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第3話 「今回の妖傀は」

 次の授業は音楽。音楽室は自由席なため、星桜と翔月は目立たない窓側の一番後ろに座ろうとしたのだが──……


「あれ」


 いつの間に教室から姿を消していた弥幸が音楽室におり、特等席である窓側の一番後ろの席で突っ伏していた。


 星桜は閃いたというように笑みを浮かべ、意気揚々と足音を立てず彼へと近づく。

 隣まで来ると、膝を折り耳を傾けた。


「すぅ……すぅ……」

「…………寝ているようです」

「それを俺に報告してどうすんだよ」


 寝息が聞こえ、星桜は真面目な顔で翔月に報告。すぐさま呆れ声でツッコミを入れられた。


「──ん? なんだろう。この匂い」


 鼻に触れる甘い香り。それに気づき、彼女は弥幸に鼻を近づかせ、クンクンと嗅ぐ。その行為は傍から見ると変態行為なため、翔月は空を仰ぎ、呆れたように右手で顔を抑えた。


「なんか、甘い花の匂いが──」


 疑問が口からこぼれ落ちるのと同時に、続々とクラスメートが音楽室に入ってきた。


 二人は時間を確認し弥幸から離れ、窓側の後ろから二番目の椅子に並んで、座った。その時、翔月は横目で星桜を見る。


「お前は、俺より……」


 彼の不安げな声は、隣にいる星桜にさえ届かなかった。


 星桜が自身から離れたことを確認すると、弥幸は腕から真紅の瞳を覗かせ、二人を見つめる。


 細められた目に映るのは、二人の奥に沈む裏の感情。隠された想いが彼の瞳に映り込み、微かに揺らす。


 何事も無かったかのように弥幸は、授業が始まることなど気にせず、眠りについた。


 ※


 教室の後ろ。ドア付近には、凛が教科書を抱きしめながら恨めしそうな表情を浮かべ立っている。

 俯き、手には力が入っているのか、握っている教科書に皺が寄っていた。


「────っ。星桜さえ──」


 凛の苦しげな言葉は誰にも届かず、消えた。


 ※


 放課後。星桜はまだ弥幸の観察を諦めておらず、鞄に教科書を詰めながらも横目で見ていた。


 弥幸も同じく帰り準備をしており、顔を俯かせている。

 フードをかぶり目元を隠し、口には黒いマスクが付けられているため、完璧に表情が隠れてしまっていた。


 淡々と帰る準備を進めていた彼は、鞄のチャックを閉じ、右肩にかけ教室を出て行く。


「謎多きクラスメイト、赤鬼君の謎を絶対に解いてやるんだから」


 星桜は気合いを入れ直し、鞄を右手で持ち慌てて廊下に出た。

 先に出た弥幸を追いかけようとしたのだが……。


「────えっ?!」


 廊下に出た瞬間、星桜は驚きの声を上げ周りを忙しなく見回し始めた。


「うそっ、どこ?!」


 先程廊下に出たはずの弥幸の姿が何処にも無く、忽然として姿を消した。

 まだ諦められない星桜は前、後ろと確認。念の為、近くの階段も見たが、影すら見つけることが出来なかった。


「や、やられたぁ!!」


 階段の上で叫びながらしゃがみこみ、肩を落とす。

 そんな彼女に、一つの影が忍び寄る。足音を立てず、両手を前に突き出し、星桜の背中へと近づいていく。


 突き出されている両手は、階段の上で蹲っている星桜に向けられている。


「──ん? あ、凛!!」

「っ!! あ、えっと。こんな所でなんでしゃがんでるのさ星桜」


 星桜に近づいていた人影の正体は、友達である凛。

 彼女は、いきなり振り返った星桜に驚き、言葉を詰まらせる。だが、すぐに作ったような笑みを浮かべ、伸ばした手を星桜の両肩に置いた。


「赤鬼君の謎を解こうと追いかけたんだけど、逃げられた……」


 ガクッと肩を落とし、星桜は床に落ちてしまった鞄を拾い上げながら立ち上がり、肩へとかけ直す。


「あははっ、ドンマイだね星桜。さぁ、帰ろう?」

「うん」


 その後二人は、くだらない会話をしながら帰路についた。


 ※


 昇降口の近く。木に隠れるように一人の男子生徒が立っていた。

 その生徒はフードを深々とかぶり、黒いマスクを付けている。


 フードから覗いている銀髪を風で靡かせ、真紅の瞳を自身の教室に向け言葉を漏らした。


「今回のは、一気に二体出現するな。このまま付き纏ってくれた方が情報が取れていいかもしれない。めんどくさいけど……」


 抑揚がなく、業務を行っているような口調。教室を見上げていた青年、赤鬼弥幸はそのまま、何事も無かったかのように校門の方に歩き出した。


 片手にはスマホが握られており、メール送信完了の画面が映し出されていた。

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