五月四日、みどりの日。憲法記念日と子どもの日に挟まれた国民の休日。
俺は駅前にいた。
ゴールデンウィーク中ということもあり、それなりの人がショッピングモールの方へ足を運んでいた。
そんな人波を見ながら、俺は昨日を振り返っていた。
歓迎会を経て思うところ色々とあるが、目下の問題は『大槻と夏村』のことであった。
結局、公園で話したが憶測の域を出ないということで一度解散することになった。
みんなで大槻と夏村にそれぞれメッセージを送り、返信が来たら明日(つまりは今日)に話を聞こうということになった。
そして今日の朝、夏村から女子グループチャットに返信が来たようで一度集まることになった。
残念ながら大槻は音信不通だ。
…………なんとなく予想はついていたが、マジで何があったんだ。
それをこれから聞くというのに、思考はそこへたどり着く。
俺は今日何度目かの時計確認をする。
スマホを取り出し画面を見ると、現在朝の十一時半。
集合は十三時。
「何やったんだろ」
思わず、そんな独り言が出る。
この時間にここにいても仕方ないことは分かっていた。
だが、じっとしてられなかった。
部屋にいても落ち着かず母ちゃんに昼飯代を貰い、駅に来ていた。
こんなことしても何にもならない。
なら、家で昨日のことを整理したほうがよかっただろう。
頭で分かっていても、体が動かずにはいられなかった。
この衝動は、俺が平穏を好んでいるからだろうか。
それとも二年生になったこの一か月で、更に部活が好きになったからだろうか。
さっきから答えのない問いを繰り返して仕方ない。
現状の問題に不安と苛立ちを覚えながらも、考えるのは自分のことだ。
あのとき、あの場で、ああしていれば。
分かっているはずなのに、どこからか考えが浮かんでくる。
けど俺は知っている。
これは自分の所為ならどれだけ良かったかという現実からの逃避だ。
自分の力でどうしようもできないことに対する言い訳だ。
自分の無力さを理由に、納得できない何かを埋めようとしているにすぎない。
春休み、大槻と山路を部活に来させたのとは問題の規模も質も違う。
みんなが緊迫感を持っている。
いつだか雨の日に樫田が言っていたことを思い出す。
『杉野、俺たちは今、思っているよりもギリギリのバランスを保って部活をしている』
ああ、この状況になって分かったよ。
思えば昨日公園で椎名と増倉がいつもより揉めていなかったのも、山路がやけに積極的だったのも違和感だった。
だが分かる。
みんなそれぞれ感じ取っていたのだ。
何かが起こって、それが危険なことを。
今が壊れかけている。
それがどうしようもない現実だった。
再認識しても、何も変わらない。
俺はスマホを取り出して、再度時間を確認する。
現在十一時三十五分。
あー、ダメだな。この状態ではみんなに会えないな。
俺は気分を変えるべくショッピングモールの方へ足を進める。
本屋で本でも見るか。
ゲーム売り場でも行くか。
気持ちを上げるというよりは、この落ち着きのなさをどうにかしたかった。
昼前だからフードコートは混んでいるだろうし、適当に歩くか。
そう決めて中へ入っていく。
外とは違い、ショッピングモールの中は涼しかった。
俺は少しだけ体の堅さが抜けるのを感じた。
そのまま、いくつもの店を素通りして奥へと進んでいく。
歩く速度が速かったのか、すぐに一番奥の百均に辿り着く。
とくに用事もない俺は後ろを向いて反対方向に歩こうとした。
「あ」
後ろを向いた瞬間そんな声が聞こえた。
そして、振り返った正面にショートボブの見知った顔があった。
カーゴパンツに動きやすそうな薄茶色のパーカーを来た増倉がいた。
「よ、よう奇遇だな」
「奇遇って、今日みんなで会う約束してるじゃん。ていうかこっちは見かけたから声かけようとしてたの」
言われて気づく。
どうやら増倉の方は俺に話しかけようとしていたらしい。
「すまん、気づかなかった」
「考え事?」
「そりゃまぁ、そうだろ」
何の? と問わないあたり増倉も分かっているのだろう。
その表情は、真剣さと少しの心配が入り混じったような表情だった。
「それにしても早いじゃん。集合午後だよ?」
「じっとしてられなかったんだよ。そっちは?」
「私も、まぁ同じかな…………せっかくだし一緒にどこかに入らない? 少し話したいし」
「ああ、そうだな。そうするか」
助かる話だった。断る理由もなく俺は賛同して飲食店のある方に向かっていく。
増倉も俺の横について一緒に歩く。
そういえば、増倉と二人で話すのは部活動紹介の劇決め以来だ。
ただ今回話す内容は決まっていた。
「大槻から、連絡ないって?」
「ああ樫田も山路もダメだって。男子のグループ含めてとれる連絡手段は全部取ったんだが」
「そっか。本当勝手だね」
「…………そうだな」
その言い草は怒っているというより、寂しげな様子だ。
だからか、真意が計れずに呟くような返事がやっとだった。
増倉は今回のことをどう思っているのだろうか。
怒っている? 悲しんでいる? 呆れている?
いまいち、明確には分からなかった。
「夏村の方はどうだった?」
「文字上でも分かるぐらいには、辛そうだった」
「じゃあ、特に何も聞いてないのか?」
「う~ん。少しだけ三人で話したけどそれは内緒。だって佐恵に悪いし」
「そうだな。すまん」
どうやら、女子だけで何か話したらしい。
でも増倉の言う通りそれは俺が聞くべきことではない。
「ああ、でもそれはあくまで私の口からはってだけで佐恵がこの後みんなにも言うかもしれないし」
「分かってるよ。ただ夏村がどういう状況か、知りたかったんだ」
「ああ、そういう…………結構ダメージはあったと思う。一歩間違えれば歓迎会の後味悪くなっていただろうし」
「やっぱり、そこは大きいよなぁ」
大槻と何があったのかはまだ分からないが歓迎会の終盤。あのタイミングだ。そのことも考えにあったと思う。
だが――。
俺は夏村の涙のわけがそれだけじゃない気がしてならなかった。
あの時の表情は、こう、もっと自分の内側と向き合っていたような…………。
「でもさ」
そんなことを考えていると、増倉が遠くを見ながら言った。
「私、ひょっとしたら大槻の気持ち分かるかもしれない」