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第12話 「幽霊?」

 弥幸は無言で校舎を出て、住宅地を無言で歩く。それを、星桜は後ろからついて行く。


 何を考えているのかわからない弥幸に質問すら投げられない星桜は、気まずそうに顔を下げていた。

 途中、弥幸は前触れなく立ち止まり振り返る。そのことに星桜は突っかかるように足を止め、弥幸を見返した。


「ど、どうしたの赤鬼君」

「僕は――てないからね」

「ん? ごめん、上手く聞き取れ─―……」


 星桜が再度問いかけようとしたが、弥幸がいきなり近づき顔を寄せたため、言葉を繋げることが出来なかった。


 今はマスクを顎まで下げており、いつもは隠れている綺麗な顔が半分見えている状態。そんな弥幸がいきなり近付いてきたのだ、驚くのも無理はない。


 意識的にでは無いが、星桜は顔を高揚させてしまい目を逸らした。だが、そのことを一切気にせず、彼は顔を近づかせたまま口を開いた。


「僕は、君のこと狙って無いからね」

「────ん?」


 弥幸は近付かせてた顔を離し、言い訳がましい言葉をつらつらと述べ始めた。


「大体、僕は人と関わるのが何よりも嫌いなんだよ、めんどくさいし。だから、本来はこんなことだってしたくない。でも、今回は事前に事情を知ってしまったから仕方なくやっているだけ。決して僕が君に近付きたいとか、好きだというめんどくさい恋心持っているわけではないから。勘違いしないでね、アバズレ女」


 鼻を鳴らし、腕を組み言い切る弥幸は、そのまま方向転換し再度道を歩みを進める。


 最初は何が起きたのか理解出来ていない星桜だったが、徐々に言葉の意味を理解でき、顔を赤くし大きな声で怒鳴った。


「アバズレ女じゃないからぁぁぁああ!!」


 ※


 星桜は弥幸の後ろを静かに付いて行く。

 その表情はまだ怒っているようで頬を膨らませていた。だが、弥幸は全く気にする様子を見せない。


 周りは徐々に人通りがなくなり、静かになる。

 雲がどんどん太陽を隠し、辺りを暗くしていく。風が吹き、星桜の髪を揺らしていた。


 弥幸について行くと、どんどん住宅地が離れていく。心細くなり、恐る恐る星桜は弥幸に声をかけた。


「赤鬼君、どこに向かってるの?」

「家に向かってる」

「家って、赤鬼君の?」

「じゃなかったら誰の家に向かってるのさ。僕は君の家なんて知らないし、知ってたとしても今行く必要性はないよ」


 一つの質問に倍の回答が返ってくる。

 呆れ顔を浮かべた星桜だが、周りの景色でどこに向かているのか察する事が出来た。


「この先って、確か紅城神社あかぎじんじゃじゃないの? 家なんてあったっけ?」


 紅城神社は、恋愛について詳しい神社で有名。合格祈願や交通安全なども扱っているが、参拝者がここを訪れるのに一番多い理由は恋愛関係だった。だが、それも昔の話。


 今では参拝者などいなく、寂れた神社となっていた。


「ここ、もう誰も来てないのかなぁ」


 赤いはずの鳥居は錆びており、黒ずんでいる。

 星桜はそんな黒く錆びてしまった鳥居の前で立ち止まり、悲しげな顔を浮かべた。そんな彼女の隣を、弥幸は当たり前のように通り過ぎ神社へと入っていく。


「あ、ちょ、赤鬼君!! 勝手に入ったら駄目だよ。ここ、もう人いないでしょ?」

「自分の家に勝手に入ったら駄目なのか、君の家は。めんどくさい家庭だね」

「いや、私の家は至ってふつ──え?」


 弥幸は、平然と星桜の言葉に返していたが、彼女は思わず聞き返した。


「えっと、ここ神社だよ? もしかして赤鬼君って野宿……」

「君は僕をなんだと思ってるの。普通に考えて、ここが僕の家なんだと考えつかない?」


 鳥居の奥にある寺社を見る。


「え?」


 視線を送った寺社は、到底人が住んでいるようには見えない。

 壁画や柱はボロボロで、蜘蛛の巣が張られている。所々黒ずんでおり、不気味な雰囲気。まるで、心霊スポット。


「赤鬼君って、幽霊?」

「とりあえず、君が失礼な事しか考えてないことはわかった」


 弥幸が屋敷の中へと入るため、寂れている道を迷いなく進む。

 風が吹くと、落ち葉が舞い上がり星桜の足にすり寄り、葉がほとんど残っていない木がカサカサと音を鳴らした。


 寺社に近付き、大きな扉を横にスライドし開ける。

 星桜は戸惑いつつも弥幸の後ろを付いて行き、中を見た。


「え、なにこれ」


 外装は古く、不気味なため中も同じようにぼろぼろだと思っていた。

 だが、星桜の目に映った光景は、予想外過ぎる物だった。


 中はフローリングで、広い廊下が左右に広がっている。壁側には靴箱、上には花瓶が置かれていた。


 無駄なものは一切なく、他には灯篭が置かれているのみ。

 外装を見ただけでは予想すらできない内装に、玄関から星桜は動けない。


 星桜が外と中の違いに惚けていると、突然弥幸の名前を呼ぶ女性の声が廊下の方から聞こえた。


「弥幸様、お帰りなさいませ」

「んっ」


 廊下から着物を着た一人の女性が、優しい微笑みを浮かべながら弥幸に近付き手を差し出す。何も言わず、弥幸は鞄を渡しそのまま右奥の部屋へと行ってしまった。


 残されたのは現状を理解出来ていない星桜と、弥幸の鞄を片手に持ち去って行く彼の背中を見届けている女性のみ。


 星桜はどうすればいいのかわからず、女性をちらちらと見てしまう。だが、目が合いそうになると、気まずくなり顔を逸らす。

 女性はあたふたしている星桜を見て優しく微笑み、柔らかな口調で話しかけた。


「貴方は、弥幸様のご友人でしょうか?」

「へっ、は、はい」


 いきなり声を掛けられ、星桜は挙動不審になりながらも答えた。


「でしたら、もう赤鬼家についてはご存知で?」

「あ、はい。少しだけ聞いています。ですが、詳しくはまだ……」


 女性の言う”赤鬼家について”は、弥幸が話していた仕事についてだろうと思い、頷いた。


「そうですか。でしたら、これからも弥幸様をよろしくお願いします」


 女性は深々と頭を下げる。その様子に、星桜は「い、いえいえ!!」と慌てて顔をあげさせた。


「あ、そういえば。なんで、赤鬼君はいきなり家に──」


 疑問を呟くと、弥幸が去って行った方からぺたぺたと足音が聞こえ始めた。

 廊下の方を見ると、狐面はしていないが、一昨日の真夜中に見た人物。夜狐の姿をした弥幸が姿を現した。


「それ、夜狐さんの衣装……」

「だから、そんなダサい呼び方はやめくれない? 僕までダサくなる」


 文句を言い放つと、弥幸は不機嫌丸出しで寺社を出て行ってしまった。

 星桜も慌てて女性に一礼したあと「待ってよ〜」と情けない声を出しながら追いかける。


 残された女性は弥幸の鞄を大事そうに抱え、笑顔で手を振りながら送りだした。


「どうか、ご無事で」


 祈るように呟き、女性は奥の部屋へと姿を消した。

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