「ふざけないで!」
脊髄反射のように素早く増倉が叫んだ。
椎名も樫田も動じない。
その様子が更に増倉を苛立たせる。
立ち上がり椎名を睨みつける。
「なにそれ香菜、何様のつもり。一年間も一緒に部活してきたのに、そんな…………そりゃ、佐恵のこの様子見て怒るのは分かるけど、けど! そんなの間違ってるでしょ」
「怒りに任せて発言したわけじゃないわ。私なりにこれからのこと、部活のことを考えて」
「なら、それは逃げだよ。間違った時、迷った時に面倒事を捨ててなかったことにしようとする逃げだよ!」
「じゃあ栞、あなたは許せるの? 友達を泣かされ、部活を侮辱されて、あまつさえ歓迎会だって台無しになるかもしれなかったのよ」
「だから! それを考えるための集まりでしょ!」
「私だってそう思っていたわ。でもそれに意味はあるの? この場にいない彼のためになぜそこまでするの?」
「だって…………だって同じ部活の仲間でしょ」
「仲間? 冗談でしょ。これほどの迷惑をかけられて! 今回だけじゃないわ! 日頃からサボったり手を抜いたりしている彼を仲間ですって!」
逆鱗に触れたのか、椎名も立ち上がり増倉に近づきながら言う。
「じゃあ言うわ。真面目にやらない奴なんて部活に不要よ」
「かっこつけないで。その言葉の先に何があるの? 今まで一緒にやってきたじゃない。そうして残るのは何? 一人芝居? ああ、どっちかっていうと一人よがりね」
「なんですって」
おいおい、さすがに言いすぎだろ。
そう思いながらも止めるための言葉が出ない。
どうする? 止めてどうなる?
何か意見を言えるか?
そう考えている間にも、現実は動いていく。
「栞はどうするつもりなの? 大槻がこのまま部活を続けたとして、それが何になるの? 元々真面目じゃなかった彼がこんなこと起こして、それでも平然と部活を一緒にすることを許せるのかしら」
「許せないのはわたしだってそう! でも何も考えずにそんな結論はあんまりだって!」
「何も考えてないわけないでしょ! もう前に戻れないのよ!?」
「そんなの、そんなの私だって分かっているよ! 何さ香菜も樫田もテキトーに達観しちゃって! 物事はそんな簡単じゃないのよ!」
「? 何言っているか分からないわ。けど私はテキトーなんかじゃないわ。栞の方こそなぜそこまで大槻に執着しているのか分からない」
「ちが、違うよ。私はそういうのじゃなくて…………ただ、みんなでちゃんと部活をしたいだけ」
「なら私と同じじゃない」
「違う! 全然違う! 私は――!」
ドン!
部屋中に何かが破裂したような音が響いた。
その音で、部屋中が静まり返った。
一瞬何が起こったか分からなかったが、すぐに状況を理解した。
樫田だ。
彼の拳がテーブルの上にあることを見て理解した。
先程の破裂音は樫田がものすごい勢いでテーブルを叩いたんだ。
「か、樫田?」
思わず、名前を呼んでしまった。
ギロリと樫田がこっちを睨みつけたが、すぐに笑顔になる。
「すまん。どう止めるか迷ってな。手っ取り早くさせてもらった」
何事もなかったかのように、さらっと樫田は言った。
俺は知っている。過去一年でほんの数度だけ見たことある。
この静かな樫田は、怒りが一定を超えた時の状態だ。
物事を冷静に、冷酷に、いともあっさりと判別するときの樫田だ。
「まぁ、二人とも一旦座れって」
ただならぬ様子の樫田を前に、椎名と増倉は大人しく従った。
空気が一転した。
荒々しさがなくなり、まるで厳かな雰囲気の中にいるように、誰も何も言えなかった。
「すまんな。黙っていて。まぁ今もまとまっていなんだけどな…………俺は二人の言い分も分かる。今日集まったのは何とかするためだとも思うし、かといって何で大槻のためにそこまでするのかって疑問もある」
いつもの進行役のように話を持っていく。
その様子に俺は安堵を覚えた。
「だからこうしよう。みんなそれぞれ思うところあるだろうが、ますは今度どうしたいか。各々言い合おう。議論も反論も反芻も、全てはそれからだ」
樫田の提案に、みんな頷き肯定する。
なんとか、落ち着いて話が出来そうだ。
「で、言っといてなんだが考える時間をくれないか? 三十分ぐらいでいい。二人も少しクールダウンして言葉をまとめてもいいだろ?」
「わかったわ」
「うん、そうだね」
「杉野と夏村も、それでいいか?」
「ああ、大丈夫だ」
「うん」
全員の確認を取ると、樫田は立ち上がった。
? どうしたんだ。
「じゃあ、悪いがちょっとお手洗いに行ってくるわ。三十分後ぐらいに戻ってくるから。みんなはどうする?」
「そう…………私は少し外の空気を吸ってくるわ。頭も冷やしてくる」
「じゃあ、私はここにいるよ…………嫌な意味じゃなくて、距離取ったほうがいいしょ」
「ええ、分かっているわ。佐恵は?」
「私はここにいる」
「そう、分かった」
樫田はトイレ、椎名は外、増倉と夏村はここに残ることになった。
そしてみんなの視線が俺に集まる。
「俺は――」