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魔女の息子たち
泉花凜
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年11月05日
公開日
15,623文字
完結
どこかの世界、どこかの時代、ハロウィン習慣の日本国内で『魔女狩り』が開催されていた。
強い魔力を持って生まれた男の魔女、界(カイ)、双葉(フタバ)、赤星(アカセ)は、魔女界から人間世界へ出稼ぎに来て暮らしていたが、毎年この季節は用心して過ごしている。が、お調子者で暴れん坊の界(カイ)は、人間たちをからかってやろうと、悪趣味な悪戯を仕掛けて夜の街へ飛び出してしまう。
男の魔女三人組の、ドタバタコメディ劇スタート!(*ほんのりBL風味な描写有り)

前編


 魔女狩りの季節はいつも隠れる場所に苦労する。人間界に行かなければいいだけの話なのだが、現在ここに出稼ぎに来ている身としては、そう簡単に済ませられる問題ではないのも事実で、結果として息をひそめて真夜中の住宅街をひっそりと歩いている。


 街灯にさえもびくびくしながら、双葉ふたば=ジェミニはさっと自分の家の扉の前に立ち、コンコン、と叩いた。


赤星あかせ、いる? 俺だよ。双葉。ドア開けてくれない?」


「どうしたの? そのまま通り抜ければいいじゃないですか」


「馬鹿っ、魔女狩りだぞ、今は! いいから開けて。鍵忘れちゃったんだよ」


「ああ、そうだった。ごめん、ごめん」


 鍵がガチャリと回される音。直後に扉が開き、背が高くほっそりとした体型の優男が現れる。


 双葉は辺りを注意深く見渡し、人間が歩いていないことを確認して家の中に入った。


「ふう、毎年のことだけど、こればかりは怖いなあ。心臓ひやひやするよ」


「失念しててすみません。長く生きてると魔女狩りにも慣れてしまって」


 時々敬語が交じる彼は赤星あかせ=スコーピアスといい、双葉と知り合って百年ほどしか経っていないが、いろいろと話せる間柄の、気の置けない友人である。


(俺は最近やっと上級魔女になれたけど、赤星とかいはとっくの昔に上級レベルだもんなあ……)


 誰かと比べたところで仕方のないことを、ウジウジ悩んでしまう性分が、双葉にはあった。自分だって人間よりは遥かに長い年月を生きているので、いい加減どんと構えるような気性の大らかさを見せようと、密かに自分磨きを行っている最中である。


「あれ、そういえば、かいは?」


 先ほどから気配のない人物を探して、赤星に所在を訪ねるも、


「どこに行ったんでしょう? いませんね」


「ずっと家にいたんじゃないの?」


「そうなんですけど、おかしいな。さっきまで僕と二人でゲームしてたのに……」


 二人して仲間の居所を探る。はて、彼は忽然と姿を消してしまったようだ。


 と、双葉の頭に、とてつもなく嫌な予感が浮かんできた。


「まさか、あいつ……」


 すぐさま階段を上り、二階へ急ぐ。赤星もあわてて後についてくる。


 屋根裏部屋に続く南側の居室のドアを開けると、案の定、界=キャンサーが室内階段を使って天窓を開けようとしているところだった。


「お、双葉。おかえりー」


「界! お前なあ」


「まあ、見てなって。人間たちをちょっとからかってやるだけだよ」


 界は悪戯心にあふれた生意気そうな瞳をきらきらさせ、得意げに微笑んだ。


「からかうって、どうするつもりですか!?」


 赤星が心配そうに尋ねても、界は「後でお前らに武勇伝語ってやるよ!」と意気込んだ台詞を残し、さっさと窓から外に飛び出してしまった。


 ふわり、と彼の身体が重力を無視して浮かぶ。


 見事な空中浮遊である。界は身体的な能力を使う魔法を得意とする。これくらいは朝飯前だろう。


「人間たちがいきり立ってる今がいちばんいいタイミングだ」


「やめろって! 魔女狩りのやつら、そんなに甘くねえぞ! 特にここ数年は誰も捕まらなかったから、気合も入ってるって……!」


 忠告も空しく、界は意気揚々と家々の屋根を飛び移って行ってしまった。


「ったく、あのわからず屋!」


 双葉は舌打ちして、窓を閉める。界にはもともと慎重さが足りないのだ。


「十月は魔の季節ですね。ハロウィン週間に魔女狩りも始まるから、秋を楽しむひまもないですよ」


 赤星が深いため息を落とす。外は晴れているのだろう、いつもより輝きを増した満月が煌々と光っている。自分たちは男の魔女のため、月の輝きが強ければ強いほど、魔力も増す。それにより気持ちもハイになることがあって、界もその影響で普段の勝ち気な性格がさらに強く出ているのだろう。


