俺と椎名が部屋に戻ると増倉と夏村はもちろん、すでに樫田もいた。
カラオケ屋に似合わない、静かさだった。
「ふーん。二人で話してたんだ」
増倉が嫌味っぽく言う。
実際、さっき対立した椎名と誰かがこっそり話すのが面白くないのだろう。
しかし、椎名は構わずに先程と同じ、増倉の横に座った。
「ええ、いいでしょ?」
おー、強気な発言だ。
大丈夫? 増倉がすげー顔しているけど、これから真剣な話なんだけど。
「ふ、別に。私も午前中、杉野と二人で話したし」
「!?」
増倉からの唐突なカウンターに椎名が驚く。
あー、そういえばそう…………あれ? 椎名さん? なぜに鬼の形相で睨むのですか?
その奥で夏村も冷たい目しているし!?
もしかして俺今ピンチ!?
「ははは、いいじゃん。いつもの劇部っぽくなってきたじゃねーか」
一人、樫田が愉快そうに笑う。
酷いが、今ので雰囲気が和らぐ。
「ほら、杉野。とりあえず座れって」
樫田は、自分の横を指さした。
俺は従い、さっきと同じ場所に座った。
「さてさて、頭冷やしたり考えまとめたり密会したりしたところで、話し合いますか」
その一言で、みんなの表情が変わる。
続く樫田の言葉が、空気をさらに重くする。
「が、その前に。バイトの休憩時間だったみたいでな。山路と少し話した」
「そう、山路はなんて言っていたのかしら?」
「端的にこちらの状況を説明した上でこう言ったよ『みんなに一任する。でもそれは自分の意見がないんじゃなくて、僕は一部員として早期解決を望むから』だそうだ」
「……早期解決」
増倉が呟くようにそこだけを切り取り、言った。
「こりゃ、山路なりの――」
「大丈夫よ樫田。ここにいるみんな分かっているわ」
椎名が樫田の言葉の遮り、断言した。
そうだな。山路の悔しさも信頼も俺らは分かっている。
一瞬目を大きく見開いたが、樫田は周りを見ると笑顔になって謝罪した。
「そりゃそうだ。失礼した。杞憂だったな。じゃ改めて始めるか」
「そうだけど、私と香菜はだいたい意見言ったし、具体的にどういう議論にするの?」
進行する樫田に増倉が聞く。
確かに、具体的な議論の主軸を聞いていない。
「色々考えたんだが、まずは意見を言っていない杉野と夏村、俺の三人が現状を踏まえた上でどうしたいか、あるいはどうするべきかを言うべきだと思う。みんなそれぞれの主張を言ったのちに話し合いをしたいと思っている」
「つまり、ほとんどノープランなのかしら」
「そうでもないさ、いくつかパターンは考えている。ただ必ずしもさっきみたいに大槻が部活を辞めたほうがいいかどうかになるとは限らないだろ?」
「……そうね」
椎名の鋭い指摘を、すらっと返答する樫田。
ずっと進行役をしてきただけあって、何一つ動じていない。
もしかしたらこの場の主導権は、すでに樫田が持っているのかもしれない。
俺は探りを入れるように、聞いた。
「じゃあ、誰から話す? 俺から言うか?」
「いや、悪いんだが俺から言わせてくれないか」
樫田が全体に言うように、みんなの顔をそれぞれ確認していった。
意外だった。てっきり最後のまとめ役として残ると思っていた。
同じように考えたのか、みんな驚いた顔をしていた。
「……なぁ、そういうリアクションだよな。いつもなら率先して意見言うタイプじゃないのは自分でも分かってんだがな」
自虐的に笑っていた。
その様子に、俺はなんて言えばいいか分からなかった。
「構わない」
透き通る声が短く言った。
一瞬誰の声か分からないぐらい予想外のことに、視線が彼女に集まった。
「樫田の好きなように言って構わない」
「……ありがとう、夏村」
樫田が、声の主に感謝を言った。
この場にそれを否定する者はいない。
そして、樫田が話し出す。
「まぁ、なんだ。いつも聞く側だから自分の意見を言うってのは不思議な感じだが、まず一つ。俺は自分のことをこの代のまとめ役だと自覚している。だからこれまで、自分の意見よりも部活にとって有益かどうかで考えて発言したこともあった。それはきっと今も、そして誰かが部長になったこれからも変わらないだろうと思っている」
静かに、一つ一つ言葉を選ぶように樫田は言う。
それは初めて見る彼の弱さなのかもしれないと感じた。
「部活のことを考えるなら、恋愛は個人の領域のことでそこまで大きな問題になることはないと高を括っていた。ああ、驕ったんだ。俺は大槻があんなタイミングで告白するはずないって、テキトーな言葉を言っておけば問題ないだろうって、どこかで思っていたんだ」
震えた声で、拳を握りながら、言い続ける。
まるで悲しい懺悔だ。
「俺は自分がまとめ役だってかっこつけて、ちゃんと大槻と向き合わず夏村を傷つけた責任の一端があると思っている。正直、だから大槻のことをどうこう言うのに躊躇いがある。けどふざけたことに大槻を許せない気持ちもあるんだ」
誰もが息を呑み、黙って聞いた。
聞けば聞くほど心が苦しくなる。
「でも、やっぱ俺は進行役だから、考えの基準には部活のことがある。そりゃ大槻はサボることがあったりしたが、俺にとってはこの一年一緒にやってきた仲間で、部活に必要だと思っている。だから、もしあいつが自分のしたことを反省して謝罪するなら、俺はそれを受け入れる」
力強く自分の意志を告げる。
それは今まで進行役に徹していた彼ではなく、樫田秀明の心からの叫びだった。