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第2話 「その狐の名前は」

 学校の教室内。壁掛け時計の時間は、十三時の少し前を指している。

 昼休みなため、各々が自由に過ごしていた。


 賑やかな教室内に、机に突っ伏して寝ている男子生徒が一人、窓側の一番後ろの席に座っていた。その男子生徒の名前は赤鬼弥幸あかぎやこ


 ワイシャツの上に黒いパーカーを羽織り、フードを深く被っている。

 窓が開いているため、フードから見え隠れしている銀髪が微かに揺れていた。


 人と関わるのが嫌いで、普段からずっと一人で行動している。そのため、周りからも遠巻きにされており誰とも話さない。

 謎が多い人物だと、周りからは思われていた。


 そんな彼を見ている、一人の女子生徒。

 黒髪を肩まで伸ばし、目はぱっちり二重。肌白で背筋がまっすぐスタイル抜群。見た目も可愛く、人当たりの良い性格なため、男女共に人気の高い人物。

 名前は緋翠星桜ひすいしおん


 星桜しおんは、謎多きクラスメート、赤鬼弥幸が気になり横目で観察していた。彼に気づかれないように、教科書で顔半分を隠している。

 そんな彼女に、一人の女子生徒が肩をポンッと叩き話しかけた。


「星桜、何を見てるの?」

「ん? んとね。今、赤鬼君の観察してたの」


 星桜に声をかけた女子生徒は、武永凛たけながりん。見た目からして活発そうな女子生徒。


 明るい茶色の髪を後ろでポニーテールにし、ワイシャツの袖をまくっている。

 スカートは、膝より少し上まで上げていた。


 彼女の問いに星桜しおんは、至極真面目な顔で凛の質問に答える。

 凛々しい表情の星桜に、凛は引きつった笑みを浮かべた。


「あぁ、赤鬼君ねぇ……」


 凛は気を取り直し弥幸に目を向け、苦笑いを浮かべながら曖昧に呟く。

 その反応が星桜にとっては不思議なものに思え、目を丸くし見上げた。


「どうしたの?」

「うーん。赤鬼君ってさ、あまり……というか、全く人と話さないでしょ? 話しかけてもすごく嫌な顔をするし。だから、誰も話しかけようとしない」

「あぁ、確かに。一度日直の仕事で一緒になった時あったけど、話しかけても無視されたんだよね。沢山話しかけると嫌かなぁって思って、その後は何も話さなかったんだけど」

「あんたに対してもそうなんだ」

「まぁ……」


 曖昧に星桜は返答し、凛を見る。

 その時、凛は何かを思い出したかのように、笑みを浮かべ口を開いた。


「そういえば、最近噂になってる狐に少し似てない?」

「噂? あぁ、闇夜を駆け回る狐──だっけ?」

「そうそう。夜、外を出歩くと人間とは思えない化け物──に追いかけられ、捕まってしまうと手足を引きちぎられ殺される。でも、そこへ颯爽と現れる狐が妖怪を一瞬のうちに切り刻み、助けてくれる。その狐の名前は、闇夜の狐──夜狐。と、いう噂」


 怖い話をするように、ゆっくりな口調で語る凛。対し彼女は真剣に聞き、うんうんと頷いていた。


 その際、特徴を確認するため、横目でもう一度弥幸に目を向ける。だが、窓側にはもう誰もいなかった。白いカーテンが風に煽られ、ひらひらと揺れているのみ。


「あれ、いなくなってる……」

「あ、本当だ。どこに行ったのかな」


 教室内を見回す二人だが、見つけることが出来ない。すると、一人の男性が星桜へと声をかけた。


「星桜」

「あ、翔月かける!!」


 声をかけたのは、月宮翔月つきみやかける

 髪の色は焦げ茶。ワイシャツは三つぐらいボタンを開け、中には黒いTシャツを着用していた。


 翔月と星桜は幼馴染で、今でも仲がいい。

 よく、二人で登下校をしたり、お昼を共にしていた。

 星桜はうっかりしている時が多々ある為、その度翔月が声をかけ助けていた。


「星桜、次移動教室だぞ。急いだ方がいい。武永も」

「あ、そうだった。ありがとう、翔月。凛、準備して行こ?」


 星桜の机に手を置き、やれやれと言うように伝える。

 すぐに彼の言葉通り彼女は立ち上がり、凛に向けて手を出し、当たり前のように一緒に行こうと笑顔を向けた。


 だが、笑顔を向けられた凛は手を差し出す事はせず、翔月を見続ける。

 不思議に思った星桜がもう一度彼女の名前を呼ぶと、やっと凛は口を開いた。


「…………うん。あ、でも少しやることがあるから先行ってて」


 一瞬、表情が消えた凛だったが、すぐに口角を上げ星桜を見た。

 その様子に疑問を抱く星桜だったが、何も問いかける事はせずに「わかったよ」と言って、翔月と共に教室を後にした。


 二人が教室から出たことを確認すると、凛は浮かべていた笑顔を消す。


「最初は、やっぱり星桜に話しかけるんだ……」


 沈痛な面持ちで呟いた凛は、舌打ちを零し、そのまま自身の机に戻る。

 時間を確認しながら、次の授業の準備を始めた。

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