよ。

 俺がそうアイコンタクトを送ると、伝わったのか特に何も言わなかった。


「分かった。みんなもそれでいいみたいだし、夏村頼む」


 樫田が夏村を見て、笑顔で話を促す。

 みんなが注目する中、夏村が話し出した。


「私は…………いえ、私にとって大槻は部活の仲間でしかない。そして今の私にとって一番したいことは部活。みんなと演劇がしたい。だから正直、それを分かってもらえなかった大槻のことは許せない。けどだからって彼に部活を辞めてほしいわけじゃない。それは春大会の前で、先輩や後輩に迷惑や心配かけたくないっていう打算もある。でもそれ以上に、みんなとの日常が好きだから」


 夏村は涙をこらえているのか、必死に上擦った声で話す。

 けど俺たちはその痛々しい様子から目を離さず、しっかりと聞く。


「議論して、揉めて、言い合って、それでも進んで最高の劇を作ろうとする今が好き。私は正しいか間違っているかなんて問わない。大槻が部活より恋愛を優先したとしても、それでも彼の中に部活が好きな気持ちがあるなら…………私は一緒に部活をしたい」


 夏村の話を聞くと不思議と今までの一年間を思いだす。

 四苦八苦して、ぶつかり合って、成功したり後悔したりした一年を。


「私たちは二年生になった。もう、教えてもらうだけの存在じゃなくなったし一年生たちに教えて、そして示さないといけないと思う。劇部が楽しいんだって。苦しいこともつらいこともあるけど、私がそうだったように真剣に向き合えば最高になるんだって」


 二年生だから。後輩に示す側だから。

 それは彼女の成長か、信念か。

 きっとどうしようもない複雑な想いのはずなのに、ひしひしと感じしまう。

 夏村の内からの衝撃。どうしようもない渇望。


「私は歓迎会楽しかった。だからこれからも楽しく過ごしたい」


 その言葉が夏村の意見のまとめだった。

 きっと夏村は責任を感じているんだろう。


 告白された側として、部活に変化をもたらしたことに対して言いようのない感情を秘めているのだろう。

 樫田がまとめ役として抱いた葛藤があるように。

 彼女には彼女の想いがある。

 あの時、池本の相談を優先したのは、夏村なりの先輩として部員としての行動だった。

 どこまで分かっていたかは知る余地もないが、それでも夏村は後輩の悩みを自分よりも大切にした。



 なら、俺は――。

 みんなの意見を聞いた上で、俺が思い、話し合いことは。


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