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第3話 会長日向の正体

「ここは……?」


 宮本が目を開ければ、ラノベ展開でよくある知らない天井が見えた。

 しかも洋館にありそうな豪華で赤い装飾が施されている。まさしく西洋の中世に存在した貴族部屋。

 今いる場所を表すのにここまで的確な表現は他にないだろう。

 こんな光景は歴史の展示品やヨーロッパに行かなければ見えないのではないか?

 そう思えるほど


(あれ、もしかして転生した……?)


 宮本。まさかの三回目の転生である。

 ただし今度は異世界で生まれ変わった模様。

 そもそも前回は──



『じゃあね』



 ──違う。

 まだにはやり残した事があるはずだ。


「起きたようね」


 するとドアが開いて、聞いたことのある声が。


「会長! 無事だったんですね」

「ええ、貴方のおかげで」


 紅い髪を持つ日向はまさしく、この赤い部屋の持ち主と言えるだろう。相変わらずの存在感だった。


(……会長、本当にどんな服でも様になるな)


 ただ日向は制服ではなく私服を着ている。

 ドレス姿なんて事はなく、暗めの青色短パンに黒タイツ。そして上はフード付きの薄いピンクの服と、動きやすい服装に変わっていた。

 対して宮本は上半身は何も着ていない。下半身は流石にズボンっぽいモノを着ているが上半身は裸である。

 彼にそんな事を気にする余裕はないが。


「会長。あれから何がどうなったんですか?」


 宮本は最低限の記憶は思い出せたがまだ混乱している。整理も兼ねて何とも言えない質問を出してしまった。


「ちょっと待っててねー。すぐに答えるから」


 対して日向は穏やかなもので、中世感満載の高価そうなティーポット……ではなくどこのご家庭にもありそうな電気ケトルでコップ(これは高貴そうな奴)にお湯を注いでいた。

 雰囲気ぶち壊しである。


「スティックの奴だけどココアでも飲んでおきなさい。疲れた時には甘いものよ」

「あ、はいありがとうございます」


 特に慌てる様子もなく、日向は近くの椅子を引っ張り出して座る。その座る動作一つでもとても様になっており、見ていた宮本が少し見入ってしまうほど。


 でも日向が手をパン! と叩けばすぐさま本題へ。


「じゃあ状況を整理する事も踏まえて、貴方の質問に答えましょうか」

「は、はい!」

「ふふふ。そんなに畏まらなくてもいいのよ。私と貴方は同い年なんだから」

(そうは言われても……)


