「あ、貴方は──」
────ボトッ
いきなり登場した狐面の男に気を取られていた星桜は、上から落ちてきた何かに気を取られる。
「ん?」と顔を向けると、人間の腕が力なく転がっていた。
「う、うううう、うでぇぇぇぇえええ!!!!」
本物の腕のように見えるが、切り口から出ているのは赤い血ではなく、黒いモヤ。
化け物の方を見ると、四本あったはずの腕は三本になっており、空へと黒いモヤを立ち登らせていた。
「へっ??」
よく分からない状況に、星桜は間抜けな声を出す。
そんな彼女など気にせず彼は、目の前に立っている化け物を見上げていた。
横に下げられている右手には、刀が握られている。
化け物は『ううぅぅぅうう』と不快な声を上げるのと同時に、溢れ出ていた黒い靄が、徐々になくなった腕に集まり、再生させられた。
「切られた腕が、再生された?」
「うぇ」と気持ち悪そうに見る星桜の前に立っている彼は、右に下げていた腕を腰まで上げ、両手で柄を握る。
刃を化け物へと向け、右足を一歩前に出した。
「忌まわしき想いの結晶よ。我ら赤鬼家の名のもとに、今ここで奪い取る」
抑揚のない声で、彼は言い放つ。それが戦闘開始の合図のように、両手で握っている刀を頭の上まで上げ、迅雷の如く速さで化け物の頭上を取った。
振り上げた刀を、そのまま化け物の残っている左腕目掛けて振り下ろした。
目で負えないほどのスピードで斬られ、化け物は何も抵抗出来ず、空中を舞い上がる左腕二本を見上げ、叫び声を轟かせた。
それだけでは終わらず、次に再生させた一本と残された一本の腕を、下げた刀の刃を反転させ、振り向きざまに両腕を勢いよく上へとあげ斬り飛ばした。
『がっ、ががが……ぁぁぁあああ!!!』
血飛沫の代わりに、黒いモヤが周囲を漂う。
痛みを感じているのか、その場で化け物はふらつき、何度も転びそうになっていた。だが、何とかバランスを整え、彼を見下ろした。
「――――貴様の負の感情の正体、それは”妬み”。自身の感情に気付いてくれない、自分以外の男を見ている。そのような光景を目の当たりにし、感情が黒く染ってしまった。”
彼が悠長に説明していると、またしても化け物が腕を一気に再生させた。
地響きが起こるほどの叫び声を上げ、重い体を走らせ彼へと突っ込む。
ドス、ドスという足音を鳴らし、両手を左右に広げ涎を垂らしながら彼へと走った。
『あぅああぁぁぁぁあああ!!!』
叫びながら迫ってくる化け物から目を離さず、彼は恐怖で体を震わせている星桜に声をかけた。
「安心して構わない。君を、死なせないと約束する」
「え?」
星桜は聞き返したが、彼は無言のまま両手で構えた刀を右の
「貴様を、我の手で斬る」
地面を蹴り、忽然と姿を消す。
次に彼の姿を確認できたのは、化け物が自身の両目をいきなり抑え、叫び出した時だ。
『ぎゃぁぁぁぁぁあああああああ!!!!』
「悪いが、これで終わりだ」
化け物の後ろに回った彼は、両肘を上げ、頭の上まで両手を上げた。
刃が月明かりに照らされ、きらりと光る。
刹那、風を斬る音と共に、化け物の右の肩口から左脇腹に抜けるよう斬り裂いた。
化け物は、耳元まで裂けるほど口を大きく広げ、モヤが立ちのぼる中重苦しい叫び声を上げる。そして、地面へとうつ伏せに倒れこんだ。
地面に伏せた化け物の背中から、光る玉が浮き出る。
暗闇を照らすほど輝き、見ていると心が温まる感覚があった。
その光は、真っ直ぐ彼へと向かう。
彼は、刀にまとわりついている黒いモヤを一振りし払い、鞘へと戻す。
近づいてきていた光に、そっと右手を添えた。
光は徐々に薄くなっていき、藍色の綺麗な石へと切り替わる。
落とさないように気をつけながら、ズボンのポケットからメモの貼られた小瓶を取りだし、中へと入れた。
小瓶に入れた瞬間、その石は黒い液体へと変わり、それと同時に小瓶に貼られている小さなメモに【壱】という文字が浮かび上がった。
文字を確認すると、小瓶をポケットの中に入れた。
すべての段取りが終わると、星桜の方に振り向き、ゆっくりと近付き正面で片膝を着いた。
星桜は先程から何が起きているのかわからず、放心状態。彼を見上げるのみ。
「おい」
「は、はい!!!」
彼の不機嫌そうな声で星桜は我を取り戻し、慌てて返事をした。
「君は、なんでこんな所にいるの」
冷静を務めているが、声には少しだけ怒りが含まれていた。
星桜は質問にすぐ答えられず「えっと……」と目を逸らす。
彼はそんな彼女の姿を見て、呆れたように溜息を吐き、立ち上がった。
「まだやることが我にはある。悪いが、君に構ってなどいられない」
吐き捨てるように言ってその場を去ろうとしたが、星桜が咄嗟に彼のズボンを掴み止める。その際、腕に痛みが走ったらしく体を震わせた。
「ぐっ……」
「なにやってんの」
痛みを耐えている星桜を軽蔑したように彼は見下ろす。
狐面を付けているため目元は見えないが、確実に人を小馬鹿にするような目を向けているのは、雰囲気でわかった。
それでも、彼女は今の自分の立場が危ういため、そんな視線など気にせず助けを求めるように、目に涙の膜を張りながら見上げた。
「あの、私、怪我を──」
自分は今、動けない状態だと伝えようとした時、狐面の下に隙間があり、そこから真紅に染まる瞳が見え、思わず言葉を止めてしまった。
「────綺麗」
「……はぁ?」
いきなり星桜が口を閉ざしたかと思うと、惚けた顔でそのようなことを言ったため、彼も気の抜けた声を出してしまった。だが、そんな様子など気付かず、星桜は赤く輝く目を見続けた。
「その目、すごく綺麗ですね」
「逆ナンなら他当たるんだな、我は行く」
星桜の言葉を軽く流し、彼は面倒くさそうにその場を去ろうとする。だが、それを星桜が許す訳もなく、掴んでいる手を離さない。
「おい──」
「もしかして、赤鬼君?」
いい加減にしろと言わんばかりに、彼は星桜を睨み付ける。
その目線に気付かない星桜は、気にせず問いかけた。
「何を言っている」
「な、何となく……。なんか、知っている匂いだなぁと思って……」
星桜の言葉に、彼は何も答えなかった。
その沈黙こそが肯定しているようにも取れる。
「今のはなっ──」
「終わったのかしら」
星桜が色々質問しようとした時、女性の高く、冷静な声が草木をかき分ける音と共に聞こえた。
音が聞こえた方には、木々の隙間から彼と同じ服を身にまとった小柄な女性が口を結び立っていた。
服の作りは彼と同じだが、色が
狐面を目元につけているため見えないが、冷静そうな女性という事は、今の立ち居振る舞いだけでわかった。
「何をやっているの、
「別に、我は何もしてない。この女が勝手に我を掴んで離さないだけだ、
お互い、呼び名らしき言葉を呼び合う。
その光景を、星桜は目を丸くし見ているしかできなかった。