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scene 5. 大麻にグロック、おまけに薬

 床に散らばった破片や野菜の欠片を掃き集め、ライアンはトマト臭くなった床をすっかり綺麗に拭い去った。親がどうやっていたかを思いだし、酢と水を混ぜて絞った雑巾で丁寧に拭き掃除をすると、臭いもかなりましになったようだった。

 あとは割れたものの始末――漂白剤を使って洗った鍋の中に纏めて入れ、空き瓶などの置かれていた裏手に出した――をしてテーブルや椅子を置き直すと、キッチンはすっかり元通りになった。

 いったん二階に上がり、シャワーを浴びて着替えると、ライアンは汚れた服を持って部屋を出、ジョシュの様子をそっと覗いた。

 眠れていないかと思っていたが、意外なことにジョシュはベッドに入り、静かに寝息をたてていた。シャワーのあと、云ったとおりにビールを飲んだのだろう。ライアンはほっとした。

 転がっている空き缶と、脱ぎ捨てられていたセーターを持って、ライアンはまた一階に下りた。掃除に使った雑巾といっしょに、ジョシュのセーターと自分の着ていた服を纏めて袋に入れる。外にあるドラム缶を利用した焼却炉で燃やしてしまうつもりだが、まだ雨はやんでいなかった。しょうがないのでとりあえず割れ物と一緒に外に出し、そこにあった古いテントか幌だったらしいポリエステル帆布を掛け、重しを乗せておく。

 そうしてライアンはほっと一息つくと、冷蔵庫からビールを取りだした。

 一息に半分ほど飲み、缶をカウンターテーブルに置くと、ライアンは主寝室へと入っていった。ジョシュの着替えを持って上がっておいてやろうと思ったのだ。

 ジョシュの服はすぐにみつけられた。ワードローブの中はリヴィの高価そうな服ばかりで、ジョシュの荷物はダッフルバッグに入ったままだったからだ。どうやらこのバッグだけ持っていけばいいようだなと、ライアンは部屋を出ようとしたが――なんとなく気になり、ワードローブ横のチェストも開けてみた。

 いちばん下の抽斗から順に引いてみる。濃いピンクや赤、黒と派手な色をしたレースの下着とソックス、手袋、ストールに時計やネックレスなどのアクセサリー。そしてたっぷり大麻ウィードの詰まったバッグと――

「……こんなもん、持ってやがったのか」

 グロック43があった。9mm口径、小型で携帯しやすい拳銃ハンドガンである。

 まあこんな寂しい場所に来るのだから、護身用に一丁くらい持っていても不思議ではないのかもしれない。小型なものを選んだのも隠し持つためではなく、小さな手に合わせてのことだろう。

 ライアンはその銃を手に取り、弾倉マガジンを抜いて弾が入っているかどうか見てみた。薬室チャンバーは空のまま、マガジンは6発ときっちり弾が詰まっていた。

 ライアンはマガジンを戻し、構えて感触を確かめると、ジーンズのベルト部分に挟みこんだ。

 銃が見えないように着ていたシャツの裾を整え、ライアンは次にチェストの上に置いてあるモノグラム柄のバッグに目を留めた。革のバッグの中には小花模様の長財布が入っていた。ジッパーを開けると、びっしりとカードの類いが並んでいた。そして、そのカードの数に負けない厚みの、紙幣の束。

 いくらあるのか数える気もしない。ライアンはその札束をごっそりと抜きだし、それもジーンズのポケットに突っこんだ。



 ――翌日。雨がやむ気配は一向になかった。キッチンでハムやチーズなど、適当にあるものを挟んだだけのサンドウィッチを作り、ライアンはそれとオレンジジュースのボトル、そしてマグ二つを器用に持ち、ジョシュのいる部屋へ行った。

「ジョシュ、起きてたか。腹が減っただろ。一緒に食おう」

 ジョシュはベッドで半身を起こし、ぼうっと窓の外を見ていた。なんだか様子がおかしいような気がしたが、まあそれも無理もないかと苦笑する。

 ライアンはサンドウィッチの皿とマグをサイドテーブルに置き、ベッドの端に腰を下ろしてジュースを注いだ。

「あんまり考えこむなよ。俺も早くここを出たいけど、まだ雨がやまない。おまえとタンデムして行くのに、泥濘ぬかるんだ道はなるべくなら走りたくないしな。晴れるまでここにいよう」

 リヴィの車はあったし、失踪したように見せかけたいなら彼女の車でどこか遠いところまで行って、乗り棄てたほうがいいのかもしれなかった。けれども、とライアンは顔を顰めた。

 リヴィにはいろいろと云ってやりたいことがたくさんあったが、車の趣味にケチをつけたくなったのは初めてだ。真っ赤なジープ・ラングラー――いくらなんでも目立ちすぎる。金持ちらしく、せめて白か黒かシルバーのグランドチェロキーにでも乗っていてくれれば、こんな場所からとっくにジョシュを連れだしていたのに。

「……ジョシュ? 聞いてるか?」

 ジョシュは、話しかければこくこくと頷きはするのだが、やはりどこかおかしかった。

「ジョシュ、どうした。おい大丈夫か、どこか具合でも悪いのか」

 リヴィを殺してしまったと気に病んで、おかしくなってしまったのだろうか。ライアンはとりあえずジュースを飲ませようとマグを取ろうとして――テープルランプの影にあった白いピルケースに気がついた。

「……おい、おまえ……」

 ピルケースにはXanaxザナックスと記されている。パニック発作や不安障害の患者に処方される薬だが、一部の若者たちが好んで乱用すると問題になっているものでもあると、ライアンは知っていた。

「ジョシュ、しっかりしろ! どれだけ飲んだ」

「ひっ……、ごめん……。もう君の云うとおりにするから、ゆるして……」

 混乱している。どうやら自分のことをリヴィだと思って話しているらしい。ライアンはくそ、と小さく毒突くと、ジョシュをベッドに寝かせてピルケースを持ったまま、バスルームへと向かった。

 鏡の裏にある収納メディスンキャビネットを確かめると、手にしているのと同じ白いピルケースと、オレンジ色のものがいくつかあった。くるりと回してラベルの文字を読む――アスピリン、タイレノール、パラセタモール。これらはたいていどこの家にもあるものだ。しかし。

「……いったいなんだってこんなもんまであるんだ」

 ハルシオンもやや問題のある睡眠導入剤だが、パーコセットまであるのを見て、ライアンはザナックスならまだましだったのかもと思った。パーコセットはオピオイド系の強力な鎮痛剤だ。乱用による危険度はザナックスの比ではない。

 どうやら白いケースのほうはここへ来た誰かが置いていったものらしい、とライアンは推測した。おそらく自分たちがバンドを始める前に、リヴィとつるんでいた奴だろう。ティムやブレイデンのことはよく知っているが、彼らのものだとは思えなかった。

 ライアンは舌打ちをし、なぜ気づかなかったのかと己を責めた。あんなことがあったあと、ジョシュがぐっすりと眠っていたのは薬を使ったからだったのだ。最悪な事態にならなかったのはただの運だと思い、ひやりとする。

 とにかく、ジョシュの手の届くところにこんな薬を置いておくわけにはいかない。ライアンはピルケースを全部ポケットに突っこむと、ジョシュがまだ眠っているのを確かめて部屋を出た。

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