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第28話 後輩とばったり

 本当に、樫田はどこまで見透かしているのだろうか。

 確か、俺が椎名に初めて呼ばれたあの日、偶然樫田と出会い椎名に呼ばれたことを当てられた。

 だが、だからといって俺が椎名に肩入れしているのが何故分かる?


「買ってきたぞ、ほい。炭酸なら何でも良かったんだよな」


「ああ、ありがと」


 あの後、俺は樫田を引き止め、恒例のフードコートてポテトを食べようとしていた。

 聞きたいことが色々あったからだ。

 どうして俺と椎名の関係に気づいたのか。それについてどう思っているのか。極端な話、敵か味方か。もっと言えば部長になる気はあるのか。 

 そんな色々なことを考えていると何から聞けばいいのか分からなくなっていた。


「その顔は何から聞くか悩んでいる顔だな」


 俺の表情から考えを読み取ったのか、樫田がそんなことを言った。

 ポテトを食いながら続けて樫田は言う。


「もっとシンプルに考えようか」


「シンプルに?」


「そう、杉野と椎名の関係、これは多分だが増倉辺りも気づいていると思うぞ。そういうのって何となくわかるもんだ。俺の場合はあの日に杉野と出会ったからってのもあるけど」


 明確に分かっているのではなく、何となくそうなんじゃないかと思われていたのか。


「じゃあ、さっきのはカマかけられたってことか?」


「確信があったわけじゃないけど、当てずっぽうで言ったわけでもないぞ」


 なるほど。半信半疑って感じか。

 俺はへたに考えるのを止め、直接聞くことにした。


「ぶっちゃけ樫田はどこまで分かってんだ」


「どこまでって言われると難しいんだが。お前らが何か企んでいるのは気づいている。けどそれが粃を部長にするとかそういうレベルの話なのか、もっと上の目的意識なのかは分からない」


 胸の鼓動が早くなっていた。

 ほとんど分かってんじゃん!

 ただ全国を目指すというところには至っていないようだ。


「じゃあ、樫田は――」


「あれぇ〜? 先輩たちじゃないですかぁ?」


 俺が樫田に部長になる意思があるか聞こうとしたとき、そんな声に阻まれた。

 俺たちを先輩と呼ぶのは限られていた。

 横を向くと、田島と池本が両手で飲み物を乗せたトレイを持って立っていた。


「おう、二人とも奇遇だな。座るか?」


 樫田は狼狽えることもなく笑顔でそう言うと、横の椅子に置いていた鞄をどかす。

 俺も倣って鞄をどかす。


「ありがとうございます!」


「し、失礼します」


 田島は元気よく樫田の横に座り、池本は謙虚に俺の横に座った。

 完璧に話すタイミングを失ったな。


「先輩たちは何話してたんですか?」


 うーん。俺たち二年の人間関係の事、後輩二人の前でする話でもないし、どうしたものか。


「別に、普通に部活のことだよ。春大会に向けてとか色々。そっちこそどんな話してたんだ?」


 樫田が具体的なことを濁して言った。流石だ。

 そして、質問を返すことで追撃を許さない。


「えー、大した話してませんよ。今日の部活凄かったねとか歓迎会楽しみだねとか」


 田島も当たり障りのないことを言う。

 それでも樫田は掘り下げていく。


「ほう、今日の部活ってどう凄かったんだ?」


「どうって……ねぇ」


 田島が池本の方を向いて何かを求めると、池本は激しく頷いた。


「う、うん。凄かったです! 演技もそうですけど意見をお互い素直に言い合える関係性がすごくカッコよかったです。ああ、高校生ってこんなにすごいんだなぁって思いました」


