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第32話 「これから何をすればいい?」

 凛と星桜が仲直りした日の昼休み。二人は、以前のように一緒にご飯を食べるため、屋上で持ってきたお弁当を広げていた。


 今回は翔月も共に円になり、パンを食べていた。


 やっと、いつもの平和が返ってきたと、三人は楽しく笑いながら話し、お昼ご飯を食べていた。だが、今日は今までとは違う点もある。


 三人の輪にはもう一人。フードを深く被り、右手に握られている飲むヨーグルトを飲みながら座っている、弥幸の姿もあった。


 ストローを噛む癖があるらしく、まだ中が残っているのにストローが噛み跡だらけ。他には何も手に持っておらず、お弁当箱やゴミ袋とかもなかった。


 弥幸の隣に座る星桜は、横目で屋上の景色を眺めるようにストローを噛みながら、ぼぉっとしている彼を見る。


 お弁当を食べる手を止めジィっと見ていると、真紅の瞳と目が合いドキリと心臓が鳴る。


「なに?」

「い、いや、え、えぇっと。赤鬼君のお昼ご飯って、それだけ?」

「うん」

「お弁当は?」

「ない」

「パンは?」

「ない」

「…………固形物は?」

「聞き方がおかしくない?」


 星桜は肩を落とし、自身のお弁当を食べる。横では変わらずストローを齧り、ぼぉっと景色を眺めている弥幸の姿。


 翔月がパンを一口食べた時、ふとっ。何かに気づき隣に座る凛を見て声をかけた。


「そういえば、武永は赤鬼と話すの初めてじゃないか?」

「声を聞いたことすら今回が初めてだよ。というか、マスクを取った姿を見たのも今が初めて」

「だよな……。なぁ赤鬼、隠さなくていいのか?」


 凛と話していた翔月が、パンのゴミをくるめながら弥幸に問いかける。

 声に反応し、景色から目を逸らし無言で翔月を見る弥幸。もう中身がないであろうカップは、ペコペコと音を鳴らしていた。


「隠し通すのはもう無理だと判断したから諦めた」

「なんでだ?」


 翔月が聞くと、弥幸の視線がお弁当を食べている星桜に向けられた。

 瞬間、何を言おうとしているのかわかった翔月は、「あー」と、苦笑い。


 視線を感じ、顔を上げた星桜の「なぁに?」という問いかけには答えず、肩をポンポンと叩いた。


 首を傾げている星桜を他所に、弥幸が立ちあがった。


「あれ、どこ行くの?」

「もう食べ終わったから教室に戻るんだよ。一緒に居る意味もないと思うし、僕は寝たい」


 欠伸を零し、弥幸は当たり前のように屋上を出て行こうとする。だが、星桜はまだ気になることがあり、彼を呼び止めた。


 その、呼び止めるために発せられた言葉には、弥幸も体を硬直することしかできなかった。


「凛には説明しないの? 夜のお仕事のついて」

「よ、夜のお仕事!?!?!?!?」


 驚きのあまり思わず大きな声を上げ口をあんぐり。”夜のお仕事”という意味深な単語により凜の頭の中では、様々な妄想が駆け巡っていた。


「赤鬼、あんた……。さすがにそれはまずいって、金に困っているのなら私が貸すから、そのバイトはやめた方がいいよ……? もし、人と話したくないとか、気まずいとかあれば協力するから」


 謎が多い人物なだけに、疑うことなく心から心配している。

 今まで人と関わってこなかったのは、夜のお仕事について隠すためだろうと変に納得していた。


 凛の様子と投げられた言葉に弥幸は頭を抱え、翔月は慌てて星桜の口を塞いだ。


 凜の言葉によくわからないという顔を浮かべた星桜。でも、だんだんこの場の空気を理解し、顔を青くしていく。


 翔月も彼女の様子に苦笑し、手をゆっくりと放した。

 次の瞬間、甲高い謝罪が屋上に響き渡った。


「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああい!!!!」


 ※


「闇夜を駆け回る狐、”夜狐やっこ”が、まさか赤鬼だったなんて……。似ているとは思っていたけど、流石に驚いた。けど、逆にそっちの方でよかったかも。ホストとか、そっち系のお仕事じゃなくて」

「逆に聞くけど、僕が人の機嫌を考えながら話したり酒をくんだりする仕事をしているイメージつくの?」

「顔が整っているから、それを利用して巻き上げてそうだとは……」

「予想の斜め上の返答をありがとう。僕のことをそんなクズと思っていたなんて思わなかったよ。整っているのかは知らないけど、そんなめんどくさいことで使わない金を巻き上げるより、寝ていた方が何倍も有意義な時間を過ごせるよ、はぁ……」


 頭にたんこぶを作り、泣きながら痛みに耐えている星桜の横で、弥幸がため息を吐いた。


「大変そうだけど、赤鬼はどうしてやめないの? やっぱり、妖傀が街を徘徊しているのを知っているのに何もしないのは良心に刺さるとか?」

「周りの人がどうなろうと僕には関係ないよ。辞めたければ辞めるし、辞めたいと何回も思った。一回だけ、本気でやめようと家出をした時だってあるしね」


 凛からの質問に淡々と返す。それは、星桜も聞くのが初めてだったため、頭から手を離し聞き入った。


「修業が辛くて、痛くて。父親は僕を子供ではなく、自分をよく見せる道具としか考えていなかったし。だから、逃げ出して困らせてやろうとしたんだけどね。結局逃げられなくて、ここまで来た感じ。今はこの生活が僕にとっての当たり前だから、特に気にしていないよ」


 感情の込められていない言葉、口調。

 彼の過去がほんの少しだけ見えた気がし、星桜は表情を変えない弥幸を悲しげに見続ける。凛と翔月も言葉に困り、俯いた。


 気まずい空気が流れた屋上、弥幸は三人を見回し眉を下げた。

 まさか、こんな空気が流れるとは思っていなかったため、頭を掻き困ったように口を開いた。


「あーっと。別に、こんな空気にしたかったわけじゃないんだけど。今は僕も普通だし、君達が気にするようなことはないと思うんだけど」

「そ、そうだな……」


 やっと口を開くことが出来た翔月に続き、凛も同じ言葉を繰り返す。そんな中、星桜だけは何も言わず、弥幸を見続けていた。


 視線が煩わしいと思い、弥幸は視線だけを彼女に向け「うるさい」と一言。でも、星桜はなにも言わず視線も外さない。


 翔月に助けを求めるように弥幸が彼女を指さしながら見るが、彼も今の星桜が何を思っているのかわからず首を横に振る。


 次に凛を見るが翔月と同じ、首を横に振り肩をすくめるだけ。

 どうすればいいのかわからず、弥幸が目を逸らし続けていると、急に口を開き星桜が弥幸の名前を呼んだ。


「赤鬼君、私が戦えるようになるには、これから何をすればいい?」


 星桜から問いかけられた言葉に目を逸らし続けていた弥幸は、何かを確認するように、ゆっくりと振り返った。

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