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後編


   ◇



「界の馬鹿ーっ! あいつ、腕なまったんじゃないの!?」


 双葉の絶叫が戸建ての家にわななく。隣で赤星が両耳を塞ぎながら事の顛末を説明した。


「えっと、行き先は東京湾の方みたいで、外国に競り出す闇イベントに界を出品するらしいです」


「まったく、もう!」


 双葉は髪をかきむしり、イライラと部屋の中を歩き回った。


 こうしている間にも仲間は遠い異国へ連れて行かれてしまう。ドジを踏んだところはあきれてものも言えないが、助けてくれた時もたくさんある。今度は自分が彼を救出してやらなければ。


 そう意気込んだ双葉は、


「ちょっと、お前の使い魔貸して」


「ああ、乗り移るんですか?」


「そ、界と直接話せないかやってみる」


 赤星から手渡されたサソリを掴み、自らの額に持っていく。目をつむり、数秒経った後、双葉の身体から力が抜け、一匹のサソリは元気よく床を動き回った。


 双葉を支えてソファーに横たえた赤星は、「思念体になったんですね。僕のサソリは使い魔として長く生きているから、安定性も抜群だと思います。敵に注意してくださいね」と言い置き、界の居場所を伝えた。


「じゃ、行ってくる!」


 双葉はさっそく他のサソリとともに床下を素早く駆け抜けた。「行ってらっしゃい」と赤星の優しい声が聞こえた。




   ◇




 両脇に屈強な男二人がつき、レーザーガンを持って界の身体に向けながら歩くよう指示された。縄で両手首を後ろ手に縛られている界は、大人しく男たちの命令に従い、薄暗い地下通路を歩いている。地下通路、と称するにはあまりにも果てがないほど暗く、陰気な通り道だった。点いている電気といえば、トンネルの明かりに使われているような頼りないパネルの光。ここに長時間いる連中は神経を病まないのだろうか。魔女でなくても抑うつ状態になりそうだ。


「お前ら、太陽の光浴びたいって思わないの?」


「黙って歩け」


 右隣の男が苛立たしげにレーザーガンの先端で界を小突く。構わず「何で悪役って暗い場所が好きなんだろう」としゃべり続けると、煩わしそうに舌打ちが返ってきた。


「魔女は太陽を嫌うんだろ」


「全員がそうってわけじゃねえよ。俺はけっこう日の射す時間帯好きだし」


 実際、界は人間の活動する日中に外出して、彼らに混ざって生活したこともある。双葉からはやめろと何度も注意されるが、こちらに驚いたり、あたふた行動する人間を見ていると、どうも悪戯心を刺激されるというか、構ってやりたくなってしまうのだ。彼らは無力なくせに知能だけはやたら高くて、臆病で、すぐに死んでしまって、それゆえ必死に情熱を燃やして生にしがみつこうとする、何とも愉快でおもしろい生物である。少なくとも界はそう思っている。


 左隣の男がじろじろと界を凝視している。


「俺たちと変わらない姿かたちをしているな」


「まあね。同じ知的生命体ですから」


 右隣が再び小突いてきた。どうも短気な性格らしい。


「無駄な話をするんじゃねえ。お前は売られるんだ。商品らしく大人しくしてろ」


(ひどい言われようだなあ)


 通路を渡り終えた先に、広い空間が見えた。舞台の板の上に似た場所に放り出され、つんのめっているうちにまぶしいライトが界を照らし出す。およそ目を焼かれそうな光を当てられ、視界が慣れるまで時間がかかった。


 人々のざわめきが界の耳をつつく。見ると、目線の下の方に並べられている椅子に、堅気ではない業界の顔つきをした男たちや女たちが、互いに何かをささやき合っていた。「いい男だわ」「魔女は美男美女だらけというのは本当なんだな」「魔法を使われたりしないか?」「やつらは手足の自由が利かないと魔法を使えない。心配することはない」地獄耳の界には人間たちのひそひそ話など筒抜けだ。つまりこいつらは、自分を高値で買いつけるための闇オークションに参加しているのだ。


(ご苦労なことで)


 人間の浅ましさと愚かしさ、飽くなき好奇心には恐れ入る。


「五百万!」


 一人が声を張り上げ、札を高く掲げた。おぉっと場内がどよめく。


(ふざけんな。全然安いっつーの)


