週が明けると、ティムとブレイデンは一度家に帰ってくると云いだした。いちばん年長のブレイデンは家業を手伝うため、ティムも休暇のあいだにアルバイトをして稼いでおかないと、という理由だった。
「じゃあついでにビールとかお肉とか、買い物して戻ってきてよ。お金なら渡すから。一週間くらいで戻るんでしょ?」
リヴィはそう云って財布を取りに行きかけたが、ブレイデンは「リヴィ」とそれを止め、首を横に振った。
「すまないが、俺じゃなにをどれだけ買えばいいかわからんし、人手が足りないようならもう戻れないかもしれん。まあ、はっきりしたら連絡するよ」
「俺は目標額だけ稼いだら戻りたいけど、ブレイデンの車がないとなあ。買い物はさ、ジョシュと一緒に行ってくればいいじゃん。気分転換になるよ」
えーっと不満そうな顔をしているリヴィを見て、ブレイデンがこっちに視線を投げてきた。なんとかしてくれ。彼の顔にはそう書いてある。
ライアンはしょうがないなと、助け舟を出した。
「リヴィ、買い物なら俺があとで行ってこようか? たくさん買うなら車だけ借りなきゃいけないけど」
ここへはティムはブレイデンの車、ジョシュはリヴィの車で一緒に、ライアンはひとり自分のバイクでやってきていた。ライアンはブレイデンを助けるつもりでそう云ったが、リヴィは
「なんで私のジープをあんたなんかに貸さなくちゃいけないのよ。っていうか、あんたも帰りなさいよ。ティムたちがいなかったらどうせ演奏だってできないんだから。なに図々しく残ろうとしてんのよ」
「……ははっ、そういえばそうだ。よし、荷造りしてくる」
ブレイデンのためとはいえ迂闊なことを云ったと少し後悔しながら、ライアンは二階へ駆けあがった。そうだ、戻る用がないからといって、ここでリヴィがべったりとジョシュにくっついているのを眺めている必要はない。
バイクのサドルバッグにサイズを合わせたデイパックに服や本などを手早く詰めこみ、ライアンはあとから嫌味を云われないよう、簡単に部屋を片付け始めた。
「ライアン」
その声に振り向くと、ジョシュがすまなそうな顔でドアの前に立っていた。
「……どうした。俺についてきたりしたらまたリヴィの機嫌が悪くなるぞ」
「いや……俺も、帰ろうかと思って」
意外な言葉にライアンは目を瞠った。
「なんで」
「俺……さすがにこのところ、彼女にうんざりしてきてさ。ちょっと落ち着いて冷静に考えてみたいと思うんだけど、彼女はずっと俺にくっついてて、ちっともひとりにしてくれない。おまえに対しての態度も酷いし、もういいかなと思って――」
「待て待て待て。わかるけど、今いきなり俺と一緒に帰ったりして彼女をひとりにするのは――」
そんなことをしたらあの女、自分になにを云ってくるかわからない。ひょっとしたら自分の男を盗ったホモ野郎などと吹聴しないとも限らない。それはちょっとごめんだし、ジョシュまでが要らぬ誤解を受けることになる。それは避けなければいけない。
ライアンはなんとか波風を立てないよう、これ以上矛先が自分に向かないようにと、考えながら話した。
「まずいよ。どこの世界に恋人をひとり別荘に残して帰る男がいるんだよ。こればかりはさすがに俺もリヴィに同情するぞ? それに、おまえが帰るって云うなら当然リヴィも一緒に帰るだろ」
「そっか……解放はされないか」
解放、という言葉とその心底疲弊した表情に、ライアンはジョシュがリヴィのことをこれっぽっちも愛してなどいないと
ライアンは云った。
「ジョシュ。それなら、とりあえず彼女とふたりでここに残って、ちゃんと話をしろよ。怒らせないように気をつけながら、だけど……君は俺にはもったいないとか、君くらいいい女なら自分よりもっといい人がいるとか云って、きちんと別れろ。そうしないとどこにいたって同じだぞ」
「そうだな……。やっぱりちゃんと別れるべきだよな……」
「おまえが本当にもう無理だと感じるなら、そうすべきだと思うよ」
わかった。そうする、とジョシュは頷いた。
また階下に下り、不機嫌そうに待っていたリヴィの脇を通り過ぎると、ライアンはバイクに乗って別荘を後にした。
* * *
ライアンは休憩がてら、帰路の途中でガスステーション傍にあるドライブインに立ち寄った。カウンターのスツールに腰掛け、ディスプレイケースの中に並んだドーナツを見ると、気疲れしていたのかなんとなく甘いものが欲しくなった。
つるりとアイシングを纏った、甘ったるそうなグレイズドドーナツを指してコーヒーと一緒に注文する。すると年齢不詳な感じの丸顔のウェイトレスが「お客さん、ハンサムだから一個サービスするよ」と、チョコレートとナッツたっぷりなドーナツを追加してくれた。雇われているウェイトレスではなく店主か、店主の
ありがたく二個のドーナツを平らげ、二杯めのコーヒーを飲みながら煙草を吹かしていると――
「お客さん、バイクじゃなかった? 雨が降ってきたよ」
「雨?」
そう声をかけられ、振り返って窓の外を見る。確かにさっきまで晴れていた空は曇り、灰色に乾いていた道路はその色を濃くし始めていた。
「ほんとだ。……レインウェアは持ってるけど」
ついてないな。ライアンは苦々しげにしばらく外を見ていたが、カウンターの中に向くと「この辺にモーテルは?」と尋ねた。
「あるよ。ここから2マイルほどだったかな」
ありがとうと云ってチップを弾み、店を出る。そして愛車のハーレーダビッドソン・ヘリテイジソフテイルクラシックに跨ると、ライアンはぽつぽつと落ちる大粒の雨の中、2マイル先にあるというモーテルへと急いだ。
深夜のTVで視た旧い映画に出てきたような寂れたモーテルは、外観とは違い必要充分に整えられていて意外と快適だった。それとも、ひょっとすると自分でも気づかないうちに、こんなふうにひとりでのんびり過ごす時間を欲していたのかもしれない。
雨が酷い降りにならないうちにここに着けてよかった、とライアンはほっとすると、煙草を一本だけ吸ってそのままベッドに横になり、眠ってしまった。
――ヴヴ……ヴヴ……という微かな振動音に、ライアンは目を覚ました。
薄暗い部屋の中、眩しい白い光が見慣れない壁紙を照らしだしていた。一瞬眉をひそめ、そうだモーテルで雨宿りをしていたのだったと思いだす。
ライアンはサイドテーブルに置いていたスマートフォンに手を伸ばし、表示されている名前を見てすぐに画面をタップした。ジョシュからだ。
「ライアンだ。どうした?」
『……ライアン……、どうしよう。俺、俺……っ、とんでもないことを――』
なにやら声の様子が変だ。ライアンは眉根を寄せながらテーブルランプの明かりをつけ、ベッドから脚をおろして坐り直した。
「ジョシュ? いったいどうしたんだ、とりあえず落ち着け。……なにかあったのか? またリヴィの機嫌が悪くなったのか?」
電話の向こうから荒い息遣いが聞こえる。ライアンはなにやら足許からぞわぞわと不安が這いあがってくるのを感じ、息を詰めて返事を待った。
やがて、ジョシュは云った。
『……どうしよう、俺……、リヴィを殺しちまった……!』