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第28話 「本気を出そう」

 夜空が広がる、いつもの崖の下。星桜と翔月はもう慣れたため、弥幸と逢花に抱えられながら崖下に降りる際も叫ばなくなった。


「翔月は、二回目なのによく叫ばなかったね」

「安全が保証されてるっぽいからな、ジェットコースターに乗っている気分だ」

「ジェットコースターに乗っても、翔月は叫ばないもんね」

「星桜は耳が痛くなるほど叫んでるもんな」

「うるさい!!」


 星桜と翔月は、弥幸の後ろに隠れるように話していた。

 弥幸は事前に御札から出していた刀を腰に差し、柄頭に手を添え周りを警戒するように見回す。


 逢花も弥幸と同じ服に着替え、腰に着けている狐面に手を添えていた。

 その手は、不安そうに震えている。


「怖いの? 逢花」

「怖い、怖くないだったら少し怖いかも。弥幸お兄ちゃんが心配で」

「心配無用」

「そう言うけど、まだ精神力も回復しきってないでしょ?」

「まぁね」


 そんな二人の会話を聞いていた星桜は、申し訳ないというような表情を浮かべ、顔を俯かせる。


「まともに戦えるかもわからないのに、心配無用なんて――――弥幸お兄ちゃんらしいね」


 笑顔を向ける逢花に、弥幸は不機嫌そうに眉を顰め「ケッ」とそっぽを向く。


 今はもう夜中の一時。学生なら、普通は寝ている時間。

 星桜と翔月は仮眠したとはいえ、十分な睡眠はとれていない。眠たそうに欠伸を零す。


 そんな二人の前に立ち逢花と弥幸は、警戒しながら周りを見回していた。

 二人の様子を見て翔月は、疑問が浮上し問いかけた。


「なぁ、今回の妖傀は、一回で倒さないといけないんだよな? そんなに危険なのか?」

「危険というか、めんどくさい。強ければ強いほど戦闘は長引くし、僕も相手の動きを見定めながら戦わないといけない。何より、寝る時間が無くなるのが本当に嫌だ」

「授業中いつも寝てるだろ」

「君にはまだ理解出来ていない労働をしているんだから、仕方がないと思うけどね。毎日のように真夜中激しい戦闘を行ってみなよ。寝る時間はもう授業中しかないの分かるから」