 界はふんっと鼻を鳴らす。


 息せき切ったように次々と札が上がり始めた。価格は徐々に値上がりし、みんなが競うように界の値打ちを勝手に決め始める。一千万、二千万とショーのようにヒートアップする人間たちの過激な盛り上がりに、テンションはますます興ざめていく。


 思わず、界はつぶやいた。


「お前ら、ヒマなの?」


 つぶやきで済まそうと思っていた声は思いのほか大きく響いてしまったらしい。場内の空気はしんと静まり、こちらに鋭い視線を投げかける人間たちの目が異様に光って見えた。彼らは怒っているのだ。とんだ逆切れもあるものだ。界にとってみれば、これは魔女に対する立派な犯罪行為であり、賭け事に参加しているここの人間たちは全員処罰されなければいけない。


「魔女を競売に賭けて何が悪い!」


 客の間から野次が飛ぶ。人間の悪癖に、開き直りという厄介な技がある。界は一切動じずに、再び大きなため息をついて彼らをはっきりと見下げた。


「お前らに罪の意識はないのかって聞いてんだよ。自分の娘や妻がどこかの誰かにさらわれて売られたらどうする? 魔女の立場に立ってものを考えられねえのか?」


 会場内から轟きのようなブーイングが響き渡った。


「魔女は人間社会を脅かす! 存在そのものが罪だ!」


「いつ俺らが攻撃してきたんだよ! 少なくとも俺は人間を害したことはない!」


 界は負けじと言い返す。場内も過熱して様々な暴言が飛び交う。


「魔女は魔法を使って人間を危険な目に遭わせる!」


「人間は科学を発展させて他の生物を追いやったけどな!」


 売り言葉に買い言葉の応酬は続き、互いに一歩も引けなくなった界と客たちはそれぞれに悪態をついて、場は一気に喧嘩の雰囲気が出来上がった。


「魔女は空を飛ぶ! あってはならない!」


「そっちだって飛行機で世界中飛んでるくせに!」


「魔女は美形しかいない! ルッキズムの塊だ!」


「ブサイクが僻んでんじゃねえよ!」


「魔女は性格が悪い!」


「それはこっちの台詞だろうが!」


 舞台袖から界を連行した先ほどの男二人が走ってくる。掴みかかろうと迫ってきた一人を、界は己の反射神経だけで軽々とかわした。両腕さえ封じられてなければ、たかが人間の男二人など敵ではないのだが、今の自分は魔法を使えない身である。壇上ですったもんだをくり返す三人に、客は煽りとブーイングを交えた言葉を次々と投げつけた。


「いいぞ、もっとやれー!」


「どうなってんだ、今日の競りは!?」


 現場の雰囲気に気圧されて右往左往する者もいる。界と男二人の取っ組み合いに乗っかって口笛を吹き煽る輩も、そそくさと逃げようとする及び腰のやつらも。


 一人が強烈な蹴り技を界に向かって放ってきた。レーザーガンの銃口で小突いていた方の男だ。間一髪かわしたところを男はすぐさま次の右ストレートを叩き出す。避け切れないかもしれない。殴られるのを覚悟して表情を硬くした界の頬に、しかし拳は当たらなかった。


 男が急に倒れ伏したのである。


「うわっ、どうした!?」


 相方の男があわてた声を出す。その隙に界は二人から距離を取って、何とか両腕を自由にしようと縄を解きに苦心した。


 と、足から腰にかけて生き物が這いずり上ってくるような、くすぐったい感覚が走る。


『界!』


 声は耳の奥の鼓膜に直接響いた。聞き慣れた旧友の顔が思い浮かぶ。


「おお! 双葉か」


『迎えに来たよ!』


 界の足を上ってきたサソリ数匹が、腰にたどり着き、後ろ手に縛られた縄を切り始める。


「ぎゃーっ、サソリ!」


「サソリがこんなに!」


 真下の客から悲鳴が次々と上がった。彼らは有毒生物が怖いらしい。床を埋め尽くすほどの数に戦々恐々と震え上がっている。


 赤星の使い魔であるサソリにとって、縄を切るのは朝飯前のようだ。自然界の生物よりも頑丈な刃で難なく界を手助けする。


 阿鼻叫喚となっている会場内で、界は自由になった両腕を上に向かってかざした。


 黒っぽい玉が両手の間に浮き出たかと思うと、辺りは真冬の気温のように寒々しい風が吹いた。


「俺は天気を操るんだよ」


 言葉を失くして突っ立っている男二人に、界は不敵に笑んでみせる。次の一瞬、両手を前方に突き出し、黒々とした丸い球体を二人に向けて弾き飛ばした。


 シャンパンのボトルが勢いよく開いた音のような、快活のいい効果音が鳴った。


 二人に注いだのは、シャワーのごとく豪快な雨。


 頭の上に、積乱雲に似た灰色の雲が広がっていた。とても狭い範囲内に集中的に豪雨が降り注ぐ。びしょ濡れになった男たちは大きなくしゃみを数回し、自らの身体を抱きしめて雨から逃れようと逃げ回るが、雲はしつこく追いかけてくる。