「あいつは人間に悪戯仕掛けるのが趣味みたいなやつだからなあ。何だかんだ言って、人間が好きなんだな」


 双葉が若干寂しげにつぶやいた。界が心配なのだろう。そわそわと落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っている。


「どれ、見てきましょうか」


 赤星は子飼いの使い魔を呼び出した。一階に降りて、フローリングの床をはがす。この家には下級の魔物が通りやすいように、隠し部屋などの仕掛けがあらゆる場所に設置されてあるのだ。


 はがれた床の下の抜け道から、にゅっと、赤星の下僕のサソリが出てきた。


「へぇ、何の御用で」


「界の行方を追ってくれないか? 今、人間たちの魔女狩りを混乱させようと外に出ちゃったんだ」


「へぇ、かしこまりました」


 サソリは再び床下にもぐると、仲間の使い魔を呼び出したようで、ザザザ、と複数の生き物が家の下を徘徊する物音が響く。赤星はさそり座の魔女だ。ああいう生物と関わりが深く、生まれた時から契約を交わしているという。


「あ……、呼んでる」


 赤星の脳波に使い魔のメッセージが送られたらしく、彼はいったん目を閉じて、脳の中で会話を始めた。しばらくして、ふっと目を開け、「うーん」と難しい表情を浮かべる。


「界、満月の影響でかなりハイになっているらしくて、遠くの街まで行ってしまったようなんです。やっぱり迎えに行きますか?」


 双葉は「世話の焼けるやつだこと……」と、赤星より一段と深いため息を長く吐いた。


「俺らがとばっちり受けるのも嫌だから、今日は家で大人しくしてる。あいつだからどうせ上手く逃げ切って戻ってくるに決まってるさ」


 双葉の提案に、赤星は(だいぶ彼に手を焼いてますね)と苦笑いをし、友人の案に乗って二人で真夜中のお茶会を楽しむ予定に変えた。




   ◇




 日が完全に沈み切った後の夜空は、例年にも増して冴え冴えとしていた。冷たい風がひゅうっと、魚沼うおぬまコウの首筋を撫でる。しんとした夜中の住宅街を歩くのは、魔女狩り同盟に加盟している男たちのみである。ざっ、ざっ、といつぞやの時代の軍隊のように、互いに息をひそめて、緊張と連帯感の空気を敏感に共有しながら規則的に歩く。ただいま魔女を捜し出すための巡回パトロール中である。


「寒……」


 魚沼は薄手の格好で外に出たのを後悔するように身震いした。何となく、この寒気は単なる冷気のためではない気がするが、そこらへんはあえて考えないようにする。


「お前、十月も中旬なんだからダウンくらい着ろよ」


 ベテランの年配者があきれたように、隣の魚沼を見て忠告した。


「夜でもまだダウンは早いかと思って……」


「そこが経験不足の証拠だ、若いの。魔女が活発になる十月の夜は、決まって気温が急降下するのさ。おまけに今日は満月がでかい。スーパームーンだってな。俺もさすがに今年ばかりは気合入れてるぜ」


「あのぅ、魔女って、いったいどんなやつらなんですか? 女?」


 尻込みして聞いてきた新参者に、ベテランは得意そうにうんちくを披露し始める。


「魔女は基本的には女中心社会だ。皆既日食の時にとても魔力の強い魔女が生まれ、皆既月食の時には男が生まれる。この目で見れた人間はいないから確証はない。諸説ある。ただ、そういう話だそうだ。


