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第16話 それは突然動き出す

 我が演劇部はストレッチと発声練習から始まる。

 机を片付けた教室で輪になり順番に声を出していく。

 これに約三十分、部活時間の四分の一が費やされる。

 運動系の部活じゃないのにそんなにストレッチに時間をかけるのか、疑問に思う人もいるかもしれない。


 しかし、知られていないかもしれないが演劇部は非常に体を使う。

 舞台上で自分の思った通りに体を動かすには、まず体を柔らかくしないといけない。

 また声を出すための腹式呼吸など、特別な体の使い方を必要とすることがある。

 それになりより、舞台にいる間は役を演じ続けなければいけない、そのため最低一時間は役を演じ続けるための体力と集中力が必要である。

 つまり思っている以上に体を使う部活である。

 故に基礎体力作りとして走り込みをしている高校もあるらしいが、我が部活はしていない。


 その代わりというわけではないが、我が部活はストレッチに力を入れている。

 運動系の部活がしているように念入りにストレッチをする。

 その甲斐あってか、この一年で俺の体も多少は柔らかくなった。

 今では座った状態で足を延ばして、つま先を手で掴むことができる。また足を九十度以上開くこともできるようになった。

 こう考えると、一年で俺も成長しているということだろう。

 そんなことを思いながら、今日もストレッチをしていく。


 ちなみに今日は四月十八日。

 あの春休みの劇決め議論を終え、更には部活動紹介でやる劇を終えて、早二週間が過ぎていた。

 なぜその間の話がないかと言うと、何もなかったからである。


 そう、何もなかった!


 それはつまり、誰も部活見学に来ていないことを意味している!

 いや、正しくは三人「も」来たと言うべきだろうか。

 部活見学が始まった八日にその三人は来た。まだ高校に入ったばかりの初々しさを感じさせながら、男子が一人、女子が二人見学しに。

 その日は良かった。軽い台本読みを体験させ、少しお話をして新一年生たちは楽しそうにしながら帰っていった。


 そう、その日だけは良かった! 


