『あ、あぁぁぁ、ぁぁぁぁああああああああ!!!!』
体を叩いたり、無闇に腕を振り回したりと、炎を消そうとするが意味は無くどんどん燃え広がる。
左手に握られていた拳銃は炎と共に消え、弥幸は身動きが取れない妖傀に刃を向ける。両手で刀を握り、いつもの構えを取った。
「……──っ!」
光の速さで妖傀正面に切り込み、刀を横へと薙ぎ払う。
胴に刃を食い込ませ、真っ二つに斬った。
切口から大量のどす黒い霧が立ち上り、視界を悪くした。
地面に倒れ込む妖傀を、弥幸が息を切らしながら見下ろす。
戦闘を見守っていた星桜は、動かなくなった妖傀に安堵の息を吐く。胸を撫で下ろし、隣に立つ逢花に声をかけた。
「苦手って言っていたのに。やっぱり、赤鬼君は強いんだね、倒しちゃった」
「そうね、ここから浄化へと移るはずよ。倒したわけではないから、油断しないで」
浄化という言葉に、星桜はハッとなった。
「で、でも、倒したわけじゃないって……。体は真っ二つになっているのに、まだ戦えるの?」
「女性型はそう簡単に倒せないわ。男性型と比べると体自体は簡単に切れるの、柔らかいからね。だからなのかはわからないけれど、弱点が首しかないのよ。男性型は石より体が硬いから、体を真っ二つにしてしまえば倒せるわ」
逢花の説明に、星桜は今までの戦闘を思い返し苦笑を浮かべる。
「でも、硬いと言いながら、赤鬼君は簡単に斬っていたような……」
「ナナシだからね。あのくらいは簡単よ」
「そ、そうなんだ……」
説明しながらも弥幸から目を離さない逢花は顎に手を当て、倒れている妖傀を不思議そうに見続けている。
「おかしい」
「え、何が?」
彼女が突如疑問を呟き、星桜は言葉の真意がわからず聞き返す。
それは翔月も同じなため、逢花を見た。
「なぜ、体を再生させようとしない。普通ならくっつけようとするはず。そして、くっついたところをナナシが動きを止め浄化する。これが今までの流れ。今の状態では、浄化が出来ない」
額から一粒の汗を流し、彼女は口にする。
瞬間、聞こえていたのか弥幸がチラッと星桜達に目を向けていた。
「ナナシも警戒しているみたいね」
考えている逢花に、翔月が恐る恐る手を挙げ質問を口にした。
「その、浄化ってなんだ?」
翔月は、戦闘の場に意識がある状態で居合わせるのは初めて。そのため、星桜達が話している内容がわかっていなかった。
星桜が簡単に説明すると、また首を傾げてしまった。
「どうして、今は出来ないんだ?」
「浄化は精神力と体力がかなり持っていかれるのよ。それはナナシだけの話ではないの。その対象──つまり、妖傀も体力を消費する。今の瀕死状態で無理に浄化をしてしまえば、体が持たずに灰になってしまうわ。そうなれば、また明日。今日と同じことをしなければならないの」
逢花の説明に納得し、二人は弥幸を見た。
今もどす黒い霧を胴体から上らせ、動こうとしない妖傀を弥幸が警戒を解かずに見下ろしている。
「なら、どうすればいいの?」
「分からない。今までこんな事は無かったから」
逢花はそれ以上何も言わず口を閉ざし、考え込んでしまう。すると、弥幸がゆっくりと妖傀に近づき始めた。
「おい、大丈夫なのかよ。あいつ、近付いて行くぞ」
「何か考えがあるんじゃ……」
星桜達がそんな話をしていると、弥幸がいきなり足を止め下に目線を向けた。
「────っち!!!」
弥幸の足元から突如として鎖が複数飛び出した。
後ろに跳び避けるが、それでも鎖は追いかけて来る。
地面を蹴り、追撃してくる鎖から逃げる。だが、スピードが速く、左腕を掴まれた。
一瞬、掴まれた腕に気を取られてしまう。咄嗟に刀で壊そうとしたが、すぐに右腕も捕まった。
足、胴体、首。次々鎖に絡まれ、とうとう身動きが取れなくなってしまった。
「ナナシ!!!」
「赤鬼君!!!」