 魔女は、大昔は人間の手助けをしてくれたりしたそうなんだが、中世のヨーロッパであの有名な『魔女狩り』が大規模に行われてからは、すっかり人間を憎むようになって、それからは人間の前に姿を現さなくなった。どうにも、人間には入ることのできない『魔女界』という世界があるらしく、そこで暮らしているらしいな。で、時々人間の住む場所に現れるらしいのさ。ほとんどがいい話じゃねえ。聞いてる分だけ気分が悪くなるから、深堀りするのはやめときな。


 もともと、日本には魔女も魔女狩りも存在しなかったはずなんだがな。海を越えてこの島国にも流れ着いたやつらがいるらしい。俺たち『魔女狩り同盟』は、この機会を逃しちゃいけねぇのさ」


 ひゅうう、と風が途切れなく吹いている。先程から段々と風圧の勢いが増し、凍えるような体感温度になっているような気がしてならない。魚沼はぶるっと自らの身体を抱きしめた。


「それにしても寒いな」


 ベテランの男は舌打ちして、厚手のダウンのファスナーを一番上まで引き上げた。


 周囲が次第にざわつき始める。十月にしてこの冷風。まるでタイミングを見計らかったかのように下がり始めた外の気温。何か得体のしれないものが近づいているような、虫の知らせにも似た予感が走った。


 魚沼が、こりゃ家の中でじっとしていた方が幸せだったかなと己の行動を後悔し始めた頃。


「魔女だぁっ!」


 突如、誰かが叫び声を上げた。


 はっとして、周囲を注意深く見回す。緩んでいた意識が電流を受けて覚醒したみたいにクリアになる。


 どこだ? どこにいる?


 見通しの悪い夜の街の中、男たちは必死に気配を探る。街灯だけが頼りの闇の深い空間に、異質な存在を見つけ出そうと躍起になる自分たちがいる。これではどちらが滑稽かわからないなと、頭の隅で余計な思考回路が回った。


「いたぞーっ!」


 怒鳴り声が響いた。先程自分と話していたベテランの男だ。


 魚沼は、男の指さした方角へ、顔を上げた。


 それは屋根の上に佇んでいた。


 一目見て、見目麗しい男だと思った。


 顔の形も体型のバランスも実に見事に調和が取れていて、バーチャルショーのタレントでも対等に張れるかどうかわからないほど、その男は美形だった。女子なら骨抜きになりそうだ。鴉の濡れ羽のごとく艶やかな黒髪。瞳は色っぽく、かつ鋭く繊細に光り、何より彼自身から放たれるオーラというべきか、風格なるものがあった。


(魔女……!)


 魚沼の心臓が、音を立てて鳴った。魔のものを初めて見た興奮と、人ならざるものへの恐怖と畏敬の念が、混沌となって胸の内を荒らした。


 一人が、手にした武器を屋根の上の男に向かって投げつけた。


 投げられた武器——簡易ナイフは男とは見当違いの方角へ刺さった。緊張で手もとが狂ったのだろう。魔女狩り同盟は声高々に叫び出した。


「捕まえろ!」


「レーザーガンを出せ!」


 魚沼はあわてふためきながらも、腰に下げていたレーザーガンを持ち構える。これは人間には実害がない特殊な物質でできた光線銃であり、見た目は子どもが遊びに使うような水鉄砲に似た形をしている。が、魔女が苦手とする太陽光で蓄えられたレーザーが装備されており、十分に効果を放つ優れものだ。布団をベランダで干して取り込んだ後に匂いを嗅ぐと日向の匂いがするが、それも魔女が嫌がる匂いのため、取り込まれている。


 屋根の上にいる男は、こちらを見下げてくすりと笑い、挑発するように屋根と屋根の間を飛び回った。


「追え! 逃がすな!」


「男の魔女だ! 気をつけろ!」


 魔女狩り同盟は口々に屋根に向かって威嚇し、ビームを撃ち出す。男はひらりとかわし、およそ人には真似できぬ身軽さで家々の間を飛んで逃げていく。


「あの魔女、空を飛べるらしいな!」


「魔女はだいたい俺ら人間には予想もつかねえことするんだ!」


 仲間たちがやいのやいの言いながらレーザービームを手当たり次第に放出する。遥か昔の時代の、鉛の入った銃弾は、弾がなくなった途端に意味を為さなくなる武器だが、今世紀のレーザーガンにその心配はない。それに相手を殺すことが目的の拳銃とは違い、麻酔銃と同じような効果しかなく、後遺症とも無縁のため、魔女の他に珍獣捕獲の際にも用いられている。


