星桜は、周りの人に聞きながらなんとか歩いていた。
そんな星桜の後ろを、弥幸は欠伸を零しながらついて行く。
「赤鬼君って、もしかして方向音痴?」
「自覚はしてるよ。でも、今回は地図があるし大丈夫かなって思ったんまよ。でも、やっぱり駄目だった。逢花も連れてくるべきだったかな」
「事前準備を趣味としているんじゃなかったの?」
「事前準備として地図を見ていたんだけどね。残念残念」
「はぁ……」
弥幸は表情一つ変えず、星桜の横を通り抜け歩く。少し悔しそうにしているのが、何となく可愛くクスッと笑う。
だが、弥幸が進む道は、星桜が聞いた道とは外れており、笑っている暇は無いと腕を掴んだ。
「こっち!!!」とズルズルと引っ張り、やっと目的の場所に辿り着いた。
「ここみたいだよ」
「こんなに奥じゃ分かるものも分からないでしょ。この港って本当は迷路を作るために作られたんじゃないの? 今度から水光の港じゃなくて迷路港と命名した方がいいんじゃない? 語呂もいいし」
「良くないよ。それに、赤鬼君が勝手に迷路と思い込んでいるだけでしょ? 方向音痴だからだよ」
星桜が溜息をつきながら言っていると、弥幸は扉についている輪っかを掴み、ノックした。
篠屋紅美歌の家は、瓦屋根の家と家の間の奥に続く道に建てられていた。
見た目は、古民家。
木製の柱で屋根も瓦では無い。
そこまで大きくないため、少し馴染みやすい建物だ。
扉の隣には、おまじないなのか分からないが、たぬきの置物が置かれていた。
その手には煙管が持たせられており、可愛いとはとても言えない。
表情も変にリアルで、星桜は思わず声を漏らす。
ノックしてから数秒後に扉がゆっくりと開き、一人の女性が顔を覗かせた。
「……あの、どちら様ですか?」
「僕達は、ある人のご依頼でこの港に来た者です。少しお話を聞きたいのですが、貴方が篠屋紅美歌さんでお間違いないですか?」
弥幸がよそ者モードを発動して、いつもは動かない表情筋を動かし優しそうな雰囲気で問いかけている。
星桜は、豹変した弥幸を見た瞬間顔を背け「うっ」と唸っていた。
「そ、そうですけど……。話ってなんですか?」
「一度聞かれているかもしれませんが、貴方は今、悩みをお持ちではありませんか? それを少しお聞きしたくまいりました」
弥幸がいきなり本題を伝えたため、怪しまれないか星桜は、一人ハラハラとしていた。
そんな彼女など視界に入っていない紅美歌は、目を微かに開き、弥幸を見返した。
「……なんで、それを貴方が知っているのですか?」
「ご依頼された時に少々……。それで、お話はお聞かせ願えませんか?」
早く終わらせたい、そんな気持ちが星桜には伝わり苦笑い。
玄関に立つ紅美歌を見て、返答を待った。
「……見知らぬ人に話す義理はないかと思います。申し訳ありませんが、お帰りください」
そのまま紅美歌は扉を閉めようとするが、弥幸が我慢の限界というように扉の隙間に足を入れ閉じられないようにし、手で思いっきり扉を開いた。
「きゃっ!?」
「ちょっ、赤鬼君やりすぎだよ!!!」
紅美歌は、いきなり扉が引っ張られたことにより体をよろめき、弥幸へと倒れ込んでしまう。しっかりと受け止め、耳元で静かに囁いた。
「このまま想いを閉じ込めておくと、君は君では居られなくなるけど、それでもいいの?」
弥幸の心配するような、訴えるような。そんな言葉と声に、紅美歌は驚きの表情を浮かべゆっくりと体を起こした。
彼の顔を見つめ、嘘ではないかを見極めている。
そのうち、嘘じゃないと思ったらしい紅美歌は一人で立ち「少しだけ、お待ちください」と扉を開けたまま家の中へと戻った。
星桜が中を覗くと、一本の廊下が奥へと続き、リビングが暖簾の奥に見え隠れしていた。
まるでおばあちゃん家のような温かい空気を感じ、星桜は肩の力を抜いた。
だが、まだ気を抜くのは早い気を引き締め、弥幸を見上げた。
「赤鬼君、さすがにやりすぎじゃない? これで警戒されたら元も子もないじゃん……」
「でも、少しは話せる状況になったじゃん。結果オーライってやつだよ」
「そうだけどさぁ……」
弥幸の強引さに、星桜は溜息を吐きつつも、奥に行ってしまった紅美歌を待つしかない。
今は、余計なことを言わずに、ただただ紅美歌を待つことにした。
※
それから数秒後、紅美歌が戻ってきて二人をリビングへと案内した。
中は落ち着いた雰囲気で、大きなテーブルに座布団。テレビが壁側にあり、壁には折り紙や写真などが飾られている。
その写真のほとんどが、紅美歌の成長記録のような物ばかりだった。
弥幸と星桜は、案内されるがままリビングの中心へと移動し、座布団の上に座る。
「あの、今は貴方だけなのでしょうか?」
「いえ。お母さんもいますよ。もう少しで来ると思います」
紅美歌は、星桜の正面に座りながら答える。すると、タイミング良くリビングの入口から母親らしき人が姿を現し、手にはお盆を持っていた。その上には湯のみが四つ置かれている。
「初めまして、紅美歌の母です」
自己紹介をしながら紅美歌の隣に座り、「よろしければこちらを」と、湯のみをテーブルに置いた。
「い、いえお構いなく……」
「ありがとうございます」
星桜が遠慮気味にしているところに、弥幸は堂々とお茶を受け取り口をつける。
「少しは遠慮したらどうなのさ」
「出されたものを逆に貰わなければ、それこそ失礼に値するぞ」
「ぐっ、確かに……」
星桜はまたしても弥幸に負け、肩を落とした。
そんな二人を、紅美歌と母親が物珍しそうに見る。
「──あ、すすすすすいません。うるさくしてしまって……」
「……あの、貴方達は水泉家の者では無いのですか?」
母親が紅美歌の隣に座り、星桜達に問いかけた。
「────自己紹介をお先に失礼します。僕は赤鬼弥幸。隣に座っておりますのが僕のげぼっ──コホン。助手になります」
「…………助手の、翡翠星桜と言います」
弥幸の言いかけた言葉を察した星桜は、何とか怒りを押え、名前を口にした。
「赤鬼君と翡翠さんですね。改めまして、私は紅美歌の母、
「どうも」
母親である久美江は微笑みながら自己紹介をし、紅美歌の方も一言発しながら頭を下げた。