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三日月のリアライズ
アラタ
異世界恋愛フューチャーラブ
2024年11月04日
公開日
73,702文字
連載中
クレイは容姿端麗・高性能AGI搭載のmale型ヒューマノイドで、見た目年齢は20歳。傷害事件を起こし製造元のコンプリート社から廃棄宣告を受けた矢先、犯罪組織“レッド・リスト”に誘拐される。そのアジトでヒューマノイドのプログラム改変に携わる少女ルノ・ライナス(16)と出会う。アサシン(暗殺ロボット)になりたくないクレイは、ルノを誘い逃亡を図る。レッド・リストと警察に追われることになった二人は、無事逃げ切ることができるのか。
愛を知らないヒューマノイドと、彼を慕う女の子の物語。

第1話 Dark room(暗室)#1

 俺たちは、どこまで行けるだろう。

 偉そうに、確実な未来を約束したかのように、君を連れ出したけれど。


 勝算は欠片もなかった。

 作戦すらなく行き当たりばったりで。

 ただ逃げることしか考えなかった。


 ひと思いに死ねたら良かったんだ。

 大切なものを全部失った。

 この世界に未練なんてなかった。


 でも、死ねないなら、生きる道を探さなきゃならない。

 正しいか間違ってるかは、後になってみなくちゃわからないから。


 内蔵されたCPUで、どれほど助かる確率を演算したって、パラメータのわずかな差異で答えは大きく変わっていく。


 それなら。

 その予測不可能を味方につけろ。


 遠くへ、遠くへ。

 ここじゃないどこかへ。

 いま目の前に広がる現実から未来をつかめ。


*


 西暦2030年。バイオヒューマノイドは人口減少を補う働き手として、いまや必要不可欠な存在だ。この世に生をうけて即戦力で働ける。家事、育児、介護、接客、デスクワーク、専門的な技術職まで、守備範囲は広い。

 高スペックが高価格なのはコンピューターと同じで、グレードにもよるが一体一万ドル以上、ハイエンドの顧客向けなら三万ドルはくだらない。購入より派遣希望のユーザーが大半だ。

「これ以上何をチェックする気だ」

 小さな処置室に閉じ込められ、俺のコンディションは下がる一方だった。壁に狭さを緩和する大きな鏡が据えつけられていても、二時間以上缶詰にされれば気も滅入る。早く外に出て日差しを浴びたい。


「あなたが正常か否かを確認するための作業なの。コンプリート社の今後に関わることだから我慢してちょうだいね」

 コンプリート社は俺の製造元だ。前身は自動車メーカーだった。EVで培ったAIや半導体技術を応用し、2000年代前半ヒューマノイド市場に参入した。歴史は浅いが、業界トップクラスのシェアを誇る。自動車同様、企業の競争がヒューマノイドの性能を急速に進化させた。

 リスク・クライシスマネジメント課の職員タリスが、