次の日。部活を始める前に面談の流れの説明をされた。
「そういえば昨日言い忘れてたけど、面談は女子男子の順番でやりまーす。時間は三十分から一時間、場所は横の教室、一日二人ずつやってくからよろしくー。じゃ、まずは椎名んから面談しよっか」
轟先輩は椎名を連れて教室を出て言った。
いきなり椎名からかよ。
昨日、何かしら考えを持っていたから気になるのだが、一緒に行くこともできず俺はただ黙って部活を始めようとした。
その時、横に立っていた大槻から話しかけられた。
「なぁ杉野」
「うん?」
「今日って部活後って暇か?」
「まぁ、暇だけど……」
「それじゃ、駄弁らね? 樫田と山路にはもう声かけてあるから」
「別にいいけど」
「じゃ、決まりだな」
大槻はどこか真剣な様子だった。
しかし、部活が始まったので気にすることもなかった。
「……じゃあ、まずストレッチからやってくよ」
轟先輩がいないので木崎先輩が指揮する。
その日の部活は、何事もなく終わったのだった。
―――――――――――
そして部活終わり、俺は大槻、樫田、山路の三人と駅前の大型ショッピングモールに来ていた。
場所は二階フードコートの真ん中あたり、四人席に座っていた。
テーブルにはそれぞれの飲み物と、割り勘で買った山盛りポテトが置かれている。
さて、大槻がみんなを呼び出して集まるのは初めてであった。
少し緊張しながら、大槻が話すのを待った。
「……お前らって好きな奴いる?」
一瞬、誰もが絶句した。
いち早く反応したのは俺の横に座っていた樫田だった。
「俺、芸能人とかで好きな人いないんだわ」
「あー、分かる。僕も好きな芸能人誰って聞かれていつも困るんだよねー」
「違ぇ! そういう話じゃなくて! 普通に恋バナだよ! 恋バナ!」
ボケたのかどうか分からない樫田の言動に、大槻が思いっきりツッコんだ。
恋バナ~? この四人で?
山路も樫田も同じことを考えていたのか、困惑した様子だった。
「そう恋バナ! 誰か一人ぐらいいるだろ好きな人!」
「そう言ってもなぁ。杉野いるか?」
「いないな」
「山路は」
「僕もいないねー」
「というわけだ」
樫田がそうまとめた。
そうなんだよねー。いないんだよねーこれが。
話したくともないものは話せない。
「おまえら……」
大槻は思いっきり肩を落とした。
仕方ないだろ。いないんだから。
「というか、何でいきなり恋バナなんてしようと思ったんだよ」
率直に聞いてみる。
すると俺の正面に座っている大槻が、真剣な表情で言った。
「俺、好きな人がいるんだ」
何!? 衝撃の告白。
まさかそんな、いったい誰だ!?
「「あー」」
俺の驚きを他所に、樫田と山路が納得したような声を出した。え?
「そんなん、知ってるわ、なぁ」
え。
「そうそう、今更って感じだよねー」
「う、うっせー」
大槻は顔を赤くしながら、ポテトを食べた。
え、何この分かっているだろ感の雰囲気。
「ん、どうした杉野?」
横に座っている樫田が、俺の変化に気づいた。
こういう時は素直に言うのが一番である。
「大槻の好きな人って誰?」
少し沈黙が流れた後、各々が言いたいことを言った。
「俺が言うのもあれなんだが、まじか、杉野マジか」
「まぁ、杉野は部活での人間関係疎いかなぁ」
「だとしてもねー。普通に接していれば気づくんじゃないかなー」
三者三様の言い方が非難を浴びる。
う、仕方ないだろ。本当に分かんないんだから。
「で、誰なんだよ」
「……夏村だよ、夏村」
あー! へー、そうなんだ。
「その、へーそうなんだみたいな顔やめろ」
大槻が照れ臭そうにそう言った。
しかしそうか。大槻が夏村をねー。なんか意外だ。
「で、今更好きな人の話なんてしだしてどうしたんだ?」
樫田が話を本筋に戻した。
おっとそうだった。肝心なことをまだ聞いていなかった。
すると大槻は真剣な表情を作り、言った。
「俺さ、告白しようと思うんだ」
一瞬、空気が覚めるのを感じた。
