「二人ともごめんね、急に呼び出して」
201✕年7月25日。拓実と菊田の二人は作業部屋である和也の家に呼び出されていた。
「えっと、動画回す?」
菊田がカバンからカメラを取り出しながら聞いた。
「いや……ちょっと、今は止めておきましょう」
「それでカズくん、今日は……?」
今まで見たことの無いような和也の怯えた表情に、拓実は緊張した様子で訊ねた。
「あの……僕、先日、朝長由紀夫さんとお会いしたじゃないですか」
「うん、送ってくれた音声聞いたよ」
「あの……」
沈黙。和也は何か話すのを躊躇うかのように、視線を宙に泳がせていた。その異常な様子に、拓実も菊田も口を開けずにいた。
「……それでですね」
数分の沈黙の後、意を決したように和也は話し始めた。
「それでですね、僕、あの後、いただいた新聞記事や週刊誌の記事について、ネットで調べたんですよ」
「ああ、うん、僕も調べてみたよ。ちょっと情報見つけられなかったけど……」
「そう! そうなんですよ!」
拓実の言葉に、和也が興奮した様子で立ち上がった。弾みで押された椅子が、ガタンと壁にぶつかる。
「そうなんです、全然見つからないんですよ!」
「どういうこと?」
「どういうことも何も……あの、僕、インタビューの途中でも違和感を覚えてたんですが、この事件ってめちゃくちゃ凄惨じゃないですか」
「そうだね」
「拓実さん、菊田さん、この事件のこと知ってました?」
名前を呼ばれた二人は顔を見合わせ、同時に首を横に振った。
「僕らって、まあこんなチャンネルやってるから、そういう事件とか多少は詳しいじゃないですか。でも、全然知らなかった。それに廃墟に行く前はいつも、そこで事件とか何か無かったか、曰くを調べますけど、その時にもこんな話、一切出て来て無いんですよ」
「……え、ちょっと待って、それってさ、つまりこの新聞記事とかが……作り話じゃないか、って言いたいの?」
「僕も何処まで詳しく調べたかって言われたら、別にまだね、そんな図書館行って昔の新聞調べたりとか、そこまではしてないですよ? でも、こんな凄惨な事件、ネットで調べて全く情報が出ないなんてことあります? 言ったって四十年も経ってない話ですよ?」
「確かに……ネットで調べても、ちょっと出て来ないね」
菊田がスマホから顔を上げて言った。
拓実はテーブルに置かれた新聞の切り抜きと、週刊誌の記事のコピーを食い入るように読んでいた。
「二人はこれ、どう思います?」
「どうって言われても」和也の問いに、先に答えたのは拓実だった。「僕らに対するイタズラだった、ってことじゃない? ドッキリ的な?」
「それは、何処から、って話?」菊田が言った。
「何処からって?」
「いや、今回のインタビューとか記事の内容がデタラメってこと? それとも、別の人が落書きを書いたってこと?」
「ああ……それは、どうだろう」
「インタビューだけ嘘で、落書きしたのがその『トモナガさん』だった場合、本当の目的を隠してたってことだよね」
「本当の目的?」
「つまり、その『妹の幽霊に会いたい』ってところがフェイクなんじゃないかと」
「でも」和也が口を開いた。「だとしたらどんな目的を隠してたんだと思います?」
「うーん……こういう考察はあんまり……拓実くんはどう思う?」
「そうだなあ……落書きが、実際にその人が書いたものだっていうなら、普通に考えたら別の人間に当てたものってことだよね。でも偽の記事まで作って隠したい、本当の相手ってなんだろう……」
「僕も考えたんですけど、まあ『実家』って書いてあるくらいなんで家族ですよね。そうでないとしても、相当近しい友人とか……。うーん、でも、タクミさんの言う通り、ここまでして本当の相手を隠す理由はちょっと思いつかないですよね」
「だよね……じゃあ、落書きからして嘘とか?」
「どっちかと言えばそっちの方がしっくりきますね。ただその場合、結局誰が何の為にあの落書きを書いたのかは謎、っていう」