 つまり、自分たち人間に魔女を害するような意図はない。魔女の方が人間を脅すため、正当防衛の手段として魔女狩りを実行しているだけだ。


 魚沼はそういう風に言い聞かされて、今日まで生きてきた。


 すばしっこい動きを見せる魔女を追い回しながら、魚沼は知らずと他の仲間たちから徐々に離れて、路地の奥まった場所に誘導されつつある事実に気づかずにいた。


 ただ無我夢中に、生まれて初めてこの目にした魔女を捕まえるために、レーザーガンを持って走り出す。


 相手の身体能力は目を見張るものがあった。こちらが懸命に走り込んでも、それをゆうに超える跳躍力で空高く飛び、ビームを放てば弄ばれるようにかわされ、背中に羽が生えているのかと疑うほど鮮やかに空中を舞うのだった。そして魚沼の攻撃が外されるたびに、喧嘩を売るかのごとく茶目っ気たっぷりにウインクしてみせる。完全に人間で遊んでいる。むかっ腹が立った魚沼は、周囲の状況も鑑みずに魔女の行方を追って突っ走った。


「待て、魔女め!」


 瞬間、相手の影がふっと消えた。


 消滅、と言葉が脳内に浮かび上がる。男は瞬く間に魚沼の視界から姿を消した。


(何だ、どうなっている!?)


 魚沼は確かな興奮を胸に、慎重に辺りを見渡す。そこで初めて今いる場所が自分一人きりである現実に気づいた。もしかして、誘導されていたのか。弱冠二十歳の青年は自らの未熟な実力に悔しく歯噛みする。


 恐怖と屈辱が心に迫ってくるが、気力で押し殺し、魚沼は恐る恐る近くの建物のそばに寄った。売却されたらしき、かつての住居。買い手がつかずにそのまま不動産屋にも見捨てられ、廃墟と化したのだろう。埃とカビの臭いがきつく立ち込める、崩れ落ちそうなボロ家だった。


 建てつけの意味を為さぬほど壊れた扉が剥がれかけており、中の様子が見えた。


 微かに聞こえる物音と、人ならざる者の濃厚な気配。


 ここに、いる。


 魚沼は意を決して、廃屋の中に入った。


 床が自身の体重で鈍くきしむ音がする。嫌な響きだ。


 ふわりと、香水のような甘い匂いが鼻をかすめた。鼻腔をくすぐる芳しい香り。嗅ぐだけで頭の芯がぼうっと酩酊するような——。


「人間さん」


 くすりと笑う声が聞こえた。


 はっとして目を見開く。いけない、意識をしっかり保て。己を叱咤激励して、魚沼は再度レーザーガンを構えて威嚇の姿勢を示した。


「そんな物騒なもん、捨てな。愚かで可愛い人間さん」


 魚沼はレーザーを撃った。


 鋭い放射線を描いて放たれたビームが男に襲いかかる。が、男は一瞬のうちにかわし、次の瞬間には魚沼の目の前に移動して、レーザーガンを叩き落としていた。手もとに走る痛み。男が魚沼の腕に手刀を当てたのだろう。レーザーガンは地面を転がって二人から遠く離れてしまう。


 男と向かい合う形になり、魚沼は知らず後ずさりした。


 相手は不敵な笑みを崩さない。


「名前、何ていうの?」


 にこりと微笑まれ、魚沼の額に冷汗が垂れた。この状況を完全に手玉に取っている。男は一歩ずつ魚沼に近づき、挑発するように目を細め、口の端を上げ、赤い舌をちらりと出す。ぞくりと身の毛がよだつほど、男の笑顔は妖艶だった。


「ひ、人に名を聞く時は、自分から名乗るのがマナーだ」


 かろうじて口から出たのは、情けないほど上ずった声だった。


「ああ、そうだったね。俺は、界。見ての通り魔女さ」


 唾を飲み込む。


 本物の魔女と対峙している事実が信じられず、魚沼は身動き一つできずにいた。一方で界と名乗った男は余裕のある態度を見せ、こちらをからかうような笑みを投げる。


 手のひらで転がされている気がして、猛烈に悔しいはずなのに、魚沼の心の中には男に対する震えるような畏怖の念があった。


(これが、魔女なんだ)


