「キバタさん、ちょ、ちょっと待って」
本題に入ろうとするキバタ──木幡菖蒲の話を、和也は慌てて遮った。
「どうしたの、カズヤくん?」
木幡はおっとりとした調子で首を傾げた。
「あの、キバタさん。ごめんなさい、話遮っちゃって。ただ、あの、ごめんなさい。前提として確認したいんですけど……」
「なあに?」
「『幽霊が全くいない場所』って、珍しいんですか?」
「ああ」ぽん、と手を叩いて木幡は笑った。「そっか、そうだよね。カズヤくんは、幽霊とか視えないんだもんね」
「……残念ながら」和也は複雑そうな表情で笑って答えた。
「ええっと、カズヤくんは『幽霊』って言ったら、どんなものをイメージする?」
「それは……まあ。え? 幽霊ですよね? その、普通に人間の姿で……透けてたり、古いイメージだと足がないとか? すいません、何か、発想が、アレで……」
「ううん、ごめんごめん。ちょっと質問悪かったよね。うん、でもそう。視えない人からすると、やっぱり普通に人間の姿をしてるって思うよね」
「え? 違うんですか?」
「もちろん、そういうのもいるよ。でもね、そういうカタチがハッキリしたもの以外にも、もっとこう……幽霊の残滓みたいなのも沢山あるのね」
「残滓?」
「そう。もちろん詳しいメカニズム……っていうのかな、そういうのが解明されてるわけじゃないけどさ。ほら、生き物が死んだら、肉体と魂に分かれるじゃない?」
「ええ、はい、わかります」
「それと同じように、魂……まあ、霊よね、霊が成仏するとね、霊にとっての肉体のようなものが残るの」
「霊にとっての……肉体……?」
「そう。視えない人にはイメージしづらいと思うんだけど……とにかくね、そういう魂の抜け殻みたいなものって、常にそこら中にあるの。残ってるのよ」
「え?」和也は思わずキョロキョロと辺りを見渡した。「常に、ってことは、今も、ここにも?」
「うん。もちろん」
「それって、何か……危ないものでは無いんですか?」
「私は……空気にホコリが混じってるのと変わらない、と思ってる、かな。見た目にも、うん、そんな感じ」
「なるほど……そんな、普通にあるものなんですね」
「うん、あるある。ほんとホコリみたいな感じで、場所によって濃い薄いみたいのはあるし、あんまり濃いところだとちょっと気分悪くなるけど」
「あ、気分悪くなるんすね」
「なるなる。えっとね……あ、ほら、ファンタジーとかで言うじゃない、瘴気? とか、なんか、そういう言い方の方がイメージしやすいのかな。ひとによって表現は色々だけど」
「ああ、何かちょっとわかりました」
「良かった。ええっと、何だっけ……あ、そう、とにかくね、そういう魂の残滓って、常に何処にでもあるものなのね」
「あ、ごめんなさい、いっこ聞いていいですか?」
「うん、もちろん」
木幡はもう冷めてしまった紅茶に口をつけ、椅子に座り直す。雰囲気の良い喫茶店だが、椅子が少しかたい。静かで良いけれど、長居するには向かない店だったな、と和也は頭の片隅で思った。
「ありがとうございます。あの、その、魂の残滓、って……さっき瘴気みたいなものって仰ってましたけど、何て言ったら良いのかな……その、悪いものなんですか?」
「悪い……とか、良いとかそういうものじゃないんだと思う。たぶん」
「除霊とか、その、結界的なもので消したりとかは出来るんですか?」
「それはね、私が知ってる限りは出来ないの」
「出来ないんですか?」
「そう。だからね、そこら中に残ってるの。たぶん、恐竜の残滓とかも残ってるかもね」
「恐竜ですか?」
突然の『恐竜』に、和也は少し笑ってしまった。
「化石だって、分解されなかったから残っていたわけでしょう? 魂の残滓も、分解されたり土に還ったりしないから、ずっとそこに残り続けちゃうわけよ」