「ちょっとこらしめるだけだ。今回はこれで許してやる」


 界は舌を突き出し、いまだサソリの大群に悲鳴を上げている人間たちに「バイバーイ」と別れの挨拶を軽く済ませると、舞台上から地面に飛び降りた。


 ひらりと着地し、魔法を使って俊足のスピードで客席の間の通路を走り去る。界の得意技は身体能力を使った物理の魔法と、天候を少しだけ意のままに変える気象魔法である。隣を並んで走っているサソリを介して、双葉が話しかける。


『どこが出口だかわかってるの!?』


「やべえ、全然考えてなかった!」


『そんなことだろうと思った!』


 双葉が大仰なため息をついて界をにらんだ。肩をすくめる友人に、双葉の精神が乗り移ったサソリは再び足元を上って肩までやって来る。


 サソリの胴体が発光し、界の脳裏にイメージ画像のような空間把握図が生まれた。


『ごらん、ここの地図だよ!』


 頭の中に双葉の声が響く。サソリに憑依するだけでなく、界の頭にまで魔法を送る彼の器用さには敵わない。界は心中で舌を巻いた。


 ここはやはり闇オークションの会場だった。魔女を売りさばく人間たちの根城だ。世界の法律で魔女と人間が戦争をするのは禁じられている。そのため双方に危害を加えるようなことは互いにあってはならない。あるとすれば表の目をかいくぐって違法の魔女人身売買を行う、人間の風上にも置けないクズどもの集まる今日のような場合のみだ。


 このまま真っ直ぐ突っ切れば出口が見える。そこを出ると、幾重にも枝分かれした迷路のごとき地下通路が現れるはずだ。地上に出るには関係者しか知らない正しい道のりを行かなければならない。


「お?」


 界は声を上げた。行く手を阻む人影を数人見つけたからだ。全員の手にレーザーガンが握られている。自分たちを仕留めるつもりだろう。


 待つ隙を与えず、ビームが放たれた。


 界は足の先に魔力を集中させ、空中高く飛んだ。軽々とビームの光線を飛び越えた界は人間には真似できぬ素早さで、眼下に迫ってきた男たちの顔面に足蹴りをお見舞いする。ドカッ、と小気味いい音がするとともに男は後方へ倒れた。間近に接近されて混乱が生じた男たちの間に肘鉄、カウンターパンチ、飛び蹴りをそれぞれ繰り出し、武器は明後日の方向へ弾き飛ばされ、敵も急所を当てられてその場にうずくまった。


「じゃあなー」


 界は出口を通り過ぎた。


 次に見えた景色は、またもや視力が悪くなりそうな、ぼうっとした暗闇の地下通路である。灯されている明かりといえば、大昔の豆電球と呼べるほどの頼りない電光パネル。双葉に送られたルートを探して、注意深く辺りを見る。上も下も薄ら寒く、乾いた空気が散漫している埃っぽい空間だった。


『界、この先だよ』


 サソリ姿の双葉が刃の先を示した場所に、界はついて行く。周囲に人の気配は感じられず、慎重に進んだ。複雑に張り巡らされた通路は、慣れている者でなければ会場にたどり着くこともできないだろう。つまりあちらの客は、古くから魔女の人身売買に加担していた輩なのだ。人好きの界でも、ああいう人間には苦い感情しか湧かない。


 界の頭の中には、双葉から送られた脳内映像の見取り図がはっきりと写し出されていた。この迷路をどこからどう行けば地上へ出られるのか、手に取るようにわかる。界は特に苦労せず、複雑な行き方をするルートを正確に辿っていった。


 人間ならば数十分を要する地下迷路を、界は自らの魔法で俊足のごとくスピードを出し、ものの数分で目前にそびえる階段を見つけた。階段の先にはわずかな光と外の匂いが伝わってくる。あれだ。あれが出口だ。


