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第33話 テーブルトーク1

 それぞれ、手に持ったグラスを軽く当てあって、飲み始める。

 乾杯と言っといてあれだが、恥ずいな。

 どことなく、夏村と木崎先輩がにやけているように見える。

 え、てか笑っているよね? 夏村さんちょっと肩震えてない?


「杉野先輩」


「どうした、池本?」


「今の乾杯の音頭って、即興ですか!?」


「ぶっ!」


 ……池本がそんな質問を聞いてきた。

 そして夏村で思わず、吹き出した。笑ったね? 完全に笑ったよね。

 俺の横では、下唇を噛んで何かを我慢している木崎先輩が肉を焼き始めた。


「?」


 池本は不思議そうな顔をして、夏村の方を見た。

 あ、この子、素で言ったんだ。


「ごめん、さっきの乾杯が面白すぎて」


「柄にもないこと言った自覚はあるよ」


「え、すごい良い言葉でしたよ!」


 池本の優しい言葉が痛い。いや、嬉しいんだけどね。


「……まぁ即興とは思えないほどいいセリフだったよ」


「ですよね! 木崎先輩!」


「止めてくださいよ、木崎先輩まで」


 歓迎会の出だし早々にこんなことになるとは。

 完全にいじられ役だ。


「やっぱり役者にはアドリブ力とかも必要なんですね……」


 あー、ダメダメ。そんなに真面目に目を輝かせてこっちを見ないで。

 池本の横の夏村が手で口元隠して、必死に笑いこらえているから。


「は、入って良かったと思えるのは確定しているらしいから、良かったね池本」


 夏村が満足そうな笑顔をしながら言った。


「はい! もうさっきの言葉で確定しました!」


 ぐうぉ!!! 抉り過ぎだろ、その言葉。

 無邪気すぎるだろ……。


「池本、分かった、分かったから他の話をしようか」


 耐えられない俺は分かりやすいほどに話を変える。


「他の話ですか?」


「そうだな……そういえば、部活動紹介の劇はどうだった?」


「あの劇、素敵でした! 本当になんて言えばいいか分からないぐらい、その、すごく感動して! ……その、わ、私もこういう高校生活を送りたいなぁって……」


 最後の方はギリギリ聞き取れるぐらいの小さい声だった。

 耳まで真っ赤にして池本は恥ずかしそうだが、俺含め木崎先輩も夏村も喜ばしい気持ちで一杯なことだろう。

 まぁ一番喜ぶであろう椎名がいないのが残念だ。

 だがそうか、あの劇を見てそう感じてくれた人がある。

 こそばゆい感じがありながらも、温かい気持ちが胸の中で溢れた。

 良かった。


「ああ! すみません! 変なこと言いましたね……!」


「そんなことない。謝らなくていい、すごく嬉しい」


 恥ずかしさに駆られたのか池本が謝ったけど、夏村がすぐに反応した。


「そう感じてくれたなら私たちは嬉しいし、それは誇っていいこと」


「先輩……!」


「今、池本が言った本心はきっと演劇に役立つ」


 ……ああ、そうだな。

 人間どうしよもなく真剣なこと、本心を言えない生き物だ。

 恥ずかしさや照れくささ、空気を読んで場を重んじて、尊重の果てに他人が見えなくなることがある。

 でも、演劇をやるなら、本心を言う必要がある。

 まだ恥ずかしさはあるかもしれないが、池本の本心を言える真面目さは武器になるだろう。

 存外、大物かもな。


「ありがとうございます……」


 俺たちが池本の本心を感じ取ったように、池本も夏村の言葉から何かを感じとったのかもれない。

 その感謝の言葉はとても真剣な声だった。


「……今年もいい後輩が入ったみたいで良かったよ。さぁ肉が焼けたよ」


 絶妙の間で木崎先輩がそう言い、みんなの皿に焼けた肉を配る。


「ああ、ありがとうございます……すみません! 先輩に焼かせてしまって!」


「……いいんだよ。僕はもうすぐ引退だからね。今日は二年生がしっかりできている

か見るのが仕事だから。肉焼きながらほどよく話に入るから、気にしないで」


「……」


 新しい肉や野菜を網に置いていく木崎先輩。

 俺は、あっさりと出た引退という言葉に、何とも言えない感情を抱いた。

 夏村もそうなのか、少し表情を曇らせた。


「いつ頃引退されるのですか? 一学期の終わりですか?」


「……うーん、どうだろ。少なくとも春大会が終わるまではいるかな」


「春大会? それっていつ頃あるんですか?」


「……あー、いつだっけ杉野」


「え、ああ。確か六月の下旬ですね。第三週だったはずです」


 木崎先輩が俺に話を振ってきた。

 いけない。しっかりと歓迎会に集中せねば。

 俺は、大会で思い出したことを聞く。


「そういえば、池本は貰った台本読んだ?」


「はい! とても面白かったのですが、難しそうな台本でした……」


「何か、やってみたい役とかあった?」


「そうですね……全然そういうこと考えてなかったので、本当に何の役でもいいので、色々演じてみたいです」


 それは謙遜とか先輩の前で躊躇っているとかそういうのでなく、池本なりの覚悟あるいは気合なのだろう。

 彼女は今、全ての役に興味があり、全ての演技をやってみたいのだろう。


 俺は不思議な感覚を覚える。

 これは、ひょっとしたら先輩面せんぱいづらみたいな良くないものかもしれないが、池本に対して温かく優しい共感を抱いた。

 一年前、俺も演劇について何一つ知らない(今も語れるほどかは知らないが)後輩だった。


「一年生たちとの演技、とても楽しみ」


 夏村はこれから先が楽しみなのだろう。

 一瞬、先輩としての言葉なのかとも考えたが、夏村はそういう立場どうのより自分の率直な意見を言うタイプだ。


「私も先輩たちと劇をするの楽しみです! でもあの、私演劇の経験が本当にないので、その……」


「大丈夫、さっきキザなこといった樫田も去年からの新人」


「え!? そうなんですか!?」


 おい、キザなことって。もう乾杯の話は終わったでしょ。

 池本が目を輝かせてこっちを見ている。あれ既視感?


「夏村、なんか今日攻撃力高くない?」


「……別に、何も根に持ってない」


 あ! お前さてはカフェで青春って笑ったことへの仕返しだな!

 肉を食べながら目を合わせない夏村。


「杉野先輩は中学では別の部活やられていたんですね」


「ああ、てか大槻と山路も中学では別の部活やってたはず、確か増倉もだっけ?」


「そうなんですね。みなさん本当に上手だったので、中学からずっとやっている人達だと思っていました」


「一年前、樫田は酷かった」


 ……本当に情け容赦ないですね、夏村さん。

 流石に根が深すぎやしませんか。


「……まぁ、酷かったのは認める」


「ええ! 信じられないです」


 くっ! 何か、何か夏村の話題はないのか!

 このテーブル、俺しかダメージ受けてないよね!

 実はさっきからちょくちょく木崎先輩の方見て助けを求めていたが、本当に肉焼くマシーンと化している。

 黙ってみんなの皿に肉や野菜を置いている。あ、ありがとうございます。


「素人なので何が上手いとか言葉にできないのですが、すごいです」


 池本の言葉に嬉しい気持ちを覚えつつ、俺は少し引っかかった。


 何が上手い、か。


 ちらっと夏村の方を見ると、何か言葉を考えているようだった。

 たぶん、同じようなことを思っているのだろう。

 この状況なら、俺が言ったほうがを持たないだろう。

 そう判断して俺は気軽に、やや照れくさそうな笑みを浮かべて言った。


「まぁ、演技に上手いはないよ」


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