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第22話 新入部員

 今日は待ちに待った後輩たちが正式に部活に入ってくる日。

 なのだが俺は日直のため、黒板や席を綺麗にしたり日報をかいたりとで、少し遅れて部活に向かっていた。

 まぁ、ものの五分なのだがそれでも早く後輩に会いたい気持ちがあった。

 というか、後輩たちはちゃんと入ってくるだろうか。

 そんな急く気持ちと不安な気持ちが入り混じりながら、俺は部活のやっている教室の扉を開けた。

 教室の中にいるみんなの視線が一斉に俺に集まった。

 俺は教室を見渡すと、いつもの顔の他に見知らぬ顔が三人いた。

 どうやら後輩はいたみたいだ

 俺は安心しながら教室に入り、樫田のもとに近づいた。


「お、日直終わったみたいだな」


「ああ、後輩の自己紹介って終わった?」


「いや、轟先輩が杉野が来てからって」


 おお、さすが轟先輩。

 ただ、みんなを待たせたみたいで少し悪いな。


「じゃあ、杉野んも来たことだし、一年生は自己紹介してもらおっか!」


 俺が来たことを確認すると、轟先輩は元気にそう言った。


「……じゃあ、一年生は黒板近くに集まって、順番に教壇の上に乗って自己紹介をして」


 木崎先輩が場所を指定し、一年生三人は黒板のほうへ行った。

 どうやら誰が初めにやるかで相談しているらしい。

 すると一分も立たずに一人の女子が教壇の上に立った。


「はい! 一番自己紹介します! 名前は田島真弓っていいます! 中学校の時も演劇部だったので役者の経験はあります! 先輩たちの部活動紹介の劇を見て私も演劇したいなって思ったので入りました! よろしくお願いします!」


 なんとも明朗な女の子だった。くっきりとした目、愛嬌のある笑顔、肩まである黒い髪。まるで小説のヒロインのような子だった。

 それにどうやら演劇経験者らしい。これは即戦力になるな。ありがたい。

 そう思いながら、拍手をする。

 田島が教壇から降りると、次も女の子が上に立ち、自己紹介を始めた。


「えっと……あの、池本春佳っていいます。私は演劇初心者なのですが、先輩たちの劇を見て、すごく感動したので演劇部に入りました。よ、よろしくお願いいたします!」


 今度の子は、少しおどおどした子だった。一本にまとめられた黒髪が肩のところで揺れていた。眼鏡をかけており、いかにも文学系の少女だった。

 池本はお辞儀をすると素早く教壇を降りた。

 残りは男の子、一人だった。そして教壇の上に立つと自己紹介を始めた。


「自分は金子大輝っていいます! 自分も演劇初心者です! 自分は役者にも裏方にも興味あります! よろしくお願いします!」


 最後の男の子は元気いっぱいに自己紹介をした。何かスポーツをやっていたのだろうか。体の体格がよくがっしりしていた。短く切られた髪に体格の良さが体育会系を感じさせる。

 それぞれの第一印象はそんな感じだった。

 まばらな拍手が終わると、今度は轟先輩が教壇に立った。


「はいはーい! 一年生たちの自己紹介が終わったので、本当は二年生たちの自己紹介に行きたいんだけど、一年生たちもいきなりこんな人数は覚えられないと思うので二年生の自己紹介は各自でやってください!」


 なん……だと……!?


 と思ったが、学校指定のジャージには名前書いてあるし、話していけば自然と名前を覚えていくか。


「それじゃあ、私とコウは職員室に用があるから、二年生は部活の指揮をして一年生たちに色々教えてあげてください。じゃあ! 行くよコウ!」


「……はいはい」


 轟先輩はそれだけ言うと、木崎先輩を連れてさっさと教室を出ていった。


「…………」


 残った俺たちは呆気にとられてしまった。

 そしてそんな俺たちを見て、どうすればいいかわからないような表情をしている一年生たち。

 いや、そんな目で見られてもどうしたらいいんだ!? 部活のこと教えてって言われても、何からすればいいんだ!?


