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第22話 「好きなんだろ」

 星桜は何かを感じ目を開け、不安げに揺れる瞳で弥幸を見た。


 先程まで動かなかった弥幸が、肩をピクっと動かし、顔をゆっくりと上げる。そして、妖傀の左胸に突き刺していた手を、ゆっくりと引き抜いた。


 握られている拳の隙間からは、白い光が洩れている。

 弥幸は、手に持っているものを握ったまま腕を下ろし、ポケットからメモの貼ってある空の小瓶を、空いている手で取り出した。


 蓋を開け、握っている物を中へと入れる。すると、小瓶に入るのと同時に黒い液体へと切り替わり、輝いていた光が無くなった。


「あんたの恨みは、頂いた」


 胸元で小瓶を握り、弥幸は優しげな声で呟く。


 妖傀は自身を動かしていた根源がなくなり、スッキリとした表情を浮かべた。

 そのまま灰となり、風に吹かれ舞い上がる。


 星桜の左胸に刺さっていた釘がカランと地面へと落ちた。

 釘には少しだけヒビが入っており、もう少し長く刺さっていたら壊れていたであろう。


「終わった……の?」


 不安げに弥幸へ問いかけると、彼は二人の方に振り向き小さく頷いた。


 その反応に星桜と逢花はお互い喜び声を上げ、ハイタッチ。体全体で喜びを表現した。


「やった!!! これで終わったんだね!!」


 星桜の反応に、弥幸は顔を俯かせる。それに対し、彼女は首を傾げた。

 すると、妖傀に取り込まれていた翔月が灰となった妖傀から姿を現し、地面へとうつ伏せに倒れる。


 数秒後。呻き声を上げながら、翔月は体を起こし始めた。


「っ、翔月!!」


 星桜は弥幸の反応が少し気になったものの、翔月の方が心配で、弥幸の隣を通り過ぎ彼の元へと走る。


 逢花はゆっくりと歩き、無表情で立っている弥幸の隣に移動した。


「まだ、何か気になるの?」

「うん。あと一つ、大きな恨みが残ってるみたいだからね。彼の他に──……」


 小瓶を握り、空を見上げる弥幸。仮面から覗き見えるその瞳は、月明かりに照らされ、赤く輝く。


「そっか、最後までやりきるの?」

「当たり前。ここまで来たら、もう一押しだからね」


 言うと、彼は小瓶をポケットへと入れ星桜達に近付く。逢花も弥幸の後ろをついて行った。


「いてて……。何が起きたんだ」


 翔月が頭を抱え、上半身をゆっくりと起こしながら周りを見る。

 現状を理解しようとするが、周りは森で、三人に見下ろされているのみ。

 さすがにこれだけでは、把握できず目を丸くした。


「翔月、大丈夫?」


 星桜が不安そうに翔月に手を伸ばすが、彼は咄嗟にその手から微かに逃げる。

 翔月の反応に眉を下げる星桜だったが、気を取り直し伸ばした手を引っ込め、眉を下げながらも笑みを浮かべた。


「痛いところはない? 怪我とかしてないかな」

「大丈夫、だけど……」

「そっか。なら、良かった」


 胸をなで下ろした息を吐く星桜に翔月は、少し気まずそうに顔を逸らす。

 その先には、弥幸が平然とした表情で立っていた。


「あんた、何者なんだ」

「我の名前を聞いているのか? それなら答える。我の名は──」


 そこまで口にして、弥幸はなぜか途中で言葉を止めてしまった。

 その事に逢花含め、三人が不思議そうに首を傾げた。


 答えると言っておいて、その後の言葉が繋がらない。

 疑問を感じた三人は、顔を見合せたあと、星桜が代表するように弥幸に近付き、確認するように問いかけた。


「えっと、どうしたの────えっ? あ、あああ、ぁぁああああ赤鬼くぅぅぅうううんんんん?!?!?!」

「あ、倒れちゃった」

「な、何があったんだ!? おい、救急車!!!」


 星桜が手を伸ばした時、弥幸の体が前に傾き、パタンと倒れてしまった。


 なぜいきなり倒れてしまったのか理解出来ず、星桜は甲高い叫び声を上げた。

 翔月もスマホを取り出し救急車を呼ぼうとする。だが、それを逢花がスマホを取り上げ止めた。


 弥幸を近くで見ると、死んでしまったのかと思ってしまう程肌が白く、狐面を取ると目は閉ざされており、深紅の瞳が隠されていた。


 逢花が翔月から奪い取ったスマホを返し、倒れている弥幸の隣にしゃがむ。

 口元に手を持って行くと、息がかかるため死んではいない。


「多分、星桜さんの精神力を利用しても足りなかったんだと思う」

「えっ、足りなかった?」

「うん。まだ貴方が慣れていないから、うまく精神力を送れなかったのと、今回の恨みは大きかったし、だいぶ膨らんでいた。だから、浄化をするのも相当精神力を使ったと思うの。正直、ここまで立っていられたのは初めてよ。いつもは、抜き取った瞬間に倒れてるし」


