結論から言うと、山路と大槻の問題は俺に一任された。
樫田の「そう思うならよろしく頼むわ」から始まり「たまには部活のために役立ちなさい」だの「男子の問題だし、男子に任せるよ」だの「そろそろ部員としての自覚を持て」だの。
言われたい放題言われた挙句、俺に放り投げられた。
今日ほど口は禍の元という言葉を実感した日はない。
「ったく、どうすればいいんだよ……」
「どうすればもこうすればも連絡するしかないだろ」
俺の横で樫田が言う。
現在は部活終わりの十二時、教室の隅で帰りの身支度をしていた。
春休みの部活は午前で終わりだ。なにせ基礎練習がメインだからな。
「でもお前が連絡しても反応ないんだろ? 俺がやっても同じじゃないか」
「そんなことないって、少なくとも俺の事務連絡よりは返ってきそうだろ」
「そりゃまぁ、そうだけど」
「まぁ頑張れ♪」
そう言って、ぽんっと肩に手を置かれた。
なんて他人事な!
そう思いつつ、ふと樫田の様子に違和感を覚えた。
まるで何かから解放されたような爽快感があった。
こいつ、ひょっとして――
「……お前、計ったな」
「……なーんのことかな」
「テメェ!! おかしいと思ったんだよ! ボロクソ言うのに俺に任せるなんて!」
「それはお前が部活動紹介忘れていたり変なこと言って場を凍らせたりしたから、部員としての自覚を持てというみんなからの叱責だわ!」
「――ぐっ!」
くそ、正論すぎる!
悔しいが何も言い返せなかった。
「だいたい、毎日連絡するのも面倒くさいんだよ! 『今日来てないけどどうした?』だの『明日は来いよ』だの『バイトなら仕方ないけど来れたら来いよ』だのと心にもないことを連絡するのは精神的に辛いし、返信ない時は殺してやろうかと思ったわ!」
ああ、樫田もいろいろ溜まってたんだな。
熱のこもった愚痴を聞いた俺は何となく悟った。
「てか、杉野。この際だからお前にも言っとくわ」
「え」
「人が苦労して連絡している時に呑気にゲームしてんじゃねーよ!」
「何で知って……あ、フレンドリストからログイン履歴見やがったな! いいだろ別に!俺的には自由時間なんだから!」
「俺だって『モン狩る』で遊びたいんだよ! それを連絡しては返信がきたかの確認して、で来てなくてイライラしてでまともにゲームできてないんだよ!」
「そりゃ、お疲れ様だけど……あの二人が悪いんだろ」
「そういう風に他人事だと思っているから二人のこと任されたんだよ」
胸の辺りに痛みを感じた。
部活の問題はみんなの問題、暗にそう言われた気がした。
確かに、部活動紹介忘れてたり二人のことを気にしなかったりしたのは反省しなければならないだろう。
「そう真剣に捉えるなよ。実際問題あの二人が来ないと部活が進まないけど、重い感じで連絡してもあの二人は来ないぜ。気軽にな」
「まぁ、そうだな」
「お前が『モン狩る』で楽しく遊んでいる間、俺は苦労したんだから、そろそろ選手交代と行こうぜ」
「ああ……」
愚痴を言ってスッキリしたのか、晴れた表情で言う樫田。
対して俺は、ことの重大さに今更気づき、弱々しく頷いた。
そう、俺が山路と大槻の二人を部活に呼ばなければ、部活動紹介やる劇を決めることができない。責任重大である。
「というわけで、情報共有だな」
「情報共有?」
俺が決意を固めていると、樫田が言った。
どこか言いづらそうに、ぎこちない笑みを浮かべて樫田は続ける。
「いや、特別何かあるってわけじゃないんだ。ただあの二人のことでちょっとな、女子の前で言ったら絶対怒るから言わなかったんだが」
「あれ以上に?」
「ああ、ただ来られないって分かっただけで目に見えて不機嫌になった。女子三人ともな。だから火に油を注ぐ様なことは言いたくなかった」
「そりゃ、言えんよな」
俺は想像した。女子三人が烈火のごとく怒る姿を。
きっと俺と樫田は部活中ずっと八つ当たりを食らっていただろう。
感情的になった女子ほど恐ろしい者はいない。
「実はな、山路と大槻の二人、元から春休みの部活サボる気だったんだよ」
「はぁ?」
予想外の言葉に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
元からサボる気?
「どういうことだよそれ」
「そう声を荒げるなよ、ちゃんと説明するから」
無意識に語尾が強くなっていた。
樫田はばつの悪そうにしながら話し出す。
「いやな、山路は稼ぎ時だからって春休み前からバイト入れまくったみたいなんだよ」
「なんで言わなかったんだよ」
「本人が自分で言うって言うから黙ってたんだよ……まぁ、もっとよくアイツの性格考えていれば言わないって気づけたかもな」
ぼそっと後悔を言いながら樫田は頭をかいた。
その様子から察するに、樫田もいろいろ悩んではいたのだろう。
それ以上追及できなくなった俺はもう一人の方を聞いた。
「大槻の方は?」
「そっちはもっと問題。なぁ、ちょうど春休みに入るとき『モン狩る』の大型アップデートがきただろ」
「ああ、それがどうし――まさか!」
「そ、始め三日ぐらいは『モン狩る』をしたいがためにサボった」
「え、じゃあなんで大槻は今も来ないんだよ?」
てっきりずっとゲームをしているのかと思ったら、そうでもないらしい。
いやゲームをしたいがために部活をサボるのもどうかと思うんだが。
「連日連夜ゲームをした結果、昼夜逆転して部活に来れないらしい」
……うわぁ。
俺の想像を超えるクズさで大槻は部活を休んでいた。
「なんていうか、もう怒る気にもならないわ……」
「だろうな」
そりゃ、そんな理由は女子に言えないわな。
「すまんな杉野、せめてお前には言っておこうと思ってはいたんだが」
申し訳なさそうに暗い顔をする樫田。
まぁ、もっと早く言ってほしかったとは思うが、言われたところで俺に何かできたとは思えない。
「まぁ、気にすんなよ。悪いのはあいつらだし、それに問題はこれから――」
どうするか。そう言おうとしたとき、ポケットの中のスマホが震えた。
手にとって見ると、意外な人物からの連絡だった。
「悪い、電話だ」
「俺も電話だ。ちょっと出てくる」
そういって樫田は廊下に行った。
いったい誰からか気になるが、都合がよかった。俺は電話に出た。
「もしもし?」
『ねぇ、まだ学校?』
「ああ、そうだけど、どうした? 椎名」
電話の相手は椎名だ。
彼女が俺に電話するなんて珍しいことだった。
『これから会える?』
「まぁ、特に予定はないけど」
『なら、駅前で待ち合わせましょ、話したいことがあるの、二十分後ね』
それだけ言うと、椎名は一方的に電話を切った。
いったい何の用なのか分からないが、学校から駅までは自転車で十五分はかかる。
急いでここを出ないとだった。
「おい、そりゃないって! もしもし!? もしもーし!」
廊下から樫田が大声で通話しているのが聞こえた。
扉が開き、樫田が戻ってきた。
ぐったりと疲れ顔をしていた。
「わりぃ、急用ができた」
「お、おお。こっちも急用できたからちょうどよかったわ」
「大槻と山路のことは言った通りだから」
「ああ」
俺は頷く。任された以上やるしかないのだ。
何としても大槻と山路を部活に来させないとならない。