「じゃあ、とりあえず輪になってストレッチから始めるか」


 やはりというか、始めに動いたのは樫田だった。


「おお、確かに今日まだストレッチしてなかったな」


「そうだね、やろっかー」


 大槻と山路が樫田の意見に賛成する。


「ん、それじゃ、一年生たちもこっち来て輪になって」


 樫田はそう言って、前の方で固まる一年生たちを手招きする。

 いつの間にか樫田が指揮をしていた。


「あ、あの」


「ん?」


 すると一年生の一人、池本が何か言いたげだった。


「スポーツするわけでもないのにストレッチするんですか?」


 それは素朴な疑問だった。

 池本は演劇初心者と言っていた。そんな彼女からすると文科系の部活なのにストレッチするのが不思議なのかもしれない。


「基本的にストレッチは毎日するわ。体が柔らかくなきゃ演技はできないもの」


 答えたのは椎名だった。

 池本はへぇーという顔で頷いていた。


「まぁ、芝居っていうのは緊張するものだからな。できるだけ体をほぐしてリラックスした状態でやる方が良い演技ができるんだ」


「なるほど」


 樫田が補足すると、池本もどうやら納得したらしい。


「緊張をほぐすのもあるし、腹式呼吸や脱力っていう少し特殊なストレッチをしたりもするんだよ」


 増倉が更に補足するように説明した。


「そこらへんは実際やってみたほうが早いだろう。さ、ストレッチするぞ」


 樫田が指揮を執り、輪になってストレッチを始める。

 俺は内心、樫田への尊敬とそれから生まれる焦りを感じていた。


 これまずいだろ椎名。


 口の中でそう呟きながら、俺は椎名のほうを見た。

 椎名は悔しさや焦りの見える難しい表情をしていた。

 無理もないだろう。部長を目指す彼女にとって集団に的確に指示を出す樫田は目の上のたんこぶでしかないのだから。

 しかしそれを表に出すわけにもいかない。

 なぜなら樫田のやっていることは悪いことでも間違っていることでもない。むしろ正しくてありがたいことだ。

 部長――何か集団のリーダーを目指すとき、人には必要となる力がいる。集団をまとめる力と指示する力だ。

 集団をまとめる力。これは椎名もないわけじゃない。樫田と同等の力はあると俺は思っている。

 問題は集団を指示する力の方だ。何をしなくちゃいけないのか的確に明言し、それをみんなに実行させる。これは口で言うのは簡単だが、実際にできる人はそういないだろう。

 樫田はそれができている。中学での経験なのか、それとも生まれついての才覚なのかは分からないがすごいことだった。

 対して、椎名は樫田より一歩か二歩判断が遅い。それは悪いことではないが、集団のリーダーになろうとするときは欠点になりうるだろう。

 人は分からないとき、判断できる人の指示を仰ぐ。それも、的確で判断の早い人のを。それはつまり、この集団において、みんなは樫田の指示を待つことになる。

 椎名の部長なるという目的の最大の壁は樫田なのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、ストレッチが終わった。


「次なにやろっか樫田ー」


「ういろうとかでいいんじゃね樫田」


 現に、山路と大槻は樫田に次の指示を仰ぎ、後輩たちの視線もそっちに向いていた。

 完全にこの集団のリーダーは樫田だった。


「そうだな。確か……田島は演劇経験者だったよな。中学時代はストレッチ終わった後とか何やってたんだ?」


「え、えっとですね……そうですねー。ウインクキラーとか人狼とかレクリエーションをやってましたね」


 突然話を振られた田島は驚きながらもしっかりと答えた。

 演劇の現場では様々な理由からレクリエーションをやることがある。例えば体の緊張をほぐすためやコミュニケーションのため、場合によってはアドリブの練習にもなるらしい。


「そうだな。俺たちの自己紹介もしてないし、そこら辺考えると、少しレクリエーションをやるか。どうするやりたいゲームあるか?」


 樫田はそう言うと、今度は俺たち二年生に聞いてきた。

 さすがだ。何でも一人で決めず、しっかりと周りの意見を聞く。

 やりたいゲームか。俺は人狼とか好きだけど、あれ初心者には難しいからな。

 そんなことを考えていると。


「ちょっと待って」


 椎名がそう言った。

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