「僕の、現時点での考えを話しますね」
沈黙を破ったのは、やはり和也だった。
二人は思わず身を乗り出す。
「あの、インタビューの最後の方で『トモナガさん』が今回のインタビューを受けた理由を話していたの覚えてますか?」
拓実と菊田は首肯して答える。
「たぶん、あれが答えなんじゃないかと思うんです。えっと、つまり、あの人は妹さんの霊を創り出そうとしてるんじゃないかと」
「え、ごめん、どういうこと? 降霊術的な?」
本当にわからない、といった表情で菊田が話を遮った。
「いや、そもそも妹さん自体いないんじゃないかと」
「マジごめん、ちょっとマジでわかんない。拓実くんわかる?」
急に話を振られ、拓実は慌てて首を横に振った。
「僕もまだ細部まではわからないですけど、要するに……ああ、説明が難しいな……。『トモナガさん』は『幽霊は忘れられたら消えてしまう』『噂を話す人が多くなるほど幽霊の存在は濃くなる』って話してましたよね」
「ありもしない噂を流すことで、いもしない妹の幽霊を、創り出そうとしたってこと?」
「そう! タクミさん、そうです!」
「ごめん、俺はちょっとまだ飲み込めないな」菊田が頭を抱えながら言った。「そんなことしてどうするの? いい歳して妹がいることに憧れる変態野郎ってこと?」
「その可能性は……否定出来ないですね。ごめんなさい、正直そこまでの理由はわかんないです」
「いい歳して妹が欲しい。でも親が今更産めるわけもない。じゃあ幽霊でも良いから妹を創ってしまおう、って感じか……自分で言い出してなんだけど、キモいな……」
「キモいし、めちゃくちゃ怖いですよね。だって、今回は僕らがこうして落書き──というかもはや呪文的な──に気付いたからこうして表に出たわけですけど、それまではずっと誰かに知られることもなく、一人で廃墟に忍び込んでは壁にあの文言を書いて、ゴミを片付けて、ってしてたわけですよね。僕らが気付かなかったら、今後もずっと誰にも知られず続けてたってことですよね」
「うわあ、確かにめっちゃ怖いね」
拓実が肩を震わせてみせた。
「完全に呪術的な儀式か何かですよね、これ」
「……これさあ、成功してた可能性無い?」菊田が言った。
「成功?」
「だってさ、この落書きがあった廃墟って、何処も『女の幽霊が出る』って噂があったわけじゃない? だからもしかしたら、その儀式が成功していて、その幽霊イコール『トモナガさん』が創り出した妹なんじゃないか、って」
「うーん、僕としては、元々『女の幽霊が出る』って噂のある場所を利用した、ってパターンかなと。ほら、その方が手っ取り早いっていうか」
「ああ、まあ、確かに……」
「そういえばさ、カズくん、その後『トモナガさん』には連絡してみたの? 連絡先、知ってるんでしょ?」
「しました。メールも、電話も。でもどっちもダメでした。アドレスも番号も存在しないって」
「マジで? インタビュー前には繋がったんでしょ?」
「もちろん。でも昨日連絡しようとしたらダメでした」
「とりあえず、考察は一旦置いといてさ」菊田が片手でカメラを掴んで言った。「動画、どうする?」
「ぶっちゃけ、僕としてはお蔵かな、と」
「えー、でもさ」拓実が言った。「前回の動画であれだけ期待させておいてお蔵入りは厳しくない?」
「確かに」
菊田が首肯する。
「うーん、でも、何かその儀式的なものに加担してしまうっていうのは、かなり賛否を呼ぶんじゃないかと思うんですよ。今後のチャンネル運営にも影響するんじゃないかと」
「カズくんの意見ももっともだと思うよ。じゃあさ、まあ今日はちょっと3人とも冷静とは言えないからさ、明日にでも改めてどうするか相談しない?」
「そうですね……一応、現段階の確認ですけど、拓実さんと菊田さんは、どう編集するかはともかく配信するべきって意見で良いですか?」
「うん」
「そうだね」
「わかりました。僕も自分の意見まとめておきますんで、また明日、同じ時間に集まりましょう──」