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第9話 「ついてこい」

 次の日、星桜は怪我をしてしまったので学校を休んだ。


 右手にはギブスが巻かれ、痛み止めがなければまだ痛み、家で安静としていた。

 そんな星桜は、痛み止めが効いている今、ベッドの上で横になり天井を眺めた。


「――――どうして凛は、私を突き落としたんだろう」


 落ち着きがなく、右腕に気をつけながら何度も寝返りを打つ。


「明日、直接凛に聞いてみようかな」


 不安げに瞳を揺らし、自身のギブスに目を移し、一撫でした。


 思い浮かぶは、昨日の出来事。あの時の凛は、わざと星桜を崖に近付かせ、乗り出したタイミングで背中を押し落下させていた。


 底が見えないほどの高さはあった崖。そんな所から落ちてしまえば死んでいた可能性だってある。

 今回はたまたま木や葉っぱがクッションとなり衝撃を和らげ、化け物に襲われた時には謎の狐面の男が助けてくれたから生き長らえただけ。


 "もしも"を考えてしまい、怖くなる星桜はベットのシーツを握る。体を丸め、歯を食いしばった。


「酷い」


 憎しみの言葉が、締まった喉からこぼれ落ちる。

 思い出せば思い出すほど、あの時の凛の顔が怖く、それでいて憎く感じる。


「どうして、私は何もしてないのに……」


 か細く、悲しげに呟く。一筋の涙が頬を伝い、シーツに落ちた。

 涙をゴシゴシと拭き、誤魔化すように仰向けになり瞳を閉じる。


 何も発することはせず、ただ静かに時間を過ごすと、少しずつ落ち着きを取り戻した。


 考えても仕方がないと、星桜は部屋から出て、残りの時間は家族と共に過ごした。


 ※


 次の日の朝、制服に着換えるのに時間がかかりつつも、無事学校に登校出来た。


 廊下を進み、教室のドアを開ける。

 中にいたクラスメートは、ドアを開けた主を確認するべく顔を向けた。


 彼女の姿を確認すると、数人が心配そうに駆け寄り、声をかけた。

 対して星桜は、いつもの笑顔で対応している。だが、目だけは何かを探しているように、至る所へと泳がしていた。


 すると、一つの場所で泳がしていた目を止める。

 その目線の先には、顔を青くして目を見開き、星桜を凝視している凛の姿。


「な、なんで。あんたが、生きて……」


 凛は体を震わせ、疑問が口から出る。だが、そんなの関係なしに、星桜は自分を心配してくれている人達をかけ分け彼女へと近付いた。


 正面まで移動し、立ち止まる。


「星桜、なんであんたがここに──」



 ────バチンッ!!!



 凛が話し出そうとした時、乾いた音が教室内に響いた。

 周りの人は、いきなりの音と星桜の行動に頭が追いつかず、驚きで固まる。


 周りの空気など気にせず星桜は凛を睨み、右側に放った左手を、ゆっくりと下げた。


 凛は何が起きたのか分からず、赤くなった頬を触り、ゆっくりと星桜の方に向き直す。


 ジンジンと痛む頬で、ようやく平手打ちを喰らったんだと理解した凛は、顔を赤くし怒り出した。


「何をするのよ、痛いじゃない!!!」

「そりゃ、痛いよね。でも、私はもっと痛かった。体だけじゃない、心も、痛かった」


 沈痛の面持ちで言い放たれた星桜からの言葉に、凛は何かを言い返そうと口を開く。だが、彼女の表情を見ると、何も発することが出来ず口を閉ざしてしまった。


 今の星桜の表情は悲しげで、苦しそうに歪められている。

 瞳は揺らぎ、今にも泣き出しそうな顔を浮かべ、目を離さずに凛を見続けている。

 そんな視線に耐えられなくなった凛は、舌打ちをしながら顔を逸らした。


「なによ。なんであんたに、そんな顔されなきゃいけないの。そもそも、あんたが悪いんだよ」

「私が悪い? 何が?」

「そうやって、なにもかも分からないフリをしてさ!! 本当はわかってんじゃないの?! 私の気持ちが! 分かってるからこそそうやって馬鹿にしてんでしょ!!」


 心に押え込めていた思いが、先程の星桜から放たれた平手打ちにより弾け、大きな声で叫びながら怒鳴りつけた。

 周りの人達はなにがなんだかわからない様子で、止めたくても凛の迫力で口を出せない。


「り、凛?」


 さっきまで悲しげな表情を浮かべていた星桜だったが、凛の豹変っぶりに驚き目を見開く。


「あんたが悪い!! 私は何も悪くない。あんたが周りの人の物を奪うからそうなるんだよ!! だから、たまには奪われた方の気持ちも感じた方がいいんじゃないの!? 今回は学習できて良かったじゃん!!」


 口角を上げ、嘲笑いながら凛は全てを吐き出すように叫び散らす。だが、眉は下がり、目には涙の膜が張られている。


 星桜は何度も口を挟もうとしたが、それを全て凛が遮り、言葉を伝えることが出来ない。


「っ!! そ、そんなの、ただの自分勝手な解釈じゃん!!」


 だが、言われるがままも癪に触り、我慢の限界に達した星桜は、凛に負けないくらいの声量で叫び返す。

 教室内は、二人の叫び声に包まれ、誰も止められない。


「私は何も知らない! 何も奪ってない!! 貴方が勝手に思い込んでるだけじゃない!!」

「私が悪いって言うの!? 奪われた私が全て悪いとでも言うの!?」

「そうやって被害者面するのもやめてくれない!? 私は何も奪ってないし、あんなことされる筋合いもない!! 私はあんたに殺されそうになったんだよ!?」

「あんたこそ被害妄想すぎるんじゃないの?! あんな高さから落ちたところで人間は死なないのよ!! だったら、もう一度落としてやろうか!!」


 凛の最後の言葉に対し、星桜の中にある糸がプチンと音を立てて切れた。

 目を充血させ、興奮したように星桜はまたしても左手を振り上げる。


「なら、あんたが落ちなさいよ!!!」


 星桜の振り上げた左手が、凛の頬を殴ろうとした時──



 パシッ



 横から伸びてきた手に腕を掴まれ、凛に平手打ちをすることが出来なくなってしまった。


「邪魔をしないでっ──」


 星桜が血走った瞳で横にいる人物に目を向ける。そこには、彼女を見下ろす弥幸の姿。


 弥幸は星桜の腕を掴んだまま、左手でマスクを少しだけ下げ、口パクで内容を伝えた。


『お れ に つ い て こ い』


 頭に血が上っていた星桜は、素直に従うことが出来ず言い返そうとした。だが、弥幸から放たれる眼差しに息を詰める。


 目線を泳がせながら迷った挙句、舌打ちをし凛を再度睨んだあと、弥幸に引っ張られるように廊下へと出ていった。

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