 池本は目を輝かせて、やや興奮気味にそう言った。

 おお、嬉しい感想だな。そんな風に思ってもらえるなんて。

 まぁ、中学から上がったばっかの時って、なんか高校生がカッコよく見えるもんなんだよなぁ。俺もそうだったし。


「ふーん。で? 田島はどうなんだ?」


 樫田はなぜか池本のことは気にも留めず、田島の方を見ていた。


「…………私ですか?」


「そう、お前はあれを見てどう感じたんだ?」


「…………」


 笑顔で聞く樫田。対して田島は何故か黙った。

 ? なんだ? なぜ感想を言わない。

 代わりに口を開いたのは樫田だった。


「俺さ、高校入ったとき思ったんだよね。あれ? 中学と変わんなくね? って。学校も部活も人間関係も」


 樫田の言葉に俺や池本は何を出だすんだと不思議そうな顔をしたが、田島だけは目を見開き、驚いた顔をしていた。


「お前からはそんな俺と同じ気配を感じた」


「……どうですかね。先輩に気のせいかもしれませんよ」


 田島は樫田の意見を肯定こそしなかったが、強く否定もしなかった。


「気のせいならいいんだ。笑ってくれ。けどな、もしそうだったら一つ助言だ」


「助言?」


「ああ、高校生は思った以上にぞ」


 どういう意味か解らなかったが、それでもその言葉の重みは俺でも感じ取れた。


「助言、感謝します」


 田島がどういう風にその言葉を感じ取ったかは知れないが、笑顔で樫田にお礼を言った。

 すると樫田は笑いながら


「ははは、そう思うなら少しは今日の部活の感想教えてくれよ」


 感想を田島に求めた。

 俺も、ここまで拒む田島の意見は聞いてみたかった。それは池本も同じだったのか、じっと田島の事を見ていた。


「はぁ、分かりましたよ。少しだけですよ」


 田島は観念したようにため息をついて、話し出した。


「まず言っておきますけど、あの時の私の感想に嘘はないですよ」


「ああ、わかっている」


 樫田が代表して肯定する。


「正直言うと、最初は緩い部活なのかなぁって思ったんです。特に賞を取ることや全国目指すことをしない、ただ純粋に劇を楽しむ部活なのかなって」


 そう感じるのも無理もない。俺たちは今まで別にそういったことを目指していたわけではないからな。

 勿論、大会に出る以上、最低限狙いはするがガチで賞を取りに行ったりはしていなかった。


「でも、先輩たちの演技見て思ったより演劇していて驚いたんです」


 田島からすると、俺たちはもっと酷い演技をすると思っていたのか。

 まぁ、確かに緩い部活と思われていたらそうなるか。


「先輩たちに聞きたいんですけど、全国とか目指さないんですか?」


 まさかの一言に、俺は驚いた。

 全国。椎名の口以外でその単語が出てくるとは。

 どう答えるのか。樫田の方を見ると、なぜか目が合った。

 ? なんだ?

 そう思った時には樫田は目を田島の方向へ向けなおした。


「さぁな。次の部長次第だな」


 それって――


「それって目指す可能性はあるってことですよね」


 俺が考えるよりも先に田島が樫田に強く尋ねた。

 樫田は俺と椎名が全国目指すことに気付いている?

 含みのあるその言い方に、そんな考察がよぎる。


「まぁそうだな。その可能性もある。ただそうでない可能性もある。部長になる人次第だ」


 樫田は繰り返し言った。


「じゃあ、樫田先輩が部長になったらどうなるんですか」


「俺はならんよ、部長には」


 穏やかにされどはっきりとした否定だった。


「なぜですか」


 当然のように、田島から疑問が出る。


「なりたがっているやつがいるからだ」


 こいつは本当にどこまで分かっているのだろうか。

 俺は口の中だけで呟く。

 おそらくそれは椎名のことだろう。


「でも実力や性格の良さがないと部長になれないじゃないですか!」


 声を荒げる田島。その様子からは必死さか感じられた。


「そんなことないさ。確かに実力や性格を重視する部活もあるだろう。けどウチの部は意欲を重視するからな」


「意欲?」


「そう、目的、目標、信念、志なんでもいいけど、そういうものを持っているやつが次の部長になるだろうな」


 樫田がどこでそんな情報を手に入れたかは知らないが、轟先輩たちならそういったことを主軸に考えるかもしれない。


「……そうなんですね」


 そういうと田島は下を向きなにやら考え込む。

 今の会話に思うところがあるのだろう。

 少しの静寂が流れる。


「あの先輩」


 意外なことに池本が喋った。


「ん? どうした」


 樫田が優しく聞く。

 言うか言わないか迷っている様子の池本だったが意を決したのか、話し出す。


「大会とか賞とか、私にはまだよくわかりませんが、それってそんなに大事なことなんですか?」


 大会や賞が大事かどうか。難しい質問だ。無論、全国を目指す俺からしたらそれは必要なことだが、なぜ大事かと問われると言語化できない。


「うーん、難しい質問だな」


 そう言いながらも笑顔を崩さない樫田。


「池本は中学何部だった?」


「…………帰宅部です」


「なるほど、ならまだ分からないかもしれないが、人っていう生き物は上手くなろうとする生き物なんだ」


「上手くなろうとする……?」


「そう、もちろん、始めから下手なことを言い訳に努力をしない人間もいる。けど多くの人間は好きなことは上手くなろうとする。その時必要なのが分かりやすい目標で、大会に勝つことや賞を取ることだ」


「目標」


「テストで百点目指すように、大会で結果を出したくなるもんさ。池本、今はまだ分からないかもしれないが、これから演劇を通じていろんなことを経験していけば、その疑問の答えは出るさ」


「……分かりました。ありがとうございます」


 池本は何かを考えるような難しい顔をしながら、樫田に礼を言った。

 こういう質問にすぐ答えられる当たり、樫田のすごさを改めて実感した。


「さ、時間もいい感じだし、今日はもう解散するか」


 樫田のその一言で、解散となった。

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