演劇と言うと少し堅苦しいかもしれないが、テレビでドラマをあるいは映画館で映画を見たことはないだろうか。
要するに、そういった類のものが演劇と呼ばれるジャンルに近しいものだ。
え、じゃあ、ドラマや映画は演劇じゃないのかって?
難しいことを言うな。ドラマや映画は演劇の一つだっていう人もいれば、全くの別物だっていう人もいる。
明確な定義なんてないんだよ。
ただ高校の演劇部でやる演劇はドラマや映画とは違う。
舞台の上での一本勝負。
文字通り撮り直しがきかないんだ。
ミュージカルなんかをイメージすれば少しは想像できるだろうか?
最も今君が想像しているほど、派手なのは滅多にないだろうがね。
高校演劇はドラマや映画と違って地味だ。
たった一時間で、舞台上で何か劇をする。何かを演じる。
それも何が正しいのかなんて分からず、ただ遮二無二に。
時にすごく面白い劇もあれば、眠くなるほどつまらない劇もある。
それが高校演劇。言ってしまえば素人集団の集まりだ。
そんな演劇のどこが面白いかと言うと――
「秀明、聞いている?」
俺、樫田秀明は自分の思考を止め、現実へと戻った。
ここは駅前の大型ショッピングモール、その一階にあるカフェに俺は来ていた。
正確には俺たちだな。
俺の目の前には同じ部活をしている夏村佐恵が座っていた。
相変わらず表情筋の固いやつ。無表情で聞いてくる。
「聞いてる聞いてる」
「じゃあ、なんて言ったか話して」
「…………世界平和的な? ………………イテッ! 足を踏むな! 悪かったって!」
テーブルの下で思いっきり足を踏まれた。
表情は硬いままだが、怒気を感じる。
「で、なんだっけ?」
「部活のこと、まさか香菜の劇になると思ってなかった」
「ああ、そのこと」
ついこの前、俺たち演劇部は新入生の部活動紹介でやる劇を決めた。
議論はやや難航したが、結果的に椎名が持ってきた劇をすることになった。
まぁ、俺は司会として議論では中立だったが。
「まさかって言うけど、お前椎名の方に手挙げてたじゃん」
「それは栞の劇が嫌だったから」
「そんな理由だったのかよ……。議論中言ってたことは何だったんだよ」
「別に嘘は言ってない」
特に悪びれる様子もなく、佐恵は言った。
確かに消去法で決めてはいけないなんてルールはない。
ただあの時は、自分が良いと思った方に手を挙げろと言ったはずだ。
だが、決まってしまったものは変えようがなかった。
「で、どっち?」
「うん? 何が」
「だから、秀明は香菜と栞どっちの台本が良かったと思う?」
「ああ、なるほど」
そのことを聞いていたのか。
議論中、司会をしていた俺は一度も自分の意見を言っていない。
中立公平を守るために。
あの時、どっちがいいって思っていたっけなぁ。
「えーっと、たしか、増倉の台本の方がいいなって思ったはず」
俺がそう言うと、佐恵は驚いたように少し目を見開いた。
「……意外。てっきり香菜の方を選ぶと思った」
「そうかぁ? 新入生の前でやるって考えたら増倉の方がいいだろ」
「あんな露骨に笑いとる劇、嫌」
「役者からするとそうかもしれんが、俺裏方だからなぁ。人が大勢来た方が助かる」
「そういうこと」
納得する佐恵。
同年代で唯一の裏方の俺にとって、劇の好き嫌いは基本的にない。
演じることをしないため、何でもいいのだ。
それに、新入部員が増えれば裏方に興味を持つ人も増えるかもしれない。
「意外と言えば、杉野が香菜の劇を選んだのも意外だった」
「あー、それはなー」
俺は議論の前日、杉野と二人で話した時を思い出す。
あの様子から察するに、椎名と何かを話していたのは明確。
きっと椎名と杉野は何かで繋がっているのだろう。その何かは分からないが。
「何? 何か知っているの?」
言おうかどうか考えていると、佐恵が訝しげに聞いてくる。
「いや、俺も意外だっただけ、何も知らんよ」
言いたい気持ちもあったが、憶測で語ることになるので止めた。
代わりに、別の話題を振ってみる。
「まぁ、過ぎたことは置いといて、実際のところあの劇をしてどれくらい新入部員来ると思う?」
「ほぼ0人」
はっきりと言うなぁ。
しかも無表情で。
「ほぼってことは二、三人は来るってことか?」
「いつの時代も変わり者はいる」
変わり者って……。
演劇部を何だと思っているんだ。
「そんなに椎名が持ってきた劇って客受け悪いかね」
「悪い。少なくとも部活動紹介でやる劇ではない」
「だから、何で椎名の方に手挙げたんだよ」
「……」
佐恵は何も言わず目を逸らした。
都合が悪くなるとすぐこれだ。
そんなにか、そんなに増倉の台本が気に食わなかったのか。
「議論中、杉野も言っていたが実際やってみなきゃ分からないからな」
「それは否定しない。けど期待もしていない」
「そりゃまたシビアだな」
佐恵はどうも現実主義者というか、高望みをしない傾向がある。
そんなことを考えていると、今度は佐恵から話を振ってきた。
「新入部員も気になるけど、私たちが二年生になることの方が心配」
「へぇー、そりゃなんで?」
「今は先輩たちいるから表立って行動してないけど、香菜も栞も何か企んでいる」
「何かってなんだよ」
「分からない。けどきっとろくでもないこと」
「あの二人がねー」
椎名が杉野と組んで何か企んでいるのは知っていたが、増倉もなのか。
けどそれは自然なことなのかもしれない。
部活動紹介でやる劇を決めるだけであの熱の入れようだ。
俺たちの代が二年に上ってからはもっと凄いことになるだろう。
「多分、次動き出すのは部長を決めるとき」
「まぁ、誰が部長になるかで部の方向性が変わるからなー」
「新入部員は入るか分からなくて、同級生たちは何か企んでいる」
「ヤダねー。内も外も問題だらけってか」
「秀明、楽しそう」
「そうか?」
そう言いつつ、俺は自分の口角が上がっていることに気づいていた。
だって仕方ないだろう。
この問題だらけの状況が楽しくて仕方ないんだから。
やっぱりこの目の前に問題が山積みの状況は最高だ。
その山積みの問題を乗り越えた時の達成感は格別だ。
「また、変なこと考えている」
「いやいや、楽しいなーって思っただけだぜ」
「嘘くさい」
「本当だって」
嘘ではない.本当に楽しんでいるだけだ。
「てか、次の部長って先輩たちが決めるんだろ? 企むも何もないんじゃないか」
「かもしれない。けどあの二人のことだから」
「まぁーなー」
椎名と増倉が何か企んでいると聞くとつい納得してしまう。
なにせあの二人なのだから。
「他人事のようにしているけど、部長候補の最有力は秀明」
「まさかー」
「自覚しているくせに」
毒づく佐恵。
いやまぁ、何となく気づいてはいたけどさ。そういうのって知らんぷりしておくものじゃん?
「あくまで裏方として中立公平に議論進めたりしただけだぜ」
「その統率力が買われた」
「けどなー。あんまそういう欲ないからなー」
部長になるとか、仕事増えそうで嫌だな。
ただでさえ裏方人数少なくて大変なのに。
「じゃあ、他に誰がなるっていうの」
「そりゃ、椎名とか増倉とかだろ」
「どっちがなっても最悪」
「まぁ、箱は開けてみなきゃ分かんないってことで」
俺はそう話をまとめた。
それになにより、俺が部長にならないことは俺が一番よく知っている。
なぜなら俺はもしかすると―――かもしれないのだから。
だが、今はまだその時じゃない。
そしてその決断をするのはみんなだ。
だから待つとしよう。
これから先にあるであろう波乱万丈を楽しむため。