 間近で見るほど、男は美しかった。


 魚沼は思わず名を呼んだ。


「……かい」


「そう」


「……どういう漢字を書くの?」


「世界の、界だよ。君は?」


「俺は……、魚沼。魚沼コウ」


 男の身体から鼻をくすぐるいい香りがしてくる。香水でもつけているのだろうか。とろんとした眠気が襲ってくるような感覚がし、今すぐにでも彼の胸に身を預けて意識を手放したい衝動にかられた。おかしい、自分がこんなに戦意を削がれているなんて。けれどもう抵抗できない。この男から目を離せない。


「魚沼」


 彼が自分の名前を呼んでいる。こちらに手を伸ばし、何かをしようとしている。


(俺は、どうすればいい?)


 魚沼は身じろぎ一つできなかった。


 突然、激しい音が鼓膜を叩いた。


 あまりに大きな音に魚沼は飛び上がった。すぐにそれは部屋の寂れた窓ガラスが外から叩き壊された破裂音だと気づき、はっと顔を向ける。


「伏せろ!」


 誰かの怒声が響いた。魚沼はとっさに身を屈めて魔女から離れる。瞬間、すさまじい光の束が廃屋の中を照らし、目を細めているうちに再び耳をつんざくような衝撃音が聞こえた。


 レーザービームが何本も放たれたのだ。自分のような新人が持っている武器とは桁違いの、性能のいい良品だろう。


 次に視界に映ったのは、床に倒れ伏している魔女の姿だった。


「……界!」


 魚沼は彼に駆け寄ろうとしたが、仲間たちがどやどやと部屋の中に突入し、「仕留めたぞー!」と魔女を縄であっという間に縛り上げてしまった。


「魔物め! 人間を誘惑しようとしやがって」


 一人が気を大きくしたのか、動けない界の腹に蹴りを入れる。「ぐぅっ」と苦しそうな呻き声が界の唇から漏れ、魚沼は仲間を止めた。


「やめてください、暴力は!」


「お前、危なかったぞ。こいつのペースにはまりそうになってた」


 仲間は気が済んだのか、魔女狩りの責任者を呼びに現場から去った。


 向こうから初老の歳に差しかかった、厳しめの顔つきをした男がやって来る。


「魔女は人間をかどわかして自分たちの味方につけようとするのさ。『魔女信仰団体』を見てればわかるだろ。しかし、魚沼。よくやった。魔女の注意を引きつけてくれたおかげで、今年は大きい獲物が捕獲できた。連中も喜ぶだろう」


 男は魔女狩り同盟のリーダーを長きに渡って任されている。名を黒田という。


「連れていけ。男の魔女だ。魔力が強い。気をつけて運べ」


 魚沼があたふたしている間に、界は両脇から身体を持ち上げられて黒塗りのトラックに連行されてしまった。複数のレーザービームを当てられたのが効いているのだろう。いまだぐったりとして苦しそうに息をする界を心配し、魚沼は恐る恐る黒田に尋ねた。


「あの、彼はこの先どうなるんですか……?」


「んん? わしらのお得意先に差し出すのさ。魔女は高値で売れるからな」


「高値……? 売れる……?」


 それは、人身売買ではないのか。


 そう思いかけ、しかし魔女は人ではないので人間の法律が適用されなくてよいのかと一瞬納得しかけたが、すぐに(同じ生き物じゃないか)と反論が生まれた。


(ここ、もしかしてなかなかやばい組織?)


 魚沼は今になって魔女狩り同盟の男たちを疑う心を持ち始めたが、界は哀れにもトラックに押し込まれ、すでに抵抗もできず意識を手放していた。


 さらには魚沼も「手柄だ。お前もこの世界をいろいろ勉強しなさい」と強引に助手席に乗らされ、男たちの護送車に囲まれながら真夜中の街を走っていった。


 後には、人気のないしんと冷えた空気だけがあった。




   ◇





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