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空室あり
烏丸千弦
ホラーホラーコレクション
2024年11月05日
公開日
12,106文字
完結
いつも金に困っている大学生、田名辺。対象的に、不思議といつも金回りのいい友人、古峯に、田名辺はたまたまみつけた家賃が格安の賃貸物件の情報を見せる。
アパート住まいの田名辺は、今よりも格段に広いマンションの部屋で、さらに家賃も安いとくれば引っ越さない理由はないと古峯に話す。が、古峯は同じマンションの他の部屋の家賃は倍だ、この部屋だけ半額なのはおかしい、事故物件かもと指摘する。
しかし、仮になにか問題がある部屋でも自分は怖くない、気にしないと、田名辺は引越し費用を貸してくれと古峯に頼む。
そして翌日。呼びだされ、待ち合わせた喫茶店に田名辺が来てみると、古峯はひとりではなく岩渕という男と一緒だった。
知り合いに霊感の強い奴がいる。今から一緒に内見に行ってみようと岩淵に提案され、田名辺たちは件のマンションへと向かったが――。

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※【ステキブンゲイ】でも公開しています。
※ 本作品収録のオムニバス短篇集〈 10 Night Songs and Stories -宵闇に融けるころ-〉は、【カクヨム】【pixiv】にて公開しています。
※ 作者は未熟です。加筆修正については随時、気づいた折々に断りなく行います。が、もちろんそれによって物語の展開が変わるようなことはありません。
※ この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

[1]駅近、1LDK、角部屋、家賃三万八千円

「――1LDK、角部屋、対面式カウンターキッチンにバストイレ別、ウォークインクローゼット付き?」

 ドアが開くたび、蟬時雨が忍びこむ昼下がり。

 大学近くにあるファストフード店で、差しだしたスマートフォンの画面を覗きこみ、古峯こみねは小首を傾げた。小綺麗な恰好をし、髪も眉もきちんと整えられたその顔を見ながら、田名辺たなべは笑みを浮かべ、うんうんと頷く。

「しかも、1LDKっつっても六〇平米もあるんだぞ、めっちゃ広くない? ベランダも広くて南向きだし、最高だと思わね?」

「いや、そりゃ最高だと思うけど……でも駅近えきチカでこんないい部屋、家賃もめっちゃ高いに決まってんじゃん」

 長居して寛ぐには不向きな硬い椅子に凭れ、古峯はスマートフォンを突き返してきた。が、田名辺はふふん、と得意げに笑ってみせると、スマートフォンの画面を少しスクロールし、また古峯に向けた。

「高かったらこんな話しないって」

「えっ……うっそ、まじ?」

 その画面には『ドミール川添かわぞえ 賃料:38,000円 管理費等:5,000円 敷金:2ヶ月 礼金:なし』とあった。賃料の破格さに驚いたらしい古峯が顔をあげると、田名辺は「な、安いだろ? もう早く決めないと誰かに取られるんじゃないかと思ってさ、それで……相談したんだよ」と云った。

 片手に持ったままだったスパイシーチキンバーガーの残りを頬張り、古峯がもぐもぐと咀嚼する。怪訝そうな目を田名辺に向けながら次にコーラのストローを咥えると、ズゴゴゴ……と音がした。

 ふぅ、と息をつきながら飲み干した紙コップをトレーに乗せ、古峯は云った。

「……敷金貸せってか」

「貸せなんて、そんなふうには云わないって。ってか、わかるだろ? 今住んでるあの壁の薄いアパート、あれで家賃六万も払ってるんだぞ。絶対ここに越したほうが得じゃん」

「それはわかる」

「だろ? 二万の差はでかいぞ、メシとかもうちょっとまともなもん食えるって。……だから、敷金と、前家賃とかいろいろかかるだろうから十二万ほど貸してもらえたら助かる……。家賃が安くなるぶんで確実にちゃんと返せるし、そうしたらもうこれまでみたいにちょこちょこ貸してくれとか、奢ってくれって云わなくなるから! これで最後だから!」

 そう云って田名辺は両手を合わせ、拝むようにしてテーブルに顔を伏せた。ふーむと息をついて考えこんでいる気配を頭の上から感じ、そろそろと目線を上げる。

「……ってか、なんでこれ、こんなに安いんだ?」

「さあ。まだ見にも行ってないし」

 古峯はテーブルに置いたままだった田名辺のスマートフォンを手に取ると、何度かタップして「やっぱり」と呟いた。

「ほれ、見てみろ。このマンション、他にも空いてる部屋あるけど、家賃と共益費込みで八万超えんじゃん」

「えっ?」

 画面を覗くと、同じ1LDKでも少し間取りは違うが『賃料:76,000円』となっていて、マンション名は確かに『ドミール川添』とある。

「ってことは、半額?」

「これ、あれじゃねえの? 事故物件ってやつ。もしかして幽霊とかでるのかも」

「えー、まっさかあ」

 だってなにも理由がなくてこんなに安いわけないじゃん、と古峯は呆れたように云い、はい終了~と、ポテトやバーガーの紙容器を丸めてトレーに乗せた。

 だが田名辺は、少し考えこむ素振りをして、ぼそりと呟いた。

「……でも、おばけと同居すれば家賃半額ってんなら、ありかも」

 現実的に考えて怪奇現象などありえないと思いながら、田名辺は云った。問題があるとすれば、たとえば窓の向かい側にネオンサインがあって夜ちらちらと眩しいとか、そんなことなのではないか。

 もしも仮に、前の居住者が孤独死した部屋だったとしても、きちんと綺麗にクリーニングされ、死臭が残ったりもしていないはずだ。田名辺はそういったことに神経質ではない。というか、どちらかといえば鈍感なほうだった。

「うん、俺は気にならないな。サキュバス系巨乳美女の幽霊でもでてくれるんなら、歓迎するのにって思うくらいだ」

 そう云うと、古峯はありえないと首を横に振った。

「ってか、家賃の節約よりも、もっと割の良いバイトとかすればいいんじゃね?」

「それもしたいけど……ゼミのほうも忙しいし、なかなかいい仕事ないし」

「……あったらやんの?」

「そりゃ、空いてる時間にできるいいバイトがあるんならやるけど……、でも、どっちにしても先ずはこの部屋だろ」

 なあ、頼むよ、と縋るように云ってみる。すると、古峯は「わかった、ちょっと聞い……考えてみるわ」と立ちあがった。

 店を出て、灼けるような強い陽射しとジィジィと喧しい蝉の声に顔を顰める。眩しさに目を細め、肩を並べて歩き始めたとき「ところでおまえは食べなくてよかったの?」と古峯が尋ねてきた。

「今、もやし炒めとケチャップパスタでがんばってるんだ」

 いつものことなので恥ずかしげもなくそう答えると、古峯は大きく溜息をつき、ポケットから財布をだした。

「ぶっ倒れて病院に担ぎこまれたら、そっちのほうが金がかかる。メシはちゃんと食え」

 少し迷うように指を彷徨わせ、古峯は五千円札を一枚抜いた。田名辺は「恩に着る!」と両手で拝むようにして札を受けとり――おまえ、どうしていつもそんなに金回りがいいのさと呟いた。


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