弥幸の提案に、碧輝は「は?」と目を丸くし唖然とした。
「君の精神力を僕と共有して欲しい。正直、今ものすごく眠たいし限界なんだ。これ以上神力を使えば僕、寝ちゃう。そうならないためにも、お願いしたい」
弥幸の瞳は揺らいでおり、瞼も落ちそうになっている。
体もふらついており、言葉の通り限界が近そう。
「お前……」
「時間が無い。とりあえず、君の精神力を貰う」
釘を準備し碧輝を見るが、それより先に妖傀が二人を叩き潰そうと四本の腕を振り下ろしてきた。
二人は瞬時に察し、舌打ちしながらも横に跳んで避ける。
「赤鬼!!!」
碧輝はしっかりと着地することが出来たが、弥幸は着地した瞬間足に力が入らなくなり、その場に倒れてしまった。
妖傀は弱っている弥幸に目を付け、地面に付いている手を横へと薙ぎ払う。
腕に力を込め、震える体を無理やり立たせようとする。だが、眠気と疲労で力が抜けてしまい立てない。
炎狐が駆けだそうとするが、体が徐々に小さくなる。
神力が足りていない。
「くそっ」
落ちそうな瞼を無理やり開け、神力を炎狐に送り込む。けれど、足りずに体は小さいまま。
無抵抗のまま弥幸は、妖傀の手によって薙ぎ払われようとした。だが、その時大きな手が何かにぶち当たった。
「────結界?」
何が起きたのかわからず、弥幸はグググッと体を起こし横目で隣を見る。
そこには、星桜が祈るように胸元で手を組み、その隣では女性が星桜を支えるように肩に手を置いていた。
星桜の胸元で握られている手は淡く光っており、落ち着かせるため目を閉じ集中している。
「まさか、ここまで出来るようになっていたなんて…………」
結界の張り方までは弥幸は教えていない。
流石に驚きつつも、助かった現状の安堵した。
「さすがよ、貴方。このまま集中して」
「はい」
星桜は集中力を切らさないように、息を乱さず祈り続ける。
それを見た弥幸は体を無理やり起こし、なんとか片膝をつけるくらいまでにはなった。
「くっ……」
また、手を地面に突く。すると、碧輝が二本の釘を取り出し彼の胸元に投げた。
結界を通り抜け、左胸に突き刺さる。すると、淡い光が宿った。
「仕方がねぇから、お前と精神力を共有してやる。だから、兄貴を助けろ!!!!」
瞬間、いきなり弥幸を薙ぎ払おうとした妖傀の手が燃え上がった。
「っ、赤鬼、君?」
星桜は驚き過ぎて、集中が切れてしまった。
結界がなくなったが、もう問題はない。
「任せてくれて構わないよ」
ゆっくりと立ち上がった弥幸は、腰につけていた狐面をいつものように顔へとつけた。
一瞬、気を取られた碧輝も、すぐに気を取り直し紙を目元に付けた。これで、準備は整った。
「忌まわしき想いの結晶よ。我ら赤鬼家の名のもとに、今ここで奪い取る」
いつもの言葉を口にし、弥幸は狐面から除き見える赤い瞳を妖傀へと向けた。
『わだじは、わだじはァァァァ!!!』
妖傀の足元には魅涼が力なく倒れており、額には脂汗が滲み出て苦しそうに呻いている。
「早くしないと、本体も危険だね」
弥幸が言うように、このままでは魅涼の身体が持たずに死んでしまう。
なぜ、あんなに苦しそうにしているのか。それは、時間帯。
今は完全に太陽が登っているため、妖傀の力が半減している。
だが、屋敷以上の大きさはある妖傀が今目の前にいる。その理由は、魅涼の身体にある精神力や恨みを利用しているから。
精神力がなくなってしまえば、その人は死ぬ。
弥幸は、覚悟を決めた顔で袖に手を入れる。そこから出したのは三枚の御札だ。
「【炎狐】【炎鷹】【炎狼】!!! 恨みを全て燃やし尽くせ!!!」
弥幸が上に向けて、三枚の御札を投げた。
御札は、弥幸の言葉に反応するように燃え上がり、炎の狐、鷹、狼が姿を現した。
「式神を一気に三体だと?! どんな集中力を──くっ」
三体の式神に驚きの声を上げていると、碧輝が急にその場に膝を突く。
その顔は青く、しんどそう。だが、目には怒りが宿り、弥幸を見た。
「おい、どんだけ精神力を使う気だてめぇ!!! 人の精神力だと思って無駄遣いしてんじゃねぇよ!!!」
「早くしなければ、兄の命が危ないんだぞ。我の精神力もないし、耐えろ」
魅涼のことを言われてしまえば、碧輝は何も言えない。
フラフラになりながら立ち上がり、弥幸を睨みつけた。
「それと、精神力を貰う相手は一人ではない」
弥幸は、ポケットから釘を四本取り出し星桜を見る。
視線に気づき、彼女はゆっくりと目を開けた。
何をすべきかを瞬時に理解した星桜は、汗を流しながらも優しく微笑み小さく頷いた。それを見た弥幸も薄く笑みを浮かべ、口の動きだけで星桜に伝える。
『任せたよ』
弥幸は手に持っている四本の釘を星桜に向けて放った。
真っ直ぐ彼女の左の胸に刺さり、そこから光の線が伸び弥幸と繋がる。
「――――事前準備は整った」
炎狐は、空中を駆け上がり妖傀の顔付近に近づき、炎狼は地面に足を着けたまま咆哮で攻撃を仕掛けた。
炎鷹は、弥幸の傍で待機していた。
「まだ頑張れる?」
炎鷹の頭を撫でながら問いかける。その声には、不安や心配という感情が込められている。
その言葉を聞いた炎鷹は目を細め、弥幸の手に擦り寄った。
眉を下げながら笑みを浮かべ「ありがとう」と口にし、炎鷹の足に捕まり上空へと飛び上がった。