「キャァァアアアアアア!!!!!」
闇が広がる町で、一人の女性が悲鳴を響き渡った。
腰が抜け、地面に座り込んでいる女性に襲い掛かろうとしているのは、人とは思えない化け物。歪な影が地面に映り、女性を襲おうと四本の腕を広げていた。
街灯が地面を照らし、その光に集まる虫。そんな中、様々な高さ、形がある家の屋根の上を風の如き早さで走る人影があった。
普通なら微かにでも足音が聞こえるはずだが、人影からは一切聞こえない。
月明かりがないためどのような表情、格好をしているのか分からない。ただ、影の形からしてパーカーやTシャツなどではないのと、腰には細長い何かが付けられているのだけは分かる。
人影が向かう先には、襲われている女性。あと数秒で、四本の腕が女性の身体を潰す。
――――刹那、彼女の髪が突風に煽られ、視界を覆ってしまった。
次に視界が晴れた時、目の前に映る光景に驚愕した。
黒い靄を背景に銀髪を靡かせている、一人の青年が女子を守るように立っている。
通常より大きな襟を風で揺らし、銀髪が街灯により照らされていた。
目元には、白い顔半分の狐面。左手で握られているのは、刀の鞘。
ジャリっとスニーカーで音を鳴らし、目の前で二本の腕が失われ苦しんでいる化け物を見上げた。
青年の倍はある化け物は、低く地鳴りが起きそう唸り声をあげた。
目は窪み瞳はなく、口からは興奮のあまり涎がボタボタと落ちていた
「忌まわしき想いの結晶よ。我ら
彼は目の前で唸っている化け物の圧に屈しず、刀の柄を握り直し、ゆっくりと引き抜いた。
銀色に輝く刃が月明りに照らされ姿を表す。腰を落とし、膝を折り炎のような赤い息を吐いた。
「────っ」
瞬きをした一瞬。その一瞬で、彼は姿を消した。
次に姿を現した時には、もう化け物の頭上。両手で刀を握り、頭の上まで上げた。
化け物は彼の姿を確認すると、二本の腕で顔を隠すようにクロスする。だが、彼はそんな事を気にせず重力に従い、両手で刀を振り下ろした。
化け物を腕ごと縦一線に斬り、真っ二つにし地面に着地。化け物は耳に残るほど不気味で重苦しい悲鳴をあげ、斬られた傷からあふれ出る炎によって焼き落ちた。
地面に着地した彼は、しゃがんでいた体勢から立ち上がり、振り返る。
「強い恨みは具現化し、対象を殺す。君、人からものすごく恨まれているらしいね」
化け物が消えた方向を見ながら、震える女性に言う。
そんな彼を青い顔のまま見上げ、口を大きく開き甲高い声で訴えるように叫び散らした。
「い、いきなり……。いきなり何よ……。あんたは一体、誰なのよ!」
「我か、我の名は──」
月明かりを遮っていた雲が徐々に移動し、暗闇に染められていた町を照らし出す。
銀髪が風に揺れ、目元を隠している狐の面は、女性をまっすぐと見据えていた。
男性にしては、少し高めの声で自身の名を短く名乗る。
「────ナナシだ」
大きな襟付きのノースリーブが風に揺れる。
その人物の格好は、実に奇妙なものだった。
黒い上着のチャックを胸辺りまで下ろし、左肩を露出している。
履いているのは、紅色のスニーカー。
足音一つさせず、ゆっくりと女性へと近づく。
刀を鞘に戻した彼は、次の瞬間。一瞬のうちに姿を消した。
気配を感じる事が出来ず、足音すらしなかった。
まるで、風が彼を持って行ってしまったかのように、忽然と姿を消した。
女性は何が起きたのかわからず、しばらくはその場から動けなかった。
※
闇の中から突如として現れ、突如として消えてしまう。
闇を駆け回り、人の”負の感情”が具現化された存在。”
銀色に輝く髪、女性のような白い肌。腰には、黒く光っている鞘。そして、目元には狐の面をつけている青年。
その人の事を皆、口を揃えてこう呼んでいる──……
闇夜を駆け回る狐――――