「――1LDK、角部屋、対面式カウンターキッチンにバストイレ別、ウォークインクローゼット付き?」
ドアが開くたび、蟬時雨が忍びこむ昼下がり。
大学近くにあるファストフード店で、差しだしたスマートフォンの画面を覗きこみ、
「しかも、1LDKっつっても六〇
「いや、そりゃ最高だと思うけど……でも
長居して寛ぐには不向きな硬い椅子に凭れ、古峯はスマートフォンを突き返してきた。が、田名辺はふふん、と得意げに笑ってみせると、スマートフォンの画面を少しスクロールし、また古峯に向けた。
「高かったらこんな話しないって」
「えっ……うっそ、まじ?」
その画面には『ドミール
片手に持ったままだったスパイシーチキンバーガーの残りを頬張り、古峯がもぐもぐと咀嚼する。怪訝そうな目を田名辺に向けながら次にコーラのストローを咥えると、ズゴゴゴ……と音がした。
ふぅ、と息をつきながら飲み干した紙コップをトレーに乗せ、古峯は云った。
「……敷金貸せってか」
「貸せなんて、そんなふうには云わないって。ってか、わかるだろ? 今住んでるあの壁の薄いアパート、あれで家賃六万も払ってるんだぞ。絶対ここに越したほうが得じゃん」
「それはわかる」
「だろ? 二万の差はでかいぞ、メシとかもうちょっとまともなもん食えるって。……だから、敷金と、前家賃とかいろいろかかるだろうから十二万ほど貸してもらえたら助かる……。家賃が安くなるぶんで確実にちゃんと返せるし、そうしたらもうこれまでみたいにちょこちょこ貸してくれとか、奢ってくれって云わなくなるから! これで最後だから!」
そう云って田名辺は両手を合わせ、拝むようにしてテーブルに顔を伏せた。ふーむと息をついて考えこんでいる気配を頭の上から感じ、そろそろと目線を上げる。
「……ってか、なんでこれ、こんなに安いんだ?」
「さあ。まだ見にも行ってないし」
古峯はテーブルに置いたままだった田名辺のスマートフォンを手に取ると、何度かタップして「やっぱり」と呟いた。
「ほれ、見てみろ。このマンション、他にも空いてる部屋あるけど、家賃と共益費込みで八万超えんじゃん」
「えっ?」
画面を覗くと、同じ1LDKでも少し間取りは違うが『賃料:76,000円』となっていて、マンション名は確かに『ドミール川添』とある。
「ってことは、半額?」
「これ、あれじゃねえの? 事故物件ってやつ。もしかして幽霊とかでるのかも」
「えー、まっさかあ」
だってなにも理由がなくてこんなに安いわけないじゃん、と古峯は呆れたように云い、はい終了~と、ポテトやバーガーの紙容器を丸めてトレーに乗せた。
だが田名辺は、少し考えこむ素振りをして、ぼそりと呟いた。
「……でも、おばけと同居すれば家賃半額ってんなら、ありかも」
現実的に考えて怪奇現象などありえないと思いながら、田名辺は云った。問題があるとすれば、たとえば窓の向かい側にネオンサインがあって夜ちらちらと眩しいとか、そんなことなのではないか。
もしも仮に、前の居住者が孤独死した部屋だったとしても、きちんと綺麗にクリーニングされ、死臭が残ったりもしていないはずだ。田名辺はそういったことに神経質ではない。というか、どちらかといえば鈍感なほうだった。
「うん、俺は気にならないな。サキュバス系巨乳美女の幽霊でもでてくれるんなら、歓迎するのにって思うくらいだ」
そう云うと、古峯はありえないと首を横に振った。
「ってか、家賃の節約よりも、もっと割の良いバイトとかすればいいんじゃね?」
「それもしたいけど……ゼミのほうも忙しいし、なかなかいい仕事ないし」
「……あったらやんの?」
「そりゃ、空いてる時間にできるいいバイトがあるんならやるけど……、でも、どっちにしても先ずはこの部屋だろ」
なあ、頼むよ、と縋るように云ってみる。すると、古峯は「わかった、ちょっと聞い……考えてみるわ」と立ちあがった。
店を出て、灼けるような強い陽射しとジィジィと喧しい蝉の声に顔を顰める。眩しさに目を細め、肩を並べて歩き始めたとき「ところでおまえは食べなくてよかったの?」と古峯が尋ねてきた。
「今、もやし炒めとケチャップパスタでがんばってるんだ」
いつものことなので恥ずかしげもなくそう答えると、古峯は大きく溜息をつき、ポケットから財布をだした。
「ぶっ倒れて病院に担ぎこまれたら、そっちのほうが金がかかる。メシはちゃんと食え」
少し迷うように指を彷徨わせ、古峯は五千円札を一枚抜いた。田名辺は「恩に着る!」と両手で拝むようにして札を受けとり――おまえ、どうしていつもそんなに金回りがいいのさと呟いた。