レインウェアとブーツカバー、防水仕様のグローブと、今度はしっかり雨天走行の装備を整え、ライアンはバイクを走らせた。
本当はフルスロットルで限界までスピードを上げ、一刻も早くジョシュのもとへと戻りたかった。が、事故を起こしてしまっては元も子もない。ライアンは自分に繰り返し言い聞かせ、逸る気持ちを抑えた。
リヴィを殺してしまった――ジョシュはそう云った。いったいなにがあったのか。しかし、まったく想像できないことでもなかった。なにがあったにせよ、原因を作ったのはあの女に違いない。結果がどうあれ、きっとジョシュは悪くない。
ライアンは慎重なライディングで悪路を走り続け、なんとか転倒したりすることなく別荘に辿り着いた。ヘルメットは外すなりデッキに放り投げ、ブーツカバーを脱ぐのももどかしく、レインウェアも着たまま中へと駆けこむ。すると――
「ジョシュ……!」
スタジオ代わりにしていたリビングに、ジョシュが放心したように突っ立っていた。ライアンはその姿を見てぎょっとした――ジョシュの着ているセーターはところどころ赤く染まり、髪も血がこびりついているかのように濡れて固まっていた。
「なにがあった……、おまえ、大丈夫なのか? リヴィは?」
「俺は……なんともない。これは血じゃないよ、ミネストローネだ」
ジョシュは、電話で話したときよりは落ち着いているようだった。それとも反動で麻痺しているような状態なのかもしれない。ライアンはミネストローネと聞いてジョシュの脇を通り過ぎ、キッチンを覗いた。
椅子は倒れ、床には割れたグラスや皿とその破片が散乱していた。そしてミネストローネらしい赤いスープと一緒に、じゃがいもや人参らしいカットされた野菜もばら撒かれていた。よく見てみるとそのなかにはベーコンと、ビーツも混じっていた。どうやら食べ慣れたミネストローネよりずっと赤いのは、ビーツを入れたからのようだ。
そして、これらを煮ていたのであろう鍋の傍にリヴィが横たわっていた。
鍋は、それほど大きくはないが鋳物の、重そうな鍋だった。リヴィは仰向いた状態で床に躰を投げだし、ぴくりとも動かない。
赤く濡れているところを踏まないよう近づくと、リヴィの金髪も一部が赤く染まっているのが見えた。その傍には飛沫痕があった。同じように赤いが、どうやらこっちはミネストローネではなく、リヴィの頭から噴き出した血のようだった。
「……もう、別れようって云ったんだ……。怒らせないように言葉は選んだつもりだったけど、リヴィはいきなり喚きだして……テーブルにあったものとか投げ始めて……、俺、止めようとしたんだけどリヴィは鍋を持って、中身を俺にぶっかけて……まだ温めかけたところで熱くなくてよかったけど、そう云ったら今度は
それを聞いてライアンはもう一度しゃがみこみ、リヴィとその周りをよく見てみた。リヴィの足の辺りにはミネストローネを踏み躙ったような跡があり、頭の傍に転がっている鍋の縁には数本の金髪と、血がついている。
なるほど、とライアンは顎に手をやりながら、ジョシュに向き直った。
「……中身をぶち撒けたあと放りだした鍋に、滑ってひっくり返ったとき頭をぶつけたんだな。そうだろ?」
「いや……俺、もしかしたら俺が突き飛ばしたのかもしれない――」
ライアンはジョシュに近づき、しっかりしろと云うように肩を掴んだ。
「ジョシュ、違う。見てみろ、そこに足を滑らせた跡がある。おまえはなにもしてない。こんなの自業自得だ。おまえの罪になんかならない。だから、今からでも警察に――」
「いやだ!!」
警察、と聞くとジョシュは怯えたように首を振った。
「警察なんていやだ、無理だよ。俺、訊問とかされたらきっと自分が殺しましたって云っちまう」
ライアンは言葉に詰まった。確かに気の弱いジョシュのことだ、強面の警察におまえがやったんだろうなどと責められ続けたら、やってもいないことでも自供してしまいそうな気はした。そうでなくても自分が突き飛ばしたかもしれないと云っているのだ。彼女が勝手に滑って転んだと主張しろというのは無理かもしれない。
しかし、じゃあどうするか――不安そうな、今にも泣きだしそうな表情のジョシュの顔を見つめながら、ライアンは肚を決めた。
「ジョシュ、わかった。警察はなしだ……とりあえず、この場は俺に任せて、おまえはシャワーを浴びて着替えてこい。酷い有様だぞ」
「任せて……って、ライアン、いったいどうするつもりなんだ……?」
「いいから。おまえはそのトマト臭い服を脱いだらシャワーを浴びて、ビールでも飲んでもう寝ちまえ」
云いながら冷蔵庫を開け、ライアンはミラーライトの缶を二本出してジョシュの手に押しつけた。
「わかったな? ほら、
夢遊病者のようにふらふらと階段を上がっていくジョシュを見送ると、ライアンはさて、と振り向き、赤く濡れている床を眺めた。