「でも、そんなに全部残ってたら……恐竜のとかまで全部残ってたら、何かもう、物凄い濃度になっちゃってたりしないんですか?」
「うーん、これが私達にとっての『普通』だからなあ」
「はあ……なるほど。まあ、でも確かに、そんな風に残っちゃうものなら、そりゃ世界中いたるところに存在してるんでしょうね」
「だからね」ここからが本題というように、木幡は少し前のめりになった。「『幽霊が全くいない場所』って、私達からすると、あり得ない話なのよ」
「なるほど。よくわかりました。その『幽霊』っていうのは、魂の残滓込みで、ってことなんですね」
「そうなの」
「それは……何かちょっと、怖いですね」
「そうなのよ〜」
和也に話が伝わったことが嬉しいらしく、木幡は(周りを気にして)音を立てずに拍手をした。
「あの、キバタさん。その話、もう少し詳しく聞かせていただいてよろしいですか?」
「うん、もちろん」
木幡はにこにこと笑って頷いた。
「その場所って、わからないんですか? いや、最初にわからないっておっしゃってましたけど。全く、わからない?」
「少なくとも私は知らないの。ごめんね」
「いえ」
「誰か知らないか、友達に聞いてみようか?」
「ええ、ありがとうございます。よろしくお願いします。あ、えっと、それとですね」
「うん」
「それって、どんな場所なんですか?」
「どんな……って?」
「やっぱりこう、聖域みたいな? 神社とか、そういう場所だったりするんですかね」
「あ、ううん、違う違う。神社とか、そういう聖域って呼ばれる場所でも、残滓が全く無いってことはないの。ほら、別に悪い物ではないから」
「ああ」
「えっとね、噂のその場所は、普通の家だ、って聞いてる」
「え? 普通の、家?」
意外な答えに、和也はオウム返しで聞いた。
「うん、そう。そうなの。ね、怖くない?」
「ちょっ、と、この話の怖さわかってきました。えめっちゃ怖いですね。え、キバタさんは他に、他にっていうか、『幽霊が全くいない場所』って、他に知らないんですよね」
「聞いたことないし、もちろん見たこともない」
「……ちょっと、こう、視えない僕からすると、何か例えようがないですけど。でも、はい、わかります。わかりました、この、キバタさんが感じているであろう恐怖、怖さが」
「良かった、伝わって。でもごめんね、カズヤくんが期待しているような怖い話とは違うよね」
申し訳無さそうに表情を曇らせる木幡へ、和也は首を振って応えた。
「いえ、そんなことないです。めっちゃ貴重な話を聞かせていただいて、本当に、ありがとうございます。あの、これ、タクミさんに話して問題ないですか?」
「もちろんもちろん。あの、タクミくんにも、よろしくね」
「ありがとうございます。伝えますね。あ、そうだ、これ、あの、今サブチャンネルの方で毎週フリートーク的な生配信やってるんですけど、そこでこの話、話しても良いですか?」
「あ、うん、私は全然、話してもらって。あの、ほら、聞いたら呪われる話とかでもないから、安心して」
「ありがとうございます。視聴者さんにも知ってる人いないか、そこで聞いてみようかな。これ、もし、もしですよ。場所の特定出来た場合、突撃しても大丈夫だと思います?」
「突撃、って、行くってこと?」
「はい」
木幡は眉間に皺を寄せ「うーん」と考え込む。
「どうかなあ……。たぶん、その『幽霊が全くいない』ってこと自体は、別に危険はないと思うけど……」
「けど?」
「その場所を、そうしている原因、っていったら良いのかな。それが良いものか、悪いものか、っていうのは……ちょっと、心配かも」
「あー、なるほど、はい、わかります。まあ、ちょっとその辺は、要検討ということで。そもそも場所がわかるかも、わからないですしね」
「そうね。私も聞いてみるけど、わからなかったらごめんね」
「いえいえ、ありがとうございます」