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第20話 「出来たらしいね」

「俺は何も悪くない!! 気づかないあいつが悪い!!」

「気付かせようとしていたのはわかった。でも、それは君が君自身の逃げ道を作っているからじゃない? それだと、本気の想いは伝わらない」

「黙れ!!!!」


 先程より激しく叫ぶ。翔月の背後から黒い霧が現れ、彼を包み込む。

 同時に突風が弥幸を襲い、後ろへ吹き飛ばそうとした。


 足に力を込め、何とか吹き飛ばされないよう耐える。

 顔を腕で隠し、隙間から翔月の動きを覗き見た。


「俺は、俺は悪くない!! おれは──おえは、しおんを!!!!』


 翔月の声がどんどん低く、重くなる。


「────来た」


 翔月の口調が途中で変わり、黒い霧が彼の肌に纏わりつき黒く染まる。

 体が徐々に大きくなり、体長二メートル越えに。

 二本だったはずの腕は、両脇から一本ずつ生え四本になった。


 地面を”ダンッ”と踏み、目の前に立つ弥幸へと一歩、近づいた。


『おえのしおんを、かえせぇぇぇぇぇぇえええ!!!』


 翔月は、今まで星桜を襲っていた妖傀化け物の姿へと、変貌した。

 弥幸は、目の前に現れた妖傀を目にし、腰に付けていた狐面を顔に付けた。


「忌まわしき想いの結晶よ。我ら赤鬼家の名のもとに、今ここで奪い取る」


 流れるように御札をポケットから取りだした、


『かえせぇぇぇぇぇぇえええ!!!』


 弥幸を敵と判断した妖傀は、四本の腕を左右に広げ、地面を揺らしながら大きな音を立て襲いかかった。


 ※


「な、に、あれ……」


 星桜は、橋の上から弥幸達を見ていた。


 草木が邪魔をして視界は悪いが、それでも今、翔月がどうなってしまったかは分かる。


 声も聞き取りにくく、どのような会話をしていたのか星桜には分からない。だからこそ困惑し、力なく柵に手を付きながら崩れ落ちた。


「翔月、なんで……?」


 今までも弥幸から説明を受けていた。

 知ってはいたが、そうだとしても現実が目の前で繰り広げられ、翔月の家についた時よりはるかに心へダメージを受けた。


 未だ信じられない星桜は顔を俯かせ、目に涙の膜を張る。

 体が震え、恐怖や困惑といった感情が心を占めた。


 その時、頭の中に弥幸の言葉が響き、現実へと引き戻された。


「優しさが、恨みに……。翔月は、私に何かを言いたかったってこと? でも、翔月は優しいから、私にそれを言ってしまえば、私が困ると考えた、とかかな……」


 今までの弥幸の説明を思い出し、星桜は唇を噛む。

 零れ落ちそうな涙を拭い、眉を吊り上げ立ち上がった。


 崖下を再度見て、今まで受けた説明を復唱する。


「確か、私は精神の核って言うものを持っているはず。赤鬼君のような人達にとって喉から手が出るほど欲しいっていう代物って言っていたな」


 なんとか、今までの説明をかみ砕き、自分で納得のできる答えを導き出す。


「赤鬼君は妖傀を退治している。なら、精神の核は妖傀にとって嫌なものなんじゃ──」


 星桜が思考を巡らせていると、隣から息を切らした逢花が走ってきていた。

 肩を上下に動かし、服はセーラーのまま。今までの戦闘用ではなく、普通の中学生の姿だ。


「逢花ちゃん?!」

「星桜さん、弥幸お兄ちゃんは?」


 逢花は息を切らしながら、星桜に質問を問いかける。

 問いに対して答えるため、星桜は崖の下へと視線を送った。


 慌てて星桜の隣に移動し、下を見る。目を細め、木の隙間から見た現状を理解した逢花は眉を顰め、乗り出した体を戻した。


「やっぱり、弥幸お兄ちゃんは妖傀を浄化しようとしているんだ」

「浄化? どういうこと?」


 今までいろんな話を弥幸から聞いて来たが、今回の”浄化”については聞き覚えはない。

 逢花は星桜を横目で見た後、再度崖下に目線を向け、説明した。


「私達がやっているのは、恨みの具現化である妖傀を退治すること。三回倒せば妖傀は現れなくなる。でも、妖傀が現れなくなると言っても、恨みが消えるわけじゃないの。そのまま恨みを持ち続けてしまえば、その人は、人の道を外してしまう可能性があるわ」

「人の道を外すって、犯罪に手を染めたりとか?」

「それだけならまだ可愛いものよ。。簡単に言えば、心も体も妖傀になってしまうの。そうなれば、私達はもちろん、その人を退治殺すするしかないわ」


 過去を思い出し、泣いているような瞳を浮かべる逢花。だが、声には感情が乗っておらず、淡々としている。

 手は、何かを我慢するように柵を強く握られていた。


「それで、浄化って?」

「浄化は、恨みの根源から浄化するってこと。それはつまり、相手の心に語り掛け、恨みを取り除くの」

「そんなこと、出来るの?」

「私には無理。というか、それが出来るのは弥幸お兄ちゃんだけだと思う。膨大な精神力を使うから、弥幸お兄ちゃんのように人より精神力が多い人でも一回が限度。それなのに、成功確率は五分五分。やり方は知っていると思うけど、やろうとする人はいないはずよ」


