「弥幸お兄ちゃんが最初に言ったのが、一番効率的かつ安全な方法ですね」
今は紅城神社の寺社の中。一つの部屋で、四人は円に座って話していた。
床は畳、壁側には掛け軸がかけられている。畳の上には、一人分の布団が綺麗に畳まされていた。
中心には丸テーブルがあり、四人はそのテーブルを囲い座布団に座っている。
テーブルに置かれている湯飲みには、何故かオレンジジュースが入っており、逢花はストローでくるくる回しながら星桜の質問に答えていた。
平然と話す逢花の言葉に星桜は愕然とする。
隣に座っていた翔月は、星桜の背中を摩り苦笑いを浮かべた。
オレンジジュースをくるくる回しながら、逢花はテーブルに肘をつき、欠伸を零している弥幸を横目で見た。
視線に気づき、「何?」と聞いたが、逢花は笑顔で「なんでもない」と返す。
すぐに視線を湯呑に戻し、弥幸はまたしても顔を逸らし眠たそうに眼を擦った。
弥幸のやる気のなさに、逢花はやれやれと肩をすくませ、星桜にもう一つ提案を出した。
「でも、成功確率より安全さを取るなら、もう一つ方法はあるよ」
「どんな方法ですか!?」
逢花の希望の言葉に、星桜はバッと勢いよく顔を上げ、体を乗り出した。
「これを使うの」
「これって────蝋燭?」
逢花は後ろにある戸棚から一本の蝋燭を取り、テーブルに置く。すると、やる気がない弥幸に、満面な笑顔を向けた。
「そう、蝋燭を使うの。弥幸お兄ちゃん」
名前を呼ばれた弥幸は、蝋燭を見た瞬間苦い顔を浮かべた。
チラッと逢花を見るが、ニコッと笑いかけられるだけで蝋燭は差し出したまま。
深い溜息を吐きながら、弥幸は諦めたように蝋燭に息を吹きかけた。
すると、なぜか蝋燭に赤い炎が灯り、星桜と翔月は驚きで目を開く。
「すげぇな」
「さすがだよ赤鬼君!!」
「うるさい」
二人の褒め言葉を一喝し、弥幸はそっぽを向く。
逢花はふふっと笑い、説明をした。
「この炎を消さないように五分間守り続けるだけ。簡単でしょ?」
「え、そんなことでいいの?」
「うん」
これ以上の説明をしない逢花に、弥幸はゲンナリした顔を向け「誰が優しんだ、この外道が」とボソリと呟いた。
逢花は笑顔を崩さず、弥幸の手を抓る。一瞬顔を歪め、項垂れた。
「これさえ成功すれば、精神力をコントロールできるよ。もしかしたら、弥幸お兄ちゃんより強くなっちゃうかも」
「やります!!!」
身を乗り出して、顔を高揚させ星桜は宣言した。
「良かった。なら、試しに今からやってみようか。私が教えるから、その通りにやってくれるかな?」
「ご指導、よろしくお願いします!!!」
星桜は、やる気満々で逢花に頭を勢いよく下げた。
「わぁい! そんな風にお願いされたら嬉しくなるね。こちらこそよろしくお願いします」
お互い深々と頭を下げていると、弥幸が「さっさとやりなよ」と促した。
「はいはい、ごめんね弥幸お兄ちゃん。それじゃ、気合いを入れて、始めようか。と、言っても、この方法、本当に簡単なんだよね。星桜さん、そのまま左手を蝋燭に添えるように近づけて」
「え? 守るんだよね? 風とか起こすんじゃないの?」
蝋燭の火を守るように言われたが、消そうとしているものは近くに無い。
扇風機や団扇などで火を消そうとするから守れという事では無いのかと、星桜は問いかけた。
「ふふっ、そんなもの無くても大丈夫だよ。どうせ、消えちゃうから」
逢花は笑顔のまま星桜に言い切る。
言葉の意味を理解できず首を傾げるが、逢花は笑顔を向けるだけ。
星桜は彼女の笑顔に負けるように、左手を蝋燭へと近づけた。
この部屋には、奥の壁の上に小さな窓があるのみ。
今はその窓も閉まっており、風邪は吹いていない。だが、星桜が手を近づかせると、灯る炎が揺らぎ始めた。
星桜の手が、炎に添えた瞬間――……
────シュッ
「あ、あれ??」
赤く灯っていたはずの炎は何故か、自然と消えてしまった。
「だから言ったでしょ。消えちゃうからってさ」
星桜の反応を楽しむように、逢花は笑顔で言う。
「え、でもなんで? 翔月、風起こした?」
「なんで俺を疑う。そんなことするわけないだろ」
「だよね。なら、どうしてだろう」
星桜と翔月が炎の消えた蝋燭を見ていると、逢花が付け足すように説明する。
「この蝋燭は特別性で、精神力が込められた修行専用の蝋燭なの」
「修行専用?」
「そうそう。その蝋燭は精神力を込めた炎でしか灯すことが出来ず、精神力でしか消せない。今回は弥幸お兄ちゃんが付けて、星桜さんが消した」
ふむふむと聞き漏らしがないように、星桜は真剣に聞く。
「精神力はね、肉眼では見えないからわからないんだけど、人間の身体に纏っているんだよ。だから、その纏っている精神力で、今回の炎は消えてしまった」
星桜は逢花の説明をしっかりと聞いていたが、それでもピンと来なく眉間に皺を寄せていた。
それは翔月も同じで、顎に手を当て考え込んでいる。
「…………精神力を風と考えてみて。この蝋燭にとって僕達全員、手に扇風機を持っている状態。その扇風機からは常時風が送り込まれているんだよ。そんな状態で炎に触れようとしたら、そりゃ消えるよね」
弥幸の補足でやっと理解でき、二人は手を打ち納得した。
「今回するのは、手に持っている扇風機の風をコントロールして、蝋燭に灯している炎を消さないようにする」
言い切ると、弥幸は口を閉じてしまった。
その後はまた、逢花が細かく説明を続ける。
「精神力をコントロールするってことは、精神を安定させること。何時でも冷静で、取り乱さない。これが最低条件だよ。私の場合、精神力をコントロールする際は、頭の中に炎を浮かべるの」
「炎?」
「そう。今にも消えそうなほど小さな炎。その炎を揺らさないように集中する。そうすれば精神力もコントロール出来て、神力を使えたんだ。弥幸お兄ちゃんからのアドバイスだったんだよ!」
ニコニコと笑いながら弥幸の方を向くが、彼は欠伸を零し涙を拭くだけ。聞いているのかすら分からない。
「ふふっ。まぁ、一番大事なのは集中することと取り乱さないこと。さぁ、落ち着いてやってみよう!」
逢花が手を叩きながら言い、弥幸がまた蝋燭に炎を灯した。
星桜は深呼吸をして気合を入れ直し、蝋燭に左手を近づかせた。