「ひゃっほー」


『界、注意して!』


 突如サソリを介して双葉が叫んだ。


「どうした?」


『魔女狩り同盟が待ち構えてる』


「えぇ? またあいつらかよー」


 うんざりだ。こちらは何も悪いことなどしていないのに。


『もとはといえば界が余計な遊びを考えるからじゃん』


「……お前、俺の心読んだ?」


『読まなくても顔に出てるよ』


 双葉の憎まれ口は今に始まったことではないが、自分の向こう見ずな行動力も同じようなもので、結果、二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


 階段の半分まで上ったところで姿勢を低くし、魔女狩り同盟の連中に見つからないよう息を殺して、相手の出方を待つ。


 地上から漏れる光はごくわずかな強さしかなかった。気になって双葉に「ところで、今何時?」と尋ねる。


『明け方五時』


「マジ? そんな経ったの?」


『お前の居場所突き止めるのに、こっちは苦労したんだからな』


 双葉の小言が終わらないうちに界は意を決し、残りの階段を上がり、姿を現した。


 ゆっくり、緊張感を持って最後の段差を上り、魔女狩り同盟の構えたレーザーガンの前にその身を晒す。


 男たちは一様に表情を引き締めて一カ所に固まり、界の動き出しを待っている。


 界たちがたどり着いた出口は、巨大倉庫を模した秘密の地下組織の有名なアジトだったらしい。日の出の前に全員集合とは、何とも気合の入ったお出迎えである。


 頼りなげに揺れる潮の風と、海面の向こうの地平線からわずかに赤くなっていく空を見て、ずいぶん遠くまで運ばれてきたのだなと実感する。


 倉庫に、視線の先に見える海に、海に常駐するさまざまな船。


 界は両手を上げた。


「降参しますよ」


 男たちがレーザーガンを降ろす気配はない。どうするの? と双葉がサソリの姿で視線を送る。


 界はただじっと待っていた。


 数秒の時間が、緊張とともに流れていく。日が昇ろうとしている。暗い海面に光の粒が表れ始める。世界がだんだんと動き出す。新しい一日の始まり。


 界は早朝の時間帯が好きだった。しんとした闇から太陽が出、人々を起こし始める。真っ白な一日が地球上に生きるすべての生物に平等に降り注ぐ。魔女も同じだ。人とは違う次元に生きるものだが、言葉を話し、感情を持つ、限りなく人に近い生き物である。


 それをわかってほしいのだけれど。


 彼らにわかりようもないのなら。


 強行突破するまでである。


 男たちの間から突如「ひっ」と小さな悲鳴が漏れた。


 空気の変化は瞬く間にそこらに伝染し、何かが起きたことをその場にいる全員が敏感に察知する。


「痛い! 痛い!」


 悲鳴を漏らした男が、正気を失くしたように身体の痛みを連呼して転げ回った。不気味そうに男の様子を見つめていた仲間たちは、次第に恐れをなして少しずつ、悶え苦しむ仲間から離れていく。


 動揺が走る連中の中で一際大きな体躯の男が憎々しげにこちらをねめつけ、「何をした!」と怒鳴りつけた。その男も突然にびくりと身体を硬直させ、首筋を抑え苦しく呻き出す。まるで見えない異物が男たちの集団に入り込み、目にも止まらぬ速さで侵食していくようだった。


「クソがぁ!」


 自棄を起こした一人がレーザービームを撃ち出そうとする。が、動きを牽制する声が後方から届いた。


「動くな! 仲間をこちらに渡せ!」


 赤星だった。サソリの使い魔を呼べるだけ呼んだのだろう。辺りには再びのサソリの群衆がザザザ、と男たちを取り囲むところだった。


 八方塞がりとなった魔女狩り同盟たちはそれぞれがサソリの毒に苦しんだり、追い払おうと躍起になったり様々だ。もはや界と双葉どころではない。敵の注意がそれている今を狙って、赤星は界にサインを送る。


「魔女をたやすく扱ったらどうなるか、思い知らせてやるよ」


 ふいに揺れる空気。今までとは違う体感温度が魔女狩り同盟たちをさらなる恐怖に陥れる。頬がひりつくほどの強い風が一瞬のうちに巻き起こっているのだ。男たちの周りにだけ、限定的なつむじ風が発生していた。


 まるで人の奇声のような気味悪い風音が、敵たちの心身を震え上がらせる。逃げ惑うことも抵抗することも敵わず、魔女狩り同盟は全員、界の作り出した突発的な強風によって、勢いよく弾き飛ばされた。