「それだけ危険なことなの」と、最後に付けたし話が終わる。

 星桜は説明を受け、逢花と同じように崖下を見た。


「もしかして、私を呼んだ理由って──」


 星桜が呟くと、逢花は不思議そうに目を向ける。

 それと同時に星桜は勢いよく顔を上げ、乗り出すように逢花に懇願した。


「お願い。私を赤鬼君──ナナシさんの所に連れて行って!!!」


 ※


 崖の下では、今までの戦闘とは比べ物にならない攻防が繰り広げられていた。


 弥幸は、刀と共に炎の狐、炎狐えんこを出しており、息を合わせ攻撃を繰り出している。


「――――くそっ、キリがないな」


 汗を流し、息を切らしながら弥幸はボヤく。


 先程から妖傀は、弥幸に拳を振るう。それを、彼は炎の渦を纏わせている刀で防ぎ続けていた。


 繰り出される腕を何度も何度も切り落としているのだが、すぐに再生して意味はない。今では四本だったはずの腕は、斬り落としているのにも関わらず十本近くまで増えていた。


 弥幸の隣で炎狐も口から炎を吹き燃やそうとするが、それは複数ある腕によって防がれる。


 炎狐に気を取られている今なら、と。

 弥幸が地面を蹴り、一瞬で妖傀の後ろへ移動。右手に持っている刀を左側へと寄せ、薙ぎ払うよう妖傀の足を狙った。


 ガキンッ


「っ、かった…………。腕で防ぐという事は、足はそこまでの強度はないのか?」


 簡単に、二本の腕で防がれた。

 腕が体の側面全体から生えているため、どこから攻撃されても届いてしまう。


 すぐ後ろに下がり、反動で痺れた腕を見る。その時、ギギギッと妖傀は真後ろに顔を向け、ニヤァと気持ち悪い笑みを浮かべた。


 口角が上がり、黒い歯を見せながら二本の腕を上げ、手を組む。

 そのまま関節など関係なく、弥幸の頭目掛けて振り下ろした。


「っ、ち!」


 地面を蹴り、後ろに跳び回避。右手の親指と人差し指で丸を作り、自身の口元へと持っていく。


 思いっきり息を吸い込み、円の中へ吹く。すると、それはただの息ではなく、妖傀を燃やし尽くす赤い炎だった。


 迫ってくる炎を目にし、体を振り向かせた。

 口を大きく開いたかと思えば、炎をすべて吸い込んだ。


「っ、うっそ……え」


 吸い込まれたことに気を取られてしまい、妖傀が炎を弥幸に向けて放ったことに瞬時に体が動かなかった。


 もろに食らい、後ろへと吹っ飛ばされる。


「がっ!!」


 木に背中をぶつけてしまったことにより、咳き込み、地面に倒れ込む。

 立ち上がろうと両手に力を込めるが、妖傀が弥幸の体勢が整うのを待ってくれるはずはなく、四本の腕を伸ばした。


 それを横目、弥幸は炎狐を引き寄せ自身の服を噛ませその場から回避させる。

 体を半回転させ地面に着地、伸ばされた腕が木を粉砕した。


『おえのしおんだぁぁぁぁああああ!!!』


 口を大きく開け、今度は空気を揺らす超音波を繰り出した。


 炎狐の体は徐々に大きくなり、ライオン程までになった。

 弥幸は、目の前まで来た炎狐に飛び乗る。


 空中を駆け回りながら、弥幸は超音波をかき消すように口から炎を吹き出した。

 お互いの技がぶつかり合い、大きな爆発が起き周囲に爆風が吹き荒れる。


「くそっ、これ以上神力を使わせないでよ。精神力が無くなるじゃん……」


 炎狐が空へと駆け上がったため、弥幸に直接爆風は当たらなかった。

 面倒くさそうに舌打ちをし、苦虫を潰したような顔を浮かべる。


 煙が晴れてきて妖傀の姿を確認することが出来たが、その姿を見てさらに深く眉間に皺を寄せた。


「やっぱり無傷みたいだね。硬すぎでしょ」


 妖傀には、一切傷がついていない。

 空中を駆け回る弥幸を見上げ続けた。


『おえの、おえのしおん』


 苦しげに呟く妖傀。涎を垂らし、空中を駆け回る弥幸を目線だけで追う。


 妖傀を見下ろし、次に備えていた弥幸だったが、空気の揺れを上から感じ目線を向けた。


「――――準備、出来たらしいね」


 薄く笑みを浮かべ、弥幸は地面に降り立つ。


 弥幸の目線の先には、セーラー服のスカートをめくれないように気をつけながら抑えている逢花と、彼女の両肩を掴み、後ろに一つで結んでいる髪を翻しながら、決意を固めた星桜の姿があった。


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