 日向の実績(?)を考えて欲しい。


 一年の後半から生徒会長を務めて成績も学年トップ2以上を維持。なおかつ色んな人も手助けしていて生徒から人気も莫大。


 本当に学生なのかと疑いたくなるほどの完璧超人でてんっさい日向ひなたを相手に、緊張せず話せと言う方が無理なのだ。


 それはともかく閑話休題


「じゃあ宮本君の質問を返すとして、貴方があのクワガタみたいな怪人を倒した後、貴方は元の姿に戻ってたわ。なので回収して安全なここへ連れて来た訳」

「えーと、そういえばこの部屋って……」

「部屋どころか私のモノよ。どう? 素晴らしいものでしょう?」

「……うん。すごくヨーロピアンを感じます」


 まさかの良い所のお嬢様だった。

 学校だと高貴な振る舞いをしているが、本物だったとは……そう思うと背筋がピンとなってしまう宮本。


「時間はソレほど経っていないわよ。クワガタ怪人との戦いから一日は経っていない。流石に戦闘の負担が大きかったからか、もう少しで夜になりそうだけどね」


 言われて外の景色を見れば下半分は赤で上半分は黒と、夕焼けと夜の境目みたいな事になっていた。

 どうやら学校皆勤賞は無理らしい。


「治療もこっちが勝手に済ませて、服はその際に変えてもらったわよ」

「え、服変えたのって」

「安心なさい。変えたのは私の執事」

「……ふぅ〜。ですよねー」


 謎の緊迫感に襲われる宮本だがすぐに解放された。

 これで彼が疑問に感じていた事のおおよそは解決した訳だが……


 一番大切な情報が抜けている。


「それで朱里あかりは……?」


 宮本にとってかけがえのない人。

 彼女の情報が一切混じっていないと、そう真っ直ぐな目で日向ひなたに聞いた。

 日向も分かっているだろう。目を宮本から離さないまま数秒、彼女は目線を申し訳なさそうに少し下げた。


「……ごめんなさい。まだ朱里あかりさんは見つかっていないわ」


 そう言って日向は丁寧に頭を下げた。

 けれど宮本はそんな事はないと手を振って話す。


「事情はよく分かりませんけど、日向さんも朱里の為に戦っていたんでしょう? なら僕から言うべき事は感謝しかありません」

「……助かるわ。そう言ってもらえると私も気が楽ね」

「そっちの方がいいです。それより朱里の事を話しましょう」

「そうね。赤城さんの事も話さないといけない」



 ──ただ。



 ほんの少し。

 ほんの少しだけ雰囲気が変わった。

 何と言うか


「その前に一ついいかしら」

(…………会長?)


 少し宮本は信じられなかった。

 息苦しさすら感じるこの重さ。というより覇気とも言うべきソレを放っているのが、目の前にいる日向という事実に。


 宮本の手が震えている。

 ソレを分かった上で日向は聞いた。



──あのモウルスというヒーローは貴方なの?



(ッ…………)


 不思議と背筋がゾワリと真っ直ぐになってしまう。

 日向が今まで見せてくれた優しい笑顔は消え失せ、代わりに出てくるのはこの町の守護者としての顔。


 試されている。


 少しでも嘘をつくなら断罪する、真実しか許さないというプレッシャーを感じた。


「……はい。あの黒い死神みたいな奴は僕です」

「ならもう一つだけ。質問させて」

「……はい」




「何の為に貴方は戦っているの」




「………………………………………………」


 なぜ今その質問をしてくるのか。

 いつからあの能力を持っていたとか、先に質問すべき事があるはずだ。

 けれど。


 その質問の答えは決まっている。

 わざわざ過去を振り返るほどでもない。



「朱里を助ける為です」



 この事実は、気持ちは絶対だ。

 例え死の恐怖が今襲い掛かろうとも、あのクワガタの化け物より強大な敵が立ち塞がろうとも、絶対にこの気持ちだけは変わらない。


 そう日向の目を見て宮本は答えた。


「…………そう。貴方の気持ちはよく分かったわ」


 途端に周りが軽くなったのを感じた。

 戦闘した訳でもないのに、宮本は無意識にため息が出てしまう。


「ごめんなさい宮本君。起きたばかりなのにこんな試す事をしてしまって」


 ただ宮本の溜息にも気にせず日向はまた頭を下げる。相変わらず申し訳なさもあって。


「別にいいですよ。ようは危険な力を持つ僕が何を思っているのか聞きたかったんでしょう?」


 強すぎる力を持つ人が、周りから警戒される展開なんて、アニメとかでよく見る事だ。

 空想の話を持ってくるなと言われそうだが、別にこれは現実でも起きている事だ。悪い例えになるが核保有国がどう動くとか気になるだろう。ソレと一緒。


 人に向ければ大勢の命を奪ってしまう力をどう扱うのか、彼女は知りたかったのだ。


「この町の守護者として聞いたんですよね。力の使い方の良し悪しは、結局使用者次第ですし」

「えぇ。全くもってその通りよ。……貴方はとんでもない事を体験したばかりなのに、冷静なのね。でもとても助かるわ」

「とんでもない体験談ならとっておきのモノはあるので」

「そうなのね。ちなみにその体験談ってどんなものかしら?」

「秘密です」

「あら残念」


 ちょっとした茶番をしたからだろうか、さっきまでの重々しい雰囲気がさらに軽くなった。

 おかげで軽く笑いあう事ができた。


 ただ秘密なのは本気だ。

 まさか一度死んだ事がありますなんて言えるはずもなく、この会話は軽く流されていく。


「あれ、私って宮本君に町の守護者とか言ったっけ?」

「…………それは勘です」


 無意識にアニメとかから影響を受けたからついソレっぽい事を。なんて口が裂けても言えないと、少し恥ずかしそうに宮本は顔を横に向けてしまう。


「……ふふっ。そういう事にしておくわ。どちらにせよ、昨日の戦いを見た宮本君にはいずれ話しておく事だったし」

「そうですね。さっき聞き忘れたんですけど、日向さんって一体何者なんですか? 守護者っぽいのは何となく分かるんですが……それに」

「それに?」


 宮本は振り返る。

 炎によって埋め尽くされながらも、グラウンドの真上……綺麗な暗闇ので舞っていた会長の姿。

 ジグザグに動きながらもどこか華麗さを持っていて、魔法らしきもので敵と力強く戦う。


(うーん。カッコいいな)