大槻は話を進めた。
「俺たちもう二年生だろ。来年は受験だし今しかタイミングないと思うんだ」
固い決意を感じた。きっと悩んだ末の結論なのだろう。
もう二年生。その言葉に、去年の一年間がどれだけ短く感じたのかが伺える。
光陰矢の如し。時間はあっという間に過ぎるから無為にするべきではないという諺。まさにそんな感じなのだろう。大槻はこの今ある青春を大切にしたいのだろう。
そんなことを考えていると大槻が続きを言った。
「そんでさ。どんな告白をしたらいいか、みんなに聞きたいんだ」
どうやら、本題はこっちらしい。
告白の仕方かー。それはどうしたものか。
樫田や山路も難しい顔をしている。
「普通に放課後呼び出して告白するんじゃダメなのー?」
初めに提案したのは山路だった。
いかにもって感じのシンプルな告白の仕方だな。
しかし大槻は首を横に振った。
「それじゃダメだ。もっとこうロマンティックな? とにかくただ告白するだけじゃダメなんだ」
更なる要望を言う大槻。そうは言ってもな。そんな告白浮かばないぞ。
ロマンティックって言われてもな。
「杉野はなんかないか?」
「えー、そうだなー。ロマンティックっていうなら映画とか見た後に告白するっていうのはどうだ?」
「なんかパッとしないなぁ。ありきたりじゃないかそれ」
どうやらお気に召さなかったらしい。
まぁ、言っといてあれだけど、俺自身もそんなにいいとは思わない。
山路、俺ときて残る樫田はずっと難しい表情をしていた。
「なぁ樫田、なんかないか、良い告白」
「……」
視線が樫田に集まる中、ゆっくりと樫田は言った。
「なぁ、大槻」
「ん? なんか閃いたか!」
「俺はお前の友達だ。だから友達として真摯に助言をするぞ」
「な、なんだよ改まって」
硬い表情で喋る樫田に大槻が委縮する。
いつになく、真剣な表情の樫田だ。
「……告白は、するべきじゃない、と思う」
樫田の言葉に、一瞬静寂が生まれた。
破ったのはもちろん大槻だった。
「な、なんでだよ!」
「……振られるからだよ」
大槻の疑問を、樫田がバッサリと切り捨てた。
まるで確信があるかのような言い方だった。
追い打ちをかけるように、樫田は話を続ける。
「だってそうだろ。大槻、あんま言いたくないが、お前部活において遅刻サボりの常習犯。印象で言えば悪い方だ」
「で、でもそれは部活の印象であって、俺に対する印象じゃ……」
「イコールだろ。俺たちと夏村は部活で繋がってんだから。部活での印象がそのまま本人の印象になるはずだ」
「それは……」
確かにその通りだった。部内での大槻の印象は良い方ではない。それは春休みの一件をしても分かるだろう。
そしてそれが恋愛に繋がるなら、きっと良い印象は持たれてないだろう。
それを自覚したのか、ばつの悪そうな顔で大槻は黙ってしまう。
「じゃあ、大槻は夏村さんに告白しない方がいいってことー?」
「今は、な」
山路が聞くと、樫田は含みのある答え方をした。
「今は?」
「春大会まで真面目に部活出て、それから告白すればいい。少なくとも今よりはいい印象を持たれるはずだ」
「なるほど」
大槻が納得したようにうなずく。
確かに悪い印象を良い印象に変えるには、真面目に部活に出るのが一番だろう。
しかし、サボり魔の大槻それができるかは疑問だった。
「………………」
大槻はぼうっと考え込むように一点を見つめながら黙った。
そして数秒の沈黙の後。
「よし! 決めた! 俺春大会まで部活をサボらない!」
大槻は宣言するように高らかに言った。
思わず、拍手が鳴る。
何を当たり前のことを思うかもしれないが、これまでの大槻の行動を考えると大きな決意であった。
「まぁ、俺は一か月でサボると思うけどな」
「なら、僕は二週間かなー」
「お前ら酷くね!?」
そう言って笑い合う俺たち。
「絶対、夏村を彼女にしてやるから見てろよ」
大槻は、なぜか自信満々にそう言った。
こうして俺は、大槻が夏村を好きなことを知ったのだった。