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第10話 「倒すべき敵」

 手を引っ張られながら、星桜は弥幸に付いていく。


 無言のままに歩いていると、他祖り着いた先は屋上。

 弥幸は、重い扉を開け、外へと出た。


 陽光が重い雰囲気を纏っている二人を照らし、思わず星桜は目を細めた。

 今は朝なので一人も先約はおらず、ゆっくりと話が出来る。


 弥幸はそのまま屋上の柵まで進み、やっと星桜を掴んでいた手を離した。

 チラッと振り向き、星桜を確認する。


 手を離された彼女は、俯いたままで動こうともしない。


「君、もっと人間味がないと思ってたけど、しっかりと怒りの感情はあるんだね」

「っ。さ、さすがにあるよ。私だって、人間だもん」

「そうなんだ。まぁ、そりゃそうだよね」

「って、やっぱりその声……」


 星桜は俯かせていた顔を上げる。それに合わせるように弥幸は被っていたフードを取り、マスクを顎まで下げた。

 彼の素顔を見た星桜は思わず見惚れてしまい、言葉を失う。


 その辺のモデルより遥かにかっこよく美しい顔立ち。儚さも兼ね備えており、触れてしまうと消えてしまうかもしれないと錯覚する。


 陽光に照らされている銀髪に、真紅の瞳。あまり外に出歩かないのか、肌は一般の人よりやや白い。


 星桜は目を離さず、見続けてしまう。

 その視線を鬱陶しく感じ、弥幸は眉を顰め「きもちわる」と言って顔を背けてしまった。


「酷い!!」

「ケッ」


 弥幸から発せられる言葉は見た目からは想像出来ない毒舌。なんとか我を取り戻し、星桜は頬を膨らませ反論をした。


「……もう。えっと、赤鬼君ってやっぱり夜狐やっこさんなの?」

「なに、そのダサいネーミング」

「噂になってるよ。夜闇を駆け回る狐、夜狐さん」


 弥幸は再度、星桜の方を振り向きげんなりとした表情を浮かべた。


「ねぇ、夜狐さんって、赤鬼君だよね?」

「だったら?」

「え?」


 弥幸が思っていた以上に早く認めてしまい、星桜は思わず聞き返す。


「えっ、じゃないよ。だったら何? つーか、そのダサい名前で呼ばないで。僕までダサくなる」

「いやいや、赤鬼君をダサくする魔法があるなら気になるよ。それより、"僕"?。"我"じゃなくて?」

「"我"と言う時は、仕事をしている時だけだよ。気持ちを切り替えるために一人称を変えてるの。今は男子高校生だから、普通に僕だよ。それに、普段からその一人称だったら変に浮くじゃん。嫌だよ、目立ちたくない」


 乱雑に説明をした弥幸だったが、星桜の疑問は消えず「仕事?」と首を傾げた。


「僕達赤鬼家は、代々特別な力を受け継いでいるんだ。その力は神力しんりょく。"神"に"力"と書いて、神力」

「神力?」

「その神力を使い、一昨日のような化け物、妖傀ようかいを斬る。こっちは、"妖"と"くぐつ"と書いて妖傀だ」


 淡々と説明をする弥幸。彼の説明は分かりやすく、星桜は素直に頷きながら聞いていた。


 あまりに現実味のない話なのだが、星桜は一度その妖傀に襲われている。

 疑うなんて事は一切なかった。


「妖傀とは、人の負の感情が具現化されたもの。恨みを持ち、その対象を殺しに徘徊する。生霊いきりょうに近い存在だ」

「それが、一昨日現れた腕が四本の化け物?」

「そうだよ。どうしてあんな化け物が生まれたのか、なぜ人間の負の感情が具現化してしまうのか。まだ買い目絵されていない、謎が多い化け物なんだ。だから、完全に倒しきれない。被害を最小限に抑えるしか今は手を打てないんだ」


 表情は変わらないが、口調がほんの少しだけぶれる。冷静さが欠け、感情的な口調に一瞬だけなった。

 星桜は微かな口調の変化に気づき、眉を下げ彼の名前を呼ぶ。


「赤鬼君?」

「――――とりあえず、君は知らぬうちに恨みを買っているということだよ。僕が昨日斬ったのはに過ぎない。そして、今晩も君の目の前に現れる」


 元通り、感情の込められない淡々とした口調に戻る弥幸から発せられた言葉により、星桜は顔を青くし目を見開いた。

 一昨日の恐怖が脳内を駆け回り、体を震わせる。


「…………はぁ、安心しなよ」

「えっ」

「言ったでしょ。妖傀を斬るのが、僕達赤鬼家の仕事。君を襲っているのは、誰かの負の感情が具現化された妖傀。なら、僕がその妖傀を斬って、君を守る」


 無表情で言い放たれた言葉。その言葉だけで星桜の心を占めていた恐怖は薄くなり、吹いている風と共に無くなった。


「とりあえず、一昨日の人物に会いに行くぞ」

「一昨日……。もしかして、凛?」


 星桜は凛の名前を口にし、顔を沈ませる。


「いや、そいつじゃない」

「えっ、それじゃ、誰?」


 星桜が質問しようとした時、弥幸がゆっくりと近付く。すれ違いざまに、彼女の耳元でそっと囁いた。


「────だ」


 弥幸の出した名前は星桜にとって聞き覚えがありすぎて、逆に信じられず驚愕するしか無かった。


 ※


 屋上の扉の影、一人の男子生徒が二人の様子を覗き見る。


「星桜は、俺の──」


 小さく呟いた男子生徒は、下唇を噛み、拳を強く握る。

 充血している目からは怒りの感情しか感じ取れず、黒く渦巻くオーラを身にまといながら、歯を食いしばりその場を後にした。

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