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scene 7. けっして叶わぬ想いの果てに

 ジョシュが缶ビールを持って二階に上がっていったあと。ライアンはリヴィの死体を始末するため、外へ運び出そうとした。

 両手を引き起こし、腹に手を回して肩に担ぎあげた躰は思ったほど重くはなかった。ミネストローネを踏んで靴底を汚さないよう慎重に歩きながら、ライアンはリヴィを担いでキッチンを出た。

 リビングを通り過ぎるとき、階段の上から微かに水音が聞こえていた。ジョシュは自分が云ったとおり素直にシャワーを浴びているようだった。ライアンは少し安心して、外に出るとボートが繋留してある桟橋を目指し、ゆっくりと歩を進めた。

 ――桟橋まであと数歩、というそのときだった。背中に爪を立てられた感触がして、ライアンはぎょっと足を止めた。

「ちょっと、なによ! 誰!? なんなの、私になにをする気なのよ、離してよ!!」

 リヴィが突然大声で喚きだした。驚きのあまりライアンは、担いでいたリヴィの躰を放りだした。砂地に落とされたリヴィは「痛い!! もう、なんなのよ! ライアン、あんたなの!? 私にいったいなにをする気なの!」と、ますます甲高い声で喚き散らした。

 だが、ライアンはほっとした。ジョシュはリヴィを殺してなどいなかった。リヴィは頭をぶつけて気を失っていただけだったのだ。死んでいなくてよかった。このとき、ライアンは本心からそう思った。しかし――

「リヴィ、よかった。頭は――」

「近寄らないで! 大っ嫌いよあんたなんか!! どうして女がだめなのよ、理解なんかできないわよ! そんなにジョシュがいいの!? あんな愚図な男のどこがいいっていうのよ!」

 いったいなにを云いだしたのかとライアンは眉をひそめた。頭を打ったり、こんなところにいきなり放りだされたりしたので混乱しているのかもしれない。ライアンはそう思い、リヴィを宥めようとした。

「リヴィ、落ち着け。とりあえず話を――」

「あの愚図ったらすっかり勘違いしちゃって、別れてほしいですって!! ばっかじゃないの、自惚れるのもいいかげんにしてほしいわよ! あんなおどおどした男なんかこっちから願い下げよ、最初からいらなかったんだから!!」

「は……なにを云ってる? リヴィ、とにかく落ち着け――」

「もう最低、ほんとに頭にくるったら……! あんたもよ! 前は私のことなんてちらっとも見なかったくせに! ジョシュといるときはいっつもいっつも恨めしそうな目で私たちのこと見て、むかつくったら! もうふたりとも私の前から消えて!! うんざりなのよ! 聞いてるの、この変態! この××ホモF**kin' fag!!」

 ――気がついたとき、ライアンは湖岸にリヴィを押し倒して躰に跨り、頸に両手をかけていた。リヴィの躰は既に動かず、開いたままの眼はなにも映していなかった。

 茫然自失の体で、ライアンは両手をじっと見つめた。まるで自分のものではないような気がした。自分が殺してしまったのだと動揺し、ライアンは助けを求めるようにどうしよう、どうすれば、と辺りを見まわした。

 そして、答えがもうそこにあることに気づいた。


 ――そうだ。自分はにここまでリヴィを担いできたんじゃないか。


 ライアンは、予定通りリヴィの死体をボートに運びこみ、沖へと漕ぎだした。そして別荘が遠く、小さく見えるくらい岸から離れると、ジーンズのベルトに引っ掛けてあるケースからフォールディングナイフを取りだした。ひとりで遠乗りするときなど、あるとなにかと便利なので持ち歩いているものだ。それを開き、ライアンはリヴィの死体を何度も何度も刺した。憎しみからではなく、腐敗して体内にガスが溜まり、浮きあがってこないようにするためである。

 ライアンは血塗れになりながら、穴だらけにした死体をそっと湖に沈めた。ひんやりと冷たい水の中、霧の向こうへと遠ざかるようにリヴィが消えていくのを、ライアンはなんの感情も浮かべていない表情で見つめていた。あとは、ここに棲むという獰猛な魚たちが処理してくれるだろう。

 ボートを漕いで戻り、波打ち際に着けるとライアンは次に石で船底に穴を空けた。血溜まりのできたボートにじわじわと水が溜まり始めるのを確認し、思いきり力を込めて押しだした。

 ボートはゆっくりと沖に向かって漂いながら、少しずつ沈んでいった――湖の底で朽ち、魚たちのいい棲家になるに違いない。




       * * *




 冷たくなったジョシュの躰を抱きかかえたまま、ライアンは打ち拉がれていた。

 どうして自分はリヴィを殺してしまったのか。どうしてそのことをジョシュに伝えなかったのか。リヴィを殺してしまったと思いこんだジョシュは自分に打ち明け、助けを求めてくれたのに――自分はジョシュのように真実を打ち明けようともせず、その所為でジョシュを死なせてしまった。

 罪を共有することで、ジョシュと深く結びつけたという思いがあったのだろうか。それとも、自分を偽ることに慣れすぎたのだろうか――

「ジョシュ……ごめん。愛してたのに……こんなはずじゃなかったのに……!」

 ――ずっと傍にいて、おまえを護ると誓ったのに。護るどころか、自分の所為でおまえを死なせてしまうなんて。

「……ゆるしてくれ……」

 ライアンはひんやりとした頬を撫で、ジョシュの唇に深く口吻けた。そして、ゆっくりとした動作で、ベルトに挟んであった銃を抜く。

 スライドを引いて装填し、顳顬こめかみに銃口を当てると――ライアンはジョシュの冷たくなった手をぎゅっと握り、目を閉じた。



 空が白じみ始めた時刻の、霧に煙る湖岸と水面が溶けあった、幻想的な景色の中――

 その刹那、湖畔の森からたくさんの鳥たちが一斉に飛びたった。









𝖳𝗁𝖾 𝖢𝗋𝗒𝗌𝗍𝖺𝗅 𝖲𝗁𝗂𝗉 -𝖫𝖺𝗄𝖾𝗌𝗂𝖽𝖾 𝖯𝗋𝗈𝗆𝗂𝗌𝖾- [𝖲𝗂𝗇𝗀𝗅𝖾 𝖼𝗎𝗍 𝗏𝖾𝗋𝗌𝗂𝗈𝗇]

© 𝟤𝟢𝟤𝟦 𝖪𝖠𝖱𝖠𝖲𝖴𝖬𝖠 𝖢𝗁𝗂𝗓𝗎𝗋𝗎

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