 問題は次の日からである。

 誰も部活見学に来ない! 初日に来た三人も、他の新一年生たちも、誰一人来ない。

 初日に手ごたえを感じてしまったのが余計に悪かったのだろう。

 それから十日間、誰も部活見学来ないことがみんなのフラストレーションを溜めに溜め、今部活内の雰囲気は最悪である。

 お葬式と見間違えるかのような沈黙。

 特に増倉は見るからに不機嫌そうである。

 もし触れようものなら即噛みつかんばかりの狂犬のようでもあった。

 そんな増倉に腹を立てているのか、椎名の機嫌も良くない。

 大槻と山路はそんな二人に困り、夏村と樫田は我関せずといった態度でストレッチをしている。

 そして俺はと言うと、そんな増倉と椎名に挟まれながらストレッチをしていた。

 ああ、早くストレッチと発声練習終わんないかな。

 事の発端は、そんな時だった。


「いえーい! 後輩たち、盛り上がっているかい!」


 教室の扉が思いっきり開かれ、活気のある声が教室中に響いた。

 驚いた俺たちは、開かれた扉の方に視線を集めた。

 腰近くまであるロングの黒髪、すらっとしたスタイル、そしてなにより目を引いたのは天真爛漫の笑顔。

 そこにいたのは、我らが演劇部部長、轟未来であった。


「………………」


「あれれー? どうしたんだいみんな元気がないぞ」


 そう言いながら教室に入ってくる轟先輩。


「……みんな、驚いて声を挙げられないんだよ」


 みんなの気持ちを代弁してくれたのは轟先輩の後ろにいた木崎甲先輩だった。

 痩せ型の体系に黒ぶち眼鏡、短めに整えられた髪は、いかにも文化系男子だった。


「コウ、それじゃあ、私がみんなを驚かせたみたいじゃない」


「……みんなを驚かせたんだよ。見てみなよ、みんなの顔を」


「ん~?」


 そういって轟先輩は教室を見渡した。


「みんな元気がなーい! そして顔が暗い! 樫田んこれはどういうこと! ここはお葬式会場!?」


「違いますよ、部活見学に誰も来ないから、みんなへこんでいるんですよ」


 聞かれた樫田はストレッチをしながらそう答えた。きっとできるだけ表現をオブラートに包んだんだろう。

 でなければ、このピリピリしたムードをへこんでいるとは表現できない。


「でもでも、初日に三人も来たんでしょ?」


「違います先輩。三人しか来ていないんです! それにもう十日も誰も来ていないんですよ!」


 轟先輩の質問に答えたのは増倉だった。

 よほど、部活見学に人が来ないことに苛立ちを覚えているのだろう。

 そもそも、我が高校では正式な部活参加は五月からで、四月いっぱいまで部活見学が許されている。そのため複数の部活を見学する子もそう少なくない。

故に三人部活見学に来たからと言って三人が演劇部に入るかどうかは分からないのだ。

この様子だと、最悪0人なんてこともありえる。


「いやいや、三人もだよ。演劇部に来るような稀有な存在そうそういないんだから。私たちの代だって三人しかいないんだよ?」


「でも私たちの代は七人います」


「そりゃ、私も当時は驚いたもんだよ。まさかこんなにも来るなんて。でも例年はこんなもんだよ」


「例年通りじゃ困るんです!」


「まあまあ栞ん、落ち着いて。別に何人来ようがいいじゃない」


「よくないです! 大勢の人に来てもらいたかった……」


「そうは言ってもねー」


「だって、大勢いた方が楽しいじゃないですか」


「大事なのは数じゃないよ。演劇を楽しそう、やってみたいって思ってもらえたかどうかだよ」


 教卓の前に立ち、轟先輩は諭す様に言った。

 確かにその通りなのかもしれない。

 大切なのは量ではないのだ。演劇に対して興味を持ってもらえるかどうかである。

 俺たちは目先の人の数に囚われて、大切なことを見失っていた。


「でも……」


 増倉は、納得いかない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。


「一年生が正式に部活活動に参加するのは五月からだし、そう焦ることもないよ。なるようになる。ケ・セラ・セラってね」


 轟先輩は笑顔で気軽そうに言った。

 不思議と、轟先輩が言うとその通りだと思える。


「……未来、それはそうと本題に入らないと」


「おおっと! そうだった! はいみんな注目―! ストレッチもやめてー!」


 轟先輩は手を叩いて注意を集める。

 俺たちはストレッチを止め、轟先輩の方に目を向ける。

 はて、なんだろうか。


「それでは発表しますー! ……………………コウ! コウ! あれ! あれ!」


「……あ、ドゥルルルルルルルル……」


 木崎先輩が口でドラムロールを鳴らす。

 それを見た轟先輩は満足に頷き、間をおいた。

 そして満面の笑みを浮かべながら言った。


「………………デデン! なんとこれから皆さんには私と一対一で面談をしてもらいますー!」


 どや顔だった。

 俺たち二年生はポカーンとした様子だっただろう。

 いち早く、口を開いたのは樫田だった。


「あの、もう少し詳しく教えてもらっていいですか」


「ふふふ、そうだよね、知りたいよね」


 楽しそうに笑う轟先輩。

 あ、この人勿体ぶってやがる。


「あ、いや轟先輩じゃなくて木崎先輩」


「!?」


「……実はみんなが部活動紹介でやる劇を決めている間に三年で話し合ったんだ。今後の部活のことを」


「ちょ……ッ!」


「……その結果、部長を誰にするかで揉めてね。ここは一つ、二年生たちの意見を取り入れるのはどうだろうってことになったんだ」


 一瞬、部長と言う言葉を聞いてドキッとした。

 なぜなら俺は先日、椎名が部長になりたがっているの知ったからだ。

 ふと椎名の方を見ると、その横顔は真剣そのものだった。


「部長……」


 そしてまた、俺の横にいた増倉から呟くように聞こえた。

 そう、いよいよこの時が迫ってきた。

 三年生の引退と、次期部長を決めるこの時期が。


「私が言おうと思ったのに……」


 そう言って不満そうな顔をする轟先輩


「……さっさと言わないからだよ。ああ、それと」


「ちょっとコウ! ストップ! ここからは私が言うから!」


「……ああ、そうしてくれ」


「では、ゴホン。というわけで、次の部長を決めるため、みんなには私と一対一で面談をしてもらいます……といっても別に、部長への立候補や推薦はしません。聞きません。あくまでもお喋りです」


「お喋り?」


 大槻が聞き返す。


「そう、ただ楽しく話そうっていうのが目的。基本的にこの面談で部長が決まるってことはないから、肩の力抜いて私とお喋りしてほしいな」


 轟先輩は笑顔でそう言った。

 本当にそうだろうか? ならなぜ今このタイミングで面談なんてするのか。先輩たちの意図が見えなかった。


「今からするんですか?」


「いやいや杉野ん、明日から一日一人二人を順番にね。だからみんなも話したいことがあったら考えといてほしいんだ」


 先輩と話したいことか。何だろうか。

 周りを見渡すと、みんな何やら考え込んでいた。何か話したいことでもあるのだろうか。


「みんな急に言われて混乱していると思うから、まぁ、じっくりと考えてみて」


 轟先輩は最後にそう言い、部活は再開された。

 こうして、俺たちは部長と面談することになったのだった。


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