演劇部に青春はない。
深夜1時にオレ、大槻達樹はゲームをしながらそんなことを思った。
なぜかって?
そんなの決まってる。この一年間、オレの身に何も起きなかったからだ。
つまりニュースソースはオレ。
まぁ、男同士の友情がなかったわけではない。
樫田や山路、杉野とはそれなりに仲のいい関係だと思う。
たまに放課後遊んだり話したりして、楽しいといえば楽しい。
けど、けどだ。
恋愛がしたい!
恋とか愛とかが絡んだ青春が送りたい!
なのに現在、高校二年生のなる前の春休みだというのに、オレは一人寂しくゲームをしていた。
どういうことだ!
なぜオレに彼女ができない!
バグってんだろ!
……まぁ。
オレはイケメンとかではない。
スポーツが出来たり陽キャみたいに明るい性格だったりはしない。
どこにでもいる普通の高校生だ。
普通の高校生なら、彼女いない方が多いだろう。
「あー、彼女ほしいー」
思わず口に出てしまった。
そうしてゲームをしていると、ふと太ももに震動を感じた。
太もも近くに置いてたスマホが鳴ったんだろう。
きっと樫田からの催促の連絡だ。
オレはただいま、昼夜逆転しすぎて部活をさぼっているのだ。
なぜオレがさぼっているのかというと、それは冒頭に話した「演劇部に青春はない」というところに戻ってくる。
オレが入った演劇部は言ってしまえば緩い部活だ。
大会で勝ちたいわけでもなく、何かノルマがあるわけでもない。
先輩たちも優しいし、顧問はあまり部活に介入してこない。
無論、演技の練習はするが何が正しいとかないから基本は回数をこなすだけだ。
それゆえ緊張感や達成感はあまりない。
別に厳しい部活がいいわけじゃない。
むしろそういう努力の強制や勝利への執着は嫌いだ。
ただ灰色なのだ。
何もなく過ぎていく日々。
特に深まることない人間関係。
高みを目指さない現状。
考えてしまう。オレの高校生活このままでいいのだろうかと。
そういった不安と同時にどうせ何も変わらないという諦観を覚えてる。
それはオレの中学時代――いや、よそう。
そんなことより、彼女だ彼女。
オレの目下の目標は彼女を作ることだ。
そしてもちろん、彼女を作りたいということは、オレに好きな人がいるということだ。
オレの好きな人は、夏村佐恵だ。
同じ演劇部に所属する彼女のことだ。
正直、ほとんど一目惚れだった。
オレが演劇部に入って出会ったときからタイプだったし、あのクールな性格もいい。
すらっとした手足に、きりっとした顔立ち、艶やかな髪。
素っ気ない態度が玉に
なにより、なによりだ。
笑った顔が綺麗だった。
オレも数えるほどしか見たことないが(夏村の笑顔はそれほど希少なんだ)、それでも演技中に見るあの笑顔は最高だった。
胸が高鳴った。ああ、これが恋なんだって初めて知った。
オレの灰色の世界に初めて色が彩られたんだ。
だからオレは夏村と彼氏彼女の関係になりたい。
生まれて初めての好きという感情をオレは理解した。
それまでオレは恋愛というものを小バカにしていた。
だってそうだろ?
他人のために時間や金、労力を費やすなんて。
ましてそれも女のために。
俺はあまり、女というのが好きじゃない。
すぐ群れるくせに、必要以上に同調圧力を求める。
キーキーわめいてうるさいし、すぐ怒ったり泣いたり感情的になる。
部活中だってそうだ。椎名と増倉を見てみろ。
すぐ揉めあうし、気に入らないことがあったら不機嫌さを丸出しにする。
その点、夏村は最高だ。良くも悪くも我関せずだし、それでいて発言を求められたらしっかりと言う。自分の意見が通ろうが通らかろうが、文句も言わない。
やはりオレは夏村が好きだ。外見だけじゃなく中身も。
だが、ただ告白してOK貰えるだろうか。
世の中にはある程度外見がよければ、とりあえず彼氏が欲しいという女子もいるらしいが、夏村がそういう女子というのは考えづらい。
彼氏にする男子には何か条件があるのだろうか。
顔がよかったり、性格がよかったり、価値観が合ったりと。
じゃあ、じゃあだ。オレは夏村にどう見られているのだろうか。
少なくとも、同じ部活の仲間として有象無象の男子ではなく、一人の男子として見られているはずだ。
だが、オレがどんな奴と見られていて、どんな印象を持たれているかが分からない。
やっぱ、こういうのは他の人の意見を聞くのが一番なのか。
だが、椎名や増倉には相談する気にはならない。
樫田と山路、杉野の三人に聞いてみるのがいいか。
しかし、いきなり聞くのもなー。
ていうか、今オレ部活サボり中だし。
どうすればいいか考えていると、またスマホが震えた。
ゲームをやめ、スマホの画面を見ると樫田の名前が書いてあった。
オレは特に理由はないが、その連絡に出てみることにした。
「もしもし」
「お、出るなんて珍しい」
オレが電話に出ると、樫田は意外そうな声を上げた。
「なんだよ、そっちから連絡しといて」
「いやー、だっていつもなら無視するだろ? どうした何かあったか?」
「別になんもねーよ。気分だ気分」
「そうか、ならその気分屋が部活に来てくれると助かるんだがな」
樫田は優しい声でそう言った。
けどオレの答えは決まっていた。
「どうせ部活動紹介の劇で椎名と増倉が揉めてんだろ。そりゃ勘弁だ」
「ハハハ、そうか。じゃあ、しゃーないな」
何が面白いのか、樫田は笑っていた。
こいつは信用できる奴だが、時々よくわからないタイミングで笑う。
部活じゃ頼りになるんだが、ツボが分からん。
オレは部活のことを少し探ってみることにした。
「で、椎名と増倉はいつも通りだとして、他はどうなんだよ」
「他? 他はそうだなー。まず山路は春休み中バイトとか言ってたから当面は来ないだろ、で杉野は部活には来てるけど、ありゃ部活動紹介のこと忘れているな。んで、俺は――」
樫田はわかっているのだろう。オレが一番聞きたい情報を。
だから遠回しに話を進める。
オレは我慢できずに聞いてしまった。
「その、あれだ」
「ん?」
「な、夏村の様子はどうなんだ」
「ああ、夏村な。まぁ、いつも通りといえばいつも通りだよ。我関せずで椎名の味方も、増倉の味方もせず」
「そっか」
まぁ、あの夏村がオレが部活に来ないことを気にするとは思えなかったが、それでもその現実にオレは少し残念さを覚えた。
そんなオレの心情を察したのか。
「それなら部活に来ればいいのに」
樫田は呟くように言った。
オレ自身も分かってはいるんだが。
「これとそれは話が違うんだよ」
一度休んでしまった気まずさから、そんなことを言ってしまう。
「ふーん、なるほどね」
樫田は何を納得したのか、それ以上は深く聞かなかった。
きっと樫田はオレが夏村を好きなことを分かっている。
それでも深く聞かないのは優しさなのか興味がないのか。
「まぁ、気が向いたら部活来いよ」
「ん、ああ、気が向いたらな」
「じゃあ、また連絡するわ」
そんなことを考えていると、樫田がそう言って通話を切った。
オレはスマホを置き、ゲームに戻った。
「……告白、するか」
無意識にそんなことを言った。
そして言ったことで自覚が生まれた。
ああ、なんのことはない。
オレは夏村に告白したいのだ。
この感情を証明したいのだ。
こうしてオレは夏村に告白するのを決意した。