「……遠慮させてもらうわ」

「なら、余計なこと言わないで」


 弥幸と翔月は、お互い睨み合いながら淡々と言葉を交わしている。

 星桜が「喧嘩は駄目だよ」と止めると、二人はふてくされふいっと顔を逸らした。


 そんな三人のやり取りを見ていた逢花は、クスクスと笑う。

 先ほどまで震えていた手は止まり、不安と言う気持ちも逢花の中から消えていた。


「ところで、弥幸お兄ちゃん。めんどくさいということは、今回の相手はなの?」

「そうだよ。めんどくさい……」

「女性型は戦い方が厄介だし、弥幸お兄ちゃんは苦手だもんね」


 二人の会話を聞いていた星桜は、首を傾げた。


「女性型って、何?」

「妖傀には、男性型と女性型の二種類が存在するの。男性型は、こいつが出した妖傀」


 顎で翔月を指す弥幸の言葉に、拳を握りしめる。

 星桜はまた二人が喧嘩しそうになり苦笑い、逢花はまた笑った。


「それで、女性型は──」


 星桜が質問を繰り返そうとした時、弥幸が微かな空気の揺れを察知。間、木々の葉がカサカサと音を立て揺れ始めた。


 その場にいる全員が振り向くと、弥幸が突然星桜の腰に手を回す。

 顔を赤くした瞬間、星桜を狙うように鎖が勢いよく飛んできた。


「ひっ!!!」


 地面を蹴り、弥幸は横へと跳び鎖を避けた。

 鎖は、掴むものが無くなり、弥幸の後ろに立っていた木にぶつかり地面に落ちた。


「アイ」

「わかったわ」


 逢花を呼びながら弥幸は星桜を地面に下ろし、弥幸と逢花は同時に狐面を顔に付けた。


「赤鬼君、ありがとう」

「問題ない。早くアイの所に行け」


 星桜の背中を逢花の方へと押し、彼女も星桜の腕を掴み自身へと引き寄せた。


「後はナナシに任せるわよ。私達がやることは一つだけ、邪魔をしないこと」


 逢花は言うのと同時に、髪の毛を一本抜き取り長方形の紙を作り出した。

 それを前方に飛ばす。


「『護れ』」


 札が光り、三人を囲うように透明な膜が張られた。


「これって……」

「結界よ。私のは、ナナシのより弱いけれど、おそらく問題ないわ」

「なんか、口調とか雰囲気とか。一瞬にして変わりすぎじゃね?」


 逢花は先ほどまで柔らかくニコニコしていたが、今は無表情で事を淡々と進める。

 翔月は、逢花の豹変ぶりに思わず聞いた。


「気にしなくていいわ、私が好きで変えているだけ。それより、前を見た方がいいわ。あれが女性型の妖傀、ナナシが苦手とする相手よ」


 逢花が指さす先には、細長い黒い女性が笑みを浮かべ、鎖を両手で引き寄せながら立っている姿があった。

 髪が長く、口は耳まで裂け、体はあるはずの凹凸がない。


 見た目からして男性型とは異なり、不気味。

 鎖を引き寄せた妖傀は、鎖を右手でブンブンと回す。


「鎖?」

「女性型は男性型と違い、武器を使用してくるの。その武器のほとんどは鎖」


 説明をしながら、逢花は弥幸を見る。

 二人も逢花の視線を辿り、弥幸を見た。


 妖傀は弥幸を睨み、笑顔を向けながらゆっくりと近づく。鎖の射程距離に入ると足を止めた。


 弥幸もすぐ動けるように刀を摩擦が無いよう引き抜き、刃を正面に向け、右足を前へと出す。

 両手で持ち直し、構えを作り出した。


 風が吹き、草木が揺れる。

 月が葉によって隠され、辺りは暗く視界が悪い。


 外で見ている三人にも緊張が伝わり、動けない。

 静寂な時が進み、緊張の糸が伸びる。


『――――…………』


 息を飲むのさえ躊躇してしまう空気を破り、いち早く動き出したのは妖傀だった。


 右手で回している鎖を勢いよく放った。

 眼前ギリギリの所で弥幸は横へと躱し、地面に足を付けた瞬間膝を深く折る。

 雷神の如く速さで、妖傀へと突っ込んだ。


 そのまま、妖傀の身体を斬りつけるのかと思いきや、目の前で急停止。妖傀の視線が自身に向けられたと感じた瞬間、上へと勢いよく跳んだ。


 視界から弥幸が外れ、妖傀は笑顔を浮かべながらも戸惑い動きが鈍くなる。

 次に妖傀が弥幸を見つけた時には、刀の刃は目前。


 斬った――そう思ったが……。


「っ、ちっ。やっぱりか」


 怨み事を零す弥幸。それもそのはず。


 もう、避けられないほどまで迫っていた刀だったはずが、妖傀は体を縮ませ、ほんの少し横へとずらされたことにより斬れなかった。


 地面に着地した弥幸は、恨めしそうに妖傀を見上げた。


 女性型はパワーが無い分、スピードと体の柔軟性がある。

 今のように避けられる事も多く、弥幸は苦手意識を持っていた。


『わだじ、わだじは、にんぎものに』


 妖傀は顔を横に向け、ソプラノくらい高い声で言葉を呟きながら口角を上げた。

 弥幸は後ろへと下がり距離を取る。一枚の札を取り出し、式神である炎の狐、炎狐を出した。


 ────コーーーーン


 耳や手足が赤い炎に包まれ、空中を駆けまわる炎狐。子狐くらいの大きさで、鳴きながら妖傀へと走り出す。


 鳴き声に共鳴するかのように、妖傀の足元には赤い円が作り出される。

 そこから炎が燃え上がり、赤い渦が作られた。


 妖傀を炎の渦で囲い、焼き尽くそうと熱を上げるが妖傀も甘くはない。

 甲高い声を上げながら、鎖を力任せに前方へと投げ炎狐を捕らえた。


 鳴き声を上げ逃げようと藻掻くが、鎖はどんどん体に食い込み逃げられない。


「――――ちっ、戻れ炎狐」


 弥幸は炎狐を御札に戻し、深い息を吐いた。


「やはり、女性型は厄介だ」


 何を思ったのか刀を鞘に戻し、人差し指と親指で円を作り口元に当て息を吹く。

 紅い炎が作られた円から噴射され、妖傀を襲う。だが、それも妖傀は上に跳び避けた。


 動きを読んでいた弥幸は、空中で身動きが取れない妖傀を見上げる。

 鞘に戻した刀を引き抜き、地面を蹴った。


 妖傀は、鎖を弥幸に放つ。だが、体を捻り簡単に交わした。

 刀に炎の渦を纏わせ、目の前まで迫った妖傀に向けて刀を横一線に薙ぎ払う。


『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ』


 咄嗟に弥幸が薙ぎ払った刀を腕で受け止めたため、空中に黒い腕が一本、甲高い声と共に舞う。そのまま、舞っている妖傀の腕は、地面に落ちる前に炎により焼かれ灰となった。


 弥幸は、もう一本の腕も切り落とそうと刀を握り直す。だが、妖傀も死守するように動き出す。


 斬られた肩口から舞い上がる黒い靄は、六本の鎖に変化する。

 すべてを掴み、勢いよく弥幸へと放った。


 予想外の動きに頭が追い付かない弥幸だったが、体は自然と反応し、空中で体をひねった。


 数本は避けられたが、それでもすべては避けきれず刀で弾き返す。

 舌打ちを零しながら地面に着地。同時に妖傀も地面に降り、左腕を再生されてしまった。


「……少しばかり、本気を出そうか」


 弥幸が呟くと、左手を前に出し何かを握る動きをする。


 何をしようとしているのかわからず、星桜達は先程から目を離せない。

 妖傀もむやみに動くこともせず、次の行動を口角を上げながら見続けた。


 弥幸は息を吐き、精神力を左手に集中した。

 すると、炎が彼の左手を包み込む。そう思うと、炎が四方に弾けた。


 中から姿を現したのは、赤く光る拳銃だった。


「そっちが飛び道具を使うなら、我も飛び道具を使わせてもらおう」


 銃口を妖傀へと向けたのと同時に、一寸の狂いなく狙いを定め引き金を引く。

 破裂音と共に銃口からは、が放たれた。


 妖傀は顔だけを右に傾け避ける。だが、頬を微かに掠り、そこから炎が燃え上がった。


 小さかった炎は、妖傀を燃やし尽くそうと広がる。

 助けを求めるように甲高い声をあげ、妖傀は逃げようと藻掻き始めた。

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