目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第40話 「帰りたい」

 電車が目的地に着いたため、弥幸と星桜は日差しが降り注ぐ外へと足を踏み出した。


 外の気温は、三十度越え。夏なので仕方がないのだが、ものすごく暑い。

 汗が流れ、服が肌へと張り付く。ジメジメとした暑さが二人を襲っていた。


 星桜は、手で風を送りながら「暑いねぇ」と弥幸に話しかける。


「夏なんだから暑いのは仕方がないでしょ」

「そうなんだけどさぁ……」


 星桜と弥幸は駅内に入り、改札口を出て外へ向かう。


「駅の中は涼しいなぁ。ずっとここに居たい」

「クーラーもしっかり付いているし、食べ物もある。硬いけど椅子もあるから寝るところには困らない。案外いい所かもね」

「冗談だからね。それに、食べ物って売店でしょ? 盗みはダメだよ」


 そんな会話をしながら外に出ると、真夏の日差しがまたしても二人を襲った。

 星桜は手で影を作り空を見上げると、雲一つない青空が目に入った。


「――――ねぇ、赤鬼君。水光の港ってどこなの? …………赤鬼君?」


 またしても、返答がない。


 不思議に思った星桜は後ろを振り向いたのだが、そこには弥幸の姿はなく周りを見回す。すると、ちょうど駅の中にいる弥幸の姿が見えた。


「ちょっと、赤鬼君。行かないの?」


 弥幸はなぜかスマホを操作しており、その場から動こうとしない。

 星桜は、再度弥幸に声をかけるが先程と全く同じで返答なし。


 仕方なく、星桜は駅の中に入り弥幸のスマホを覗き見る。

 そこにはメールの本文が書かれており、文字が沢山打たれていた。


「誰に送るメールなの?」

「僕」

「…………ん?」

「これは、僕に送られてきたメール」

「あ、なるほど」


 星桜は納得し、再度スマホ見た。

 全てを読むのは疲れそうなほどびっしりと何語か分からない文字が書かれており、星桜は眉間に皺を寄せその場から静かに離れた。


 周りを見回し、近くにあったベンチに座り彼が動き出すのを待つことにした。


 それから数分後、弥幸はスマホを閉じて周りを見回した。


「なにか探してるのぉー?」


 星桜の質問に弥幸が小さく頷く。すると、探し物を見つけたらしく、星桜に手招きして歩き出した。


 その後ろを付いていくと、前方に少し派手な着物を袖の途中まで通した、高身長の男性二人が立っていた。

 こちらに気付いたのか、手元に持っていた紙を確認したあと一人の男性が優しい笑みを浮かべ手を振ってきた。


「もしかしてだけど、待ち合わせしてたの?」

「じゃなかったら目的地なんて分からないでしょ。地図を見るのもめんどくさいし。地元民に案内してもらうのが一番効率的だよ」

「まぁ、そっか」


 言いながら、星桜と弥幸は男性に近付いた。


「初めまして。お手紙のお返事をありがとうございます。私がお手紙を出させていただきました水泉魅涼すいせんみすずです。こちらが私の弟、碧輝たまきです」


 自己紹介してくれた魅涼は、優しい笑みを浮かべ二人を見る。

 隣に立つ弟、碧輝は普段から怒っているような表情なのか。今も眉間に皺を寄せ鋭い目付きで弥幸を観察するように見ていた。

 だが、弥幸はそんな目線など一切気にせず、じぃっと魅涼を見ていた。


 星桜は、二人が纏っている空気に当てられ、思わず弥幸の後ろに隠れてしまった。


「おや、少し怖がらせてしまいましたかね、申し訳ありません。碧輝は普段からこのような表情なのです。何度も直せと言っているんですけどねぇ」

「は、はぁ……。なんか、すいません」


 高身長なため、身長が155の星桜に合わせるように腰を曲げ目線を合わせる。

 そのことに困惑しながらも、星桜は曖昧に返答した。


 そのあと姿勢を正し、魅涼は歩き出す。


「立ち話も疲れるでしょう、私の屋敷へどうぞ。近くに馬車を止まらせてあります」

「ば、馬車? あの、車とかバスとかは……」

「おや、そちらの方が良かったですか? 馬車の方が楽しみながら移動できるかと思ったのですが……。でしたら、今すぐにでも馬車を返し、車の手配を──」


 スマホを取りだし、今すぐどこかに電話しそうになっている魅涼を全力で星桜は止めた。


「いえいえいえ!! ば、馬車に乗りたいです!! ぜひ乗らせてください!」

「そうですか? なんだか、変に気を使わせてしまいすいません。では、こちらです」


 魅涼が再度案内を始めようと歩き出す。

 その際、なぜか口には笑みを浮かべ、何かを考えるような含みのある瞳を星桜に向けた。


 弥幸は魅涼の後ろを付いていくがその目は鋭く、睨んでいるようにも見える。

 星桜も怪しんでいるのか、弥幸から離れずくっつきながら歩いていた。


 ※


 馬車は広く、座り心地も良かった。だが、初めて会った人と密室というのもあり、会話が弾まない。


 星桜にとって唯一の知り合いの弥幸は、目を閉じ何も話さなかったため、星桜が気まずいまま馬車は目的地へと進む。


「早く帰りたい……」


 窓の外を眺めながら、青い顔で静かに呟いていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?