捕まってしまった弥幸はなんとか鎖を解こうと藻掻くが意味はなく、炎で燃やそうとしても同じ結果だった。鎖はどんどん体に食い込む。
『おいれ、おいれ〜。わだじは、にんぎものになる。にんぎもの。だがら、おいでぇ〜』
「くっ、そ……」
まだ胴体はくっついておらず、地面にうつ伏せになりながら鎖を引く。笑顔で縛られている弥幸を見上げていた。
両足で踏ん張り耐えるが、地面がズズッ……ズズッ……と抉れてしまい、徐々に引き寄せられる。
「逢花ちゃん!! 私達は何も出来ないの!? なんとかしないと赤鬼君が負けちゃう!!」
「何とかって、何をするつもりなのかしら」
「えっ、そ、それは……」
逢花は自分の兄が危険な状態になっているにも関わらず、冷静に状況を見続けていた。
「おい、お前は何か出来ねぇのかよ。このままだったらお前の兄貴が死んじまうかもしれねぇだろ!!」
翔月も冷静さを失い、逢花の肩を掴み叫ぶように言う。だが、彼女は何も言わずに、首だけを弥幸の方に向け続けた。再度文句を言おうとした翔月だが、彼女の変化に口を閉ざす。
冷静に見える逢花だが、汗がにじみ出ており、微かに息が荒い。冷静に見せているだけで、本当は心配でたまらないという感情が伝わってくる。
肩を掴んでいた手がだらんと落ち、何も言えないまま翔月は逢花と同じく弥幸を見た。
弥幸は歯を食いしばりなんとか踏ん張っていたが、それも限界が近い。
妖傀は引っ張るのと同時に体をくっつけており、今では完全に回復していた。
立ち上がり、足の力も加えられ引く力が強くなるのと同時に、他二本の鎖を作り出す。
ケラケラと笑いながら増えた二本の鎖を右手で投げ、弥幸の足首に巻き付ける。それにより、踏ん張っていた両足が地面から離れてしまった。
「「赤鬼/赤鬼君!!!!」」
二人が叫んだ瞬間、弥幸は妖傀の目の前まで引かれ鎖を首に巻かれた。
徐々に力が増していき、身動きの取れない彼は苦痛の表情を浮かべた。
「がっ、ぐ……」
鎖を解こうにも両腕は固定されているため動けない。
何も抵抗できず、このままでは首の骨が折れるか窒息死してしまう。
星桜と翔月はもう我慢できないというように弥幸に向かって走ろうとするが、結界がそれを邪魔した。
「おい! これをさっさと消せ!!」
「早く助けないと赤鬼君が死んじゃうよ!!!」
翔月は怒りで顔を赤くし、星桜は今にも泣き出しそうな表情で逢花に言う。だが、彼女は何かに気づいたのか、震えていた口の端が上がり、笑みを浮かべた。
「なるほどね。さすが、弥幸お兄ちゃん」
感心したような言葉は興奮している二人の耳には届かず、何の脈略もなく笑い出した逢花に焦りと怒りをぶつけた。
「お前、なんで笑ってんだよ!!」
「か、翔月待って!!」
翔月が怒りに身を任せ、逢花の胸ぐらを掴み持ち上げる。
彼女の足がギリギリ地面についている状態。苦しいはずなのに、それでも彼女は口角を上げたまま弥幸から目を離さない。
「お前の兄貴が殺されそうなんだぞ!! なに笑ってやがんだ、ふざけるな!!」
翔月の言葉に、逢花は口元に浮かべていた笑みを消し、やっと弥幸から目を離し彼の顔を見返した。
「貴方は、まだ知らない」
「は?」
逢花の突然の言葉に、翔月は理解が追いつかず変な声を出す。
それは星桜も同じで、眉を下げ不安そうに逢花を見ていた。
「貴方はまだ知らない。ナナシの、本当の強さを──」
「本当の強さってなんだよ……」
翔月が逢花の言葉を聞き返そうとした時、視界の端が急に赤く光り出す。
「翔月!! あれを見て!!」
「な、なんだよ。あれ……」
翔月と星桜が光っている方向に目を向けると、なぜか弥幸は地面に足をつけしっかりと立っていた。鎖は解かれており、息を整えている。
そんな彼の目の前には、炎の竜巻がパチパチと音を鳴らしながら妖傀を囲い、燃え上がっていた。