 落ちる先には、港の海。


 派手な水音を立てて男たちは次々と海面に投げ落とされた。


 水の中ではレーザーガンなど役に立たない。そもそも豪風のせいでどこかへ飛んでいった。「冷てぇ!」「ぎゃーっ、溺れる!」「魔女め!」「おい、捕まれ!」と阿鼻叫喚の渦と化した波止場にて、界、双葉、赤星だけが意地悪く笑い合い、颯爽とこの場を逃げ去っていった。


「あれ、そういやお前ら瞬間移動の類はできなかったよな? どうやって来たの?」


「協力してくれる人間がいたんだよ」


 双葉がサソリ姿のまま界の肩にくっついて、答えを述べた。


「魚沼って人でしたよ」


「え、あいつ?」


「お知り合いですか?」


 赤星が指さした先に一台の軽自動車が停まっている。窓から顔を出した人物は、あの時誘惑した青年だった。


「界さーん!」


 魚沼はのんきに手を大きく振って笑みを見せている。界たちは素早くドアを開けて乗り込み、アクセルを踏んだ魚沼を合図に車はけっこうなスピードを出して現場から逃走した。


「界さん、よかった。ああ、会えてよかった! 僕のせいで危険な目に遭わせてごめんなさい! もうあんな連中とは関わりません! 警察も呼びましたから!」


 日本の警察組織は便宜上、魔女と人間との関係を円滑にしたいために、魔女に何らかの危害を人間が加えることを全面的に禁止している。魔女狩り同盟はほとんどが人間世界での反社会的勢力と密接な関わりがある。お縄になる理由は充分なのだ。


「これからは魔女が人間世界で暮らしやすいように、全面的に協力する立場の人たちと接触します。全部、界さんと出会えたからですよ!」


 魚沼は瞳をキラキラさせながら、案外に豪快な運転技術で車を飛ばす上に、魔女がいかに魅力的で蠱惑的で神秘的な存在か、興奮しながらしゃべり続けた。


「……お前、何か余計なことしただろ」


 双葉が界の首筋にサソリの刃をちょんと当てて小突く。


「いてて、ちょっと色仕掛けしただけだよ」


「界は調子に乗り過ぎ」


「それより、いつまでサソリに乗り移ってんだよ。先に元の身体に戻れよ」


 双葉と界の小競り合いが始まり、車の中は途端に馬鹿騒ぎとなる。最年長の赤星が「まあまあ、車内で騒がないでくださいよ」と困り顔で場を諫めた。魚沼は誰も聞いていないのに魔女の魅力のプレゼンを永遠に一人で行っている。各自が勝手に好きな話をして、自由気ままな魔女狩りの季節はこうして過ぎていった。




   ◇




 家に着くと、双葉がリビングのソファーで横になっていた。精神体を飛ばしても長時間肉体が耐えられるのは、彼のちょっとした自慢である。


 サソリが肩から下へ降りていき、界から去って軒下の隠し通路に帰っていく。次いで双葉がぱちりと目を覚ました。


 大きな欠伸を一つして双葉は起き上がり、「界に説教しなくちゃな」と形のいい目を細めて渋面を作る。


「そんな怒んなって」


「界の言えた義理じゃないだろ!」


 双葉は顔を赤くしてガミガミ言い始めるが、そのどれもに自分に対する愛情を感じ、界は心の中が温かくなるのを照れ臭い気持ちで隠した。


 赤星が再び二人の言い合いを「まあまあ」と制し、ホットミルクを作り始める。


「魔女狩りの季節はもう過ぎたし、お菓子がまだ残っていますので片づけましょう。双葉くん、そろそろ血圧上がりますよ。界くんもちゃんと反省して。みんなでお茶して、また実りある明日を迎えましょう。僕らはまだまだ生きているんだから」


 赤星がそうまとめると、二人も何だか落ち着いてしまい、三人でテーブルを囲む。朝が来て、日も高くなった時間帯だが、きっと数十年後も数百年後も、このメンツで何やかんやと騒がしくしているのだろう。魔女は長く生きる。今の時代、ほとんどの魔女が顔見知り同士だ。せいぜい飽きないように、ずっと馬鹿騒ぎをしていられれば、それが幸せというものだ。きっと。


 人間たちが活動する正午近くの日の下、一軒の家からやたらと賑やかな声がしばし聞こえていた。






   了







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