 彼にとってそれはまさしくだった。


「昨日使ってたとか聞きたいんでしょ?」

「是非聞きたいです!」


 日向の言葉にブンブンと頷く宮本。

 昨日は命懸けの戦いだったのでアレだが、宮本だって男である。あんなヒーローみたいな戦い、想像しただけで興奮するものだ。


 遥か彼方からやってきた巨人。

 改造されてもなお人を守る為に戦うバイク乗り。

 不思議な妖精と共に悪い奴らをコテンパンにする魔法使い。


 どれもこれも宮本が前世から憧れていたヒーロー達!


 そしてソレに匹敵するほどの戦いを繰り広げた人間が今目の前にいる。


 そんなの興奮するしかないじゃないか!


「あの時の頑張ってる会長はすっごくヒーローっぽくてカッコ良かったですなので是非! 教えていただきたいんですよ。どんな訓練方法で強くなったとか、戦ってるとき何に気をつけてるとか、そもそも変身アイテム的な奴って──!!」

「わぉ……急に早口になったわね」

「──────あ」


 気が付けば宮本の顔は日向の目と鼻の先まで近づいていた。あまりの興奮にいつもと違う行動を起こしてしまったらしい。


 宮本が「あ」と言ってから数秒。互いに動きの変化は何もなかったが、だんだんと彼の顔が赤くなる。


「す、すみません!」


 何をやっているんだ僕、と罪悪感三割と恥ずかしさ七割ぐらいの気持ちで高速でベットに戻る宮本。その瞬発力と速さはチーターの如く。ただ顔は相変わらず真っ赤なままだった。

 対して真っ赤な髪を持つ日向は──


「……そう。ヒーローみたい……か」


 暖かい笑みを溢していた。


(笑ってる……?)


 宮本は意外だった。

 学校ではいつも凛々しい表情をしているから。

 それに今の行為は仲のいい友人相手ならともかく、顔見知りレベルの相手からすれば悪い印象しかないだろうに。

 だからそんな嬉しそうな反応に、彼の頭の中は疑問で埋め尽くされてしまう。


「宮本君ってどこか固くて生真面目な印象を持ってたけど、思ったよりを持っているのね」

「…………え、まぁ特撮とかヒーローとかは大好きです」


 宮本のさっきまでの恥ずかしさはどこかへ飛んでいってしまった。おかげで日向から話しかけられても、数秒遅れで返事を返せるようになっている。


「まぁいい加減に話しましょうか。私の事と所属している組織の事。そして町では今何が起こっているのか──」


 その時だ。

 日向のズボンのポケットがズズッーと揺れたのは。

 音が漏れた事に気づいた彼女が取り出したのは最新型らしきスマホ。


「ちょっとごめんなさい。今出ても?」

「あ、はい。勿論いいですよ」


 わざわざ出ていいか聞いた後にスマホを耳に当てる日向。どうやら電話が来ていたらしい。


(いや……何か違うぞ?)


