そもそも、俺が考えていた大槻(ついでに山路)に対する作戦とは、『昼夜逆転生活してるなら朝まで起こしてもう一回逆転させればいいんじゃね?』っというものだった。
ごり押しにもほどがあるが、まぁ結果として二人から部活に来るという確証を得られたし、問題ないのではないだろうか。
我ながら、良くやった方である。
結局、あの後朝の七時までモン狩るをし、そのまま学校集合という流れになった。
そんなわけで、だいぶ眠いが俺は学校に来ていた。
あー、頭がくらくらする。
果たして、大槻と山路は来ているだろうか。
そんな期待とも不安とも捉えられる感情を胸に、自転車を駐輪場に置いた。
その足で下駄箱に向かうと、見知った顔が待っていた。
シンボルともいえる頭の後ろのポニーテール、そして小柄な体系。椎名がそこには立っていた。
「遅かったじゃない」
「部活には間に合っているだろ」
俺はそういうと、椎名の横を素通りし、上履きに履き替えた。
椎名はそれを黙って見守り、俺が外履きを下駄箱に入れるのを待って言った。
「大槻と山路が来ていたわ」
「そっか」
俺は小さく答えた。
どうやら無事、部活に来てくれたみたいだ。
俺は内心、やったぜとほくそ笑む。
「まさか一日で来るとは思ってなかったわ」
「意外と誘えば簡単に来てくれたぞ」
「本当かしら」
椎名が疑いの眼差しを向けてくる。
まぁ、確かに色々考えたり、予想外のことがあったりしたけど。
今となっては結果オーライである。
「まぁ、いいわ。これでようやく本題に入れるもの」
「……」
本題とは、きっと部活動紹介のことではないのだろう。
こないだ言っていた全国大会のことだ。
ただそれを語るには条件を満たしていなかった。
「まだ部活動紹介の劇決めてないだろ」
「ええ、でも二人が来たのだもの。今日中には決まるわ。だから杉野も、今日中に決めてほしいの」
椎名は真剣な目でそう言った。
どうやら結論を急いでいるらしい。
理由はわからないが、それなら、俺と椎名しかいない今は言うチャンスなのかもしれない。
「分かったよ椎名」
「……! そう、決まったよね」
元々、椎名と次に会ったら言おうと思っていたのだから。
俺は覚悟を決める。
「なぁ椎名、昨日も言ったが、俺は今の部活が好きだ」
「ええ、聞いたわ」
「だから、大槻と山路を退部させようとしたこと…………もっと言えば今の環境を壊すようなことは、正直嫌だ」
何度も言うように、俺は今の演劇部を好いている。
みんなでバカするもの、適当に演技してあーでもないこーでもないと言い合うのも、停滞している今でさえ愛している。
「っ! ええ、そうよね……」
下を向く椎名。
俺が断ると思ったのだろうか。
「……けど、そういうのを無しにするなら俺は構わない」
「え?」
「ちゃんと、全員でやるっていうならいいぜ」
「全員で?」
「そう」
「それってつまり――」
「全国目指そうぜ」
俺は言った。言ってやった。
きっともう後戻りはできないだろう。
それは苦難の道のりかもしれない。また事のでかさによって全体像がつかめず、何をやっていいのかつかめず、徒労に終わってしまうのかもしれない。
それでも目的を持つことは大切だからか、あるいは前に椎名が言ったみたいに俺が勝ちに貪欲だからか。俺は椎名に賛成した。
椎名は俺の顔をまっすぐに見た。
その眼には嬉しさが混じっていた。
「…………ありがとう」
小さくそう言われた。
俺はその言葉に驚いた。あの椎名が俺にお礼を言うなんて。
ふと、胸が高まるのを感じた。
「じゃあ、先行っているから」
「おう」
そういうと椎名は小走りで部室へと向かっていった。
なんとなく下駄箱から、グラウンドのほうを見ると野球部やサッカー部が大声を出しながら練習していた。
青春だねー。
そう他人事のように思う俺。
さてと。
椎名と話したせいか、眠気が吹き飛んでいた。
俺もゆっくりと部室を目指し歩き出す。
きっと今日は、部活動紹介のことで話し合うだろう。
それは多数決ですぐ決まるかもしれないし、ちょっとしたらまた何か揉め出すかもしれない。
椎名と増倉がやりたい劇のことで揉めて、夏村が面倒くさそうにして、大槻と山路が困って、樫田はきっと仲裁をするだろう。
でもそれでいいのだ。
ぐちゃぐちゃで、ばらばらで、ぐだぐだで、おまけにギリギリな演劇部。
それが俺たちなのだから。
「もうすぐ、二年生か……」
思わず、そんな独り言をつぶやく。
椎名には全国を目指そうと言ったが、先のことなんてわからない。
俺たちが高校二年生になって、新入部員たちが入ってきて、先輩たちが引退して、そしたらどんな部活になっているだろうか。
椎名が望んだような全国目指して一生懸命練習するガチな部活になっているのか。
それとも変わらず、停滞的な部活をして残りの青春を消化していくのか。
きっとその答えは、もうすぐそこまで来ているのだろう。
ただ俺は部活を好きでいられたら、それでいいのだと思う。
俺の考えを、甘いとかぬるいとか言うやつもいるかもしれない。
これが体育会系の部活だったら全国大会を目指すのは当たり前なのかもしれない。
俺たちの部活がどこかの強豪校だったら努力するのが当たり前なのかもしれない。
けれど、俺たちはどこにでもある小さな演劇部だ。
勝つことがすべてじゃない。楽しめればいい。そんなことを心のどこかで思ってしまう。そんな集団だ。
それに考えても仕方がないのだろう。現実は常に想像を超えるものなのだから。
気づけば部室の前まで来ていた。
中からは何やら喧騒が聞こえる。
どうやら今日も一筋縄ではいかぬことが起きたらしい。
「はぁ…………よし!」
俺は深呼吸をし、気合を入れる。
そして扉に手を当て、開いた。
――今日もまた、青春の一ページが始まる。