炎狐の背中に乗り、地上へと向かう星桜と女性。
振り落とされないように炎狐に捕まりつつ、星桜は弥幸が心配で後ろを何度も振り向いた。
「赤鬼君、私は何をすればいいの……」
女性は星桜の服を掴み、何も話さない。
そのうち、前方が徐々に明るくなる。
「っ、外だ!!」
炎狐は光に向かって走り、外へと出た。
外はもう明るくなっており、太陽が登りきっている。
今まで暗い所に居たため太陽の光が眩しく、目を細めた。
炎狐は外に出たのと同時に地面に着地し、星桜は直ぐに降りて地下に戻ろうと走り出す。
それを、女性が服を握り止めた。
「待って、戻ってはダメ」
「でもっ──」
「貴方が戻ってしまったら、あの方はなんのために私達を逃がしてくれたのか分からなくなるわ」
その言葉に、星桜は言葉を詰まらせた。
再度、地下を振り向き、険しい顔を浮かべた。
足を止めた星桜を見て、女性は掴んでいた腕を離した。
「貴方は、あの人とは伴になっているの?」
女性からの問いかけに、星桜はゆっくりと首を振る。
「そう……。精神のコントロールは出来る?」
「少しだけ。でも、赤鬼君の力がないとまだ無理です」
服を掴み、自身の情けなさに打ちひしがれる。
その時、女性が力の入っている星桜の手を優しく包み、顔を上げさせた。
「おそらく、この場をどうにかできるのは貴方だと思います。貴方が、鍵になっています」
女性が何を言いたいのか、星桜には分からない。
「なんの、話……?」
「伴になっていなくても、
「信頼……?」
「そう。相手を信じる強い想い。私は、貴方達なら出来ると思う。さっきの会話を見ている限り……」
目を細め、星桜を見定めるように見る。
今の説明を聞いて、星桜の胸には不安と罪悪感が芽生え、泣きそうに顔を歪ませた。
星桜は、最近精神力のコントロール修行を始めたばかり。いきなりそのような事を言われてもできるとは到底思えない。
それに、弥幸はいつも合理的で自分主義。
確実に成功することしかやらないため、今回のような賭けに乗るなど、星桜には思えなかった。
「……私には、むずかっ──」
星桜が首を横に振ろうとした時、地下から地響きと共に爆発音が聞こえた。
「な、なに!?」
地響きにより、元々弱っていた女性は簡単に地面に膝を着き倒れてしまった。
星桜は女性に手を伸ばそうと動いたが、突如地下室の出入口から大量の水が溢れ出るのを目にし、驚愕した。
「っ、赤鬼君?!」
大量の水の中には、碧輝が弥幸の両腕を掴み身動きを封じていた。
碧輝の頭やお尻には、狼のような半透明な水の耳や尻尾が生えている。
弥幸の腕を掴んでいる手は、動物の手のように爪が鋭く尖り、少しでも掠れば深く切れてしまいそう。
弥幸は、星桜と女性を確認すると、口を大きく開き、叫んだ。
「逃げろぉぉぉぉ!!!!!!」
いきなりの言葉に星桜は思考が追いつかず、動けない。
その時、目の端に勢いよく星桜に向かって来る何かが見えた。
咄嗟に後ろへと避けようとしたが、足がもつれてしまい転んでしまった。
だが、それが幸をそうし、飛んできたものから避けられた。
横を確認すると屋敷を囲い立っている木に、水の弓矢が刺さっているのが見えた。
「な、なに……」
何が起きたのか分からない星桜は、体を震わせ弓矢を凝視する。
反対側から足音が聞こえ、振り向いた。
そこには、先程と変わらない。口角を上げ、優しげな笑みを浮かべている魅涼が星桜に歩いていた。
「み、魅涼、さん?」
顔は笑っているが、目はまったく笑っていない。
纏っている空気が異様で、星桜は体に悪寒が走る。すぐに立ち上がり、後ずさった。
女性は魅涼を目にした途端、頭を抱え何度も「ごめんなさい、ごめんなさい」と目に涙をうかべ、謝罪を繰り返し始めた。
星桜は、その様子を横目で見て眉を顰める。
「翡翠さん」
名前を呼ばれ、再度魅涼を見る。
体をカタカタを震わせながら、星桜は問いかけた。
「一体、なにがしたいのですが、貴方達」
星桜の問い、魅涼はニヤリと笑い、下唇を舐めた。
「単純ですよ。私は貴方が欲しいのです。貴方の持っている、精神の核を──」
魅涼は、
「ください。貴方の精神の核を。そうすれば、私はもう何も考えなくていい。我慢しなくていい。こんなまどろっこしいことをしなくてもいいのですよ。貴方さえいれば全てが解決するのです。なぜなら、貴方の精神の核は、普通の人とは違うのだから!!!!」
徐々に落ち着きを失っていく魅涼は、興奮するように顔を高揚させ星桜を求める。
その様子を見て星桜は顔を青くし、悲しげな瞳を浮かべた。
「貴方はただ、精神の核が欲しいだけなの? 欲しいだけなのにこんなことしたの? 早く赤鬼君に攻撃するのを止めて!!!」
星桜は横で碧輝と殺り合っている弥幸を指さしながら叫ぶ。
弥幸は掴まれていた腕を振り払うため、空中にいる間に体を捻り右足で碧輝の横腹を蹴った。
防ぐため、手を離した碧輝の腕を蹴り、瞬時に離れ地面へと着地する。
碧輝も地面へと着地し、休む暇を与えず鋭く光っている爪を向けた。
その爪を、弥幸は刀で受け止める。そのまま、碧輝の右腕目掛けて左足を蹴りあげた。だが、防がれる。
どちらも引かない攻防を見て、魅涼は眉を下げ困ったような表情を浮かべた。
「あの方が牙を向けてくるので仕方がないのですよ。私もなるべくならこんな手荒な真似、したくありませんよ」
言葉とは裏腹に、口元には変わらず笑みを浮かべていた。
「なので、素直にこの手を、とってくださいませんか?」
スッと、開かれた黄色の瞳が星桜を射抜く。
初めて見た彼の瞳は、闇が覆っているように、深い黄色をしていた。