 しかし宮本は違和感を感じた。

 彼女が持っているスマホからどこか異質なナニカを感じると。

 ただ僅かな違和感で電話を止める訳にもいかず、結局は彼女が電話の相手と話し終えるまで、宮本は静かに佇むだけだった。


「……そう。そう。分かったわ、すぐそっちに向かう」


 日向が携帯をしまうと席を立つ。

 そして一言。


「宮本君。私と一緒に来てくれるかしら?」











「歩けるまで体が治ってるとは思わなかったな……」


 新しい男物の上着を着た宮本はそう驚きを溢した。


 場所は変わって部屋を出た廊下。


 相変わらず廊下全体も赤ばっかりで、貴族らしい装飾で綺麗に飾られている。

 ときおり見かけるピカピカの家具……あれはどれくらいするのだろうか。


がしっかり働いてくれたようね」


 宮本の前を歩いている日向が、何気ない疑問に対して返答をした。ただ宮本の疑問は増すばかり。

 日向が言った、この洋館には似つかわしくない近未来的な名称が飛び出してきたから。

 回復装置って? そう口を開こうとした宮本より早く、日向は話を続ける。


「さっきの私は何者かという質問だけれど、ヒーローというのはあながち間違っていないわよ」

「ヒーロー。という事は人を守っている訳ですか?」

「その通り。厳密に言えば、この町の地下に眠るモノを守る為に戦っている」


 聞けば聞くほどアニメとか特撮でありそうな設定だと思ってしまう宮本。勿論、今この時でも朱里が誘拐されている事は理解しているが。


「今まで陰で暗躍していた魔法使いや超能力者達から、地下に潜むを守っていたの」


 余計な問題を起こさないように、夜中にひっそりとねと日向は付け加える。


「ただ今回、私は失敗してしまった。おかげで力も本調子から遠く離れている」

「あのクワガタの怪人に襲われたからですか?」

「いいえ。と戦ったから」

(もっと……?)


 それは一体どんな化け物だろうか。

 昨日の夜に戦ったクワガタの怪人。アレの前に初めて立った時、宮本は心臓がバクバク動きすぎて破裂するんじゃないかと思っていた。

 クワガタの怪人はそれ程に恐ろしかった。

 なのにそれよりもっと恐ろしいとは……


「そこで私は貴方にお願いしたい事があります……ここね」

「ここは……?」


 辿り着いた場所を一言で言えば"異質"。


 今まで自分達は中世時代の世界に居たはずなのに、目の前に現れたのはSF染みた鉄の扉だった。

 まるで数百年後の未来にタイムスリップでもしたのだろうか。そう思えるほどにそれはだった。



 そう中世から現代……ではなく未来へ跳んだのだ。



 でなければ、して扉が開いた光景に説明がつかない。


「乗って」

「…………あぁ」


 エレベーターの中に入れば完全に別世界だ。

 さっき彼が感じた違和感があちらこちらから襲ってくるが、そんな環境なんて束の間。

 静かに降りていたエレベーターは、ピンポーンと目的地に着いた事を教えてくれた。


 そして重い扉がスライドして開けば……


「……凄い。ここは一体」

「人類を守る為の秘密基地と言ったところかしらね?」



 未来とも違う、未知なる魔術と科学が交わり埋め尽くされた別世界が広がっていた。



 まるで地下にいるとは思えないほどの青白い輝きに広さ。そこを行き交うは白衣を着た科学者達。しかも彼らの顔にはバイザーらしき物が付いている。いかにも最新式といった感じだ。


 ざっと数えて五十人以上が忙しなく動いている。

 しかし奥を見れば下に繋がるエレベーターや階段があるから、ここで働いているの人達はもっといるだろう。


(えっとあれ、飛行石か?)


 右を見れば何が魔法石らしきモノが研究されていたり。


(あっちは……宇宙戦争でもやる気かな?)


 左を見れば電磁バリアの耐久テストみたいな事をしていると、SF映画でしか見られないような光景が現実に広がっていた。


「『アヴホールス』」


 その光景に圧倒されている宮本を、背中からトントンと叩くように日向がを明かす。


 振り返れば堂々と佇むの姿が。

 そして同時に教えてくれる。ここはお前が描いていた空想ではなく現実だと。


「世界の秩序を保ち守る。言ってしまえばルール違反をする悪い魔法使いに超能力者、そしてルールそのものを破壊する化け物達から世界を守る組織ね」

「あ、えーと……」


 莫大な情報量で脳がパンクしている宮本。

 しかし日向はそんな彼なんて気にせず、勝手に組織の説明を始める。

 出てくる情報全てがファンタジーだったりSFらしさがあるが──



 ──もう宮本はと思う事はないだろう。



「さっき、お願いがあるって言ったわよね」

「あ、はい……もしかして」

「本当は良くないけれど、今は緊急事態です。私の力不足で貴方を巻き込んでしまった。平和な世界で生きていくはずだった貴方をこちら側に関わらせてしまった」


 彼女の言葉は謝罪と言ってもいい。どれほどこの非常識な世界が危険か、そしてその世界に少しでも感知させてしまった事がどれほど愚かしい事か。

 彼女は言っている。


「それでも世界の為に恥を忍んで私は頼みます」



── 私達と共に戦ってください。



「…………」


 確かに。

 この世界はお遊びではない。

 死ぬかもしれないだろう。

 昨日の一件でその事はよく分かったし、実際に彼はその時に死んでいる。


 しかし。


「分かりました。戦います」


 彼の返答はそれこそ、昨日の夜から決まっていた。





「僕はヒーローにならないと人を救わなければいけませんから」




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