 思い出したかのように、逢花は説明する。

 聞きながら、二人は地面に倒れ込み動かなくなった弥幸を星桜は心配そうに見下ろした。


「なぁ、俺、今の説明じゃ全く分かんないんだが。ひとまず、こいつは大丈夫なんだよな?」

「大丈夫だよ、命に別状はないから。それより、お兄ちゃんのことは私に任せて。貴方達のことも必ず上までは送る。でも、上に送った後は自力で帰ってくれると嬉しいな。今回の後始末は、お兄ちゃんを自宅まで送り届けることだからさ」


 逢花は笑顔で二人に伝えた後、一人ずつ崖の上まで送った。


 一人ずつとはいえ、自身より大きな兄を簡単に背負うだけではなく、崖を登ることができる逢花を見て、二人は圧巻の表情を浮かべた。


 三人を上まで送ったが、一つも息を切らさず逢花は「またね」と口にし、背中に背負われている弥幸と共に姿を消す。まるで、ワープでもしたかのように忽然と姿を消したため、二人は顔を見合わすことしか出来なかった。


「あ。え、えっと。翔月。私、翔月になにかしたのかな」


 今の空気を変えるように、星桜は早口で問いかけた。

 すぐに言葉の意味を理解出来ず、翔月は聞き返す。


「っえ。な、なんで?」

「あかぎっ──こほん。えっと、狐面の男は人の負の感情が具現化した化け物、通称妖傀ようかいを斬っているんだって。そして、その化け物は今回、翔月から現れていたの。妖傀が狙うのは恨みの対象。つまり、恨みを向けられている人なんだって」


 簡単に説明をした星桜に、翔月は驚き口元を抑える。


「今回、私は三回狙われた。だから、確実に私が翔月に恨まれてるってことなんだと思うんだけど、違うかな」


 最後に不安そうに問いかけ、口を閉ざした。

 翔月は目を逸らし、何も言わない。


 星桜は、翔月を見続けていたが答えようとしない彼に、どういえばいいのか考える。

 諦める気はない。どうすれば答えてくれるかを考えた。


 そんな星桜の心境を察したのか、翔月は頭をガシガシを掻き、手幹を吐いた。


「わかったよ。でも、これから俺が言う言葉は深く考えるな、気にするな。わかったな?」

「わ、わかった。多分……」


 星桜の曖昧な反応を見て、翔月は眉を下げ困ったような笑みを浮かべる。だが、すぐに切りかえ、話し出した。


「俺は、星桜が俺の気持ちに全く気付いてないことに勝手に苛立ち、憎しみを抱き、無意識にお前をここまで恨んでしまっていた」


 意を決したようにゆっくりと言葉を繋げる。

 星桜は聞き漏らしがないように相槌を打ちながら、耳を傾けた。


「星桜、俺はお前がずっと好きだった。昔から、ずっと。でも、それを伝える勇気が俺にはなくて、いつも逃げてた。そして、逃げた結果がこれだ。大事な奴を傷つけるなんて……。最低だよな」


 目を伏せ、悲しげに苦笑いを浮かべる翔月に、星桜は目を開き驚きの表情を浮かべた。


「本当にすまなかった。俺はとんでもないことをしてしまった。本当にごめん!!」


 翔月は腰を折り、深々と頭を下げながら謝罪した。

 頭を下げられた星桜は、驚きと焦りで何も言えず固まる。


 何も言わない星桜に、翔月は頭を下げ続けた。


「翔月、ありがとう。でも、ごめんなさい。今まで貴方の気持ちに気付いてあげられなかったことについても、気持ちに答えられないことも──本当にごめんなさい!」


 次は星桜が深々と勢いよく顔を下げ、謝罪を口にする。


 翔月はその姿を見ると、最初は目を細め悲しげな顔を浮かべ見下ろしていたが、すぐに口元に笑みを滲ませ、ある人の名前を口にした。


「お前、赤鬼弥幸のこと──好きなんだろ」


 翔月の寂しげなその声に、星桜は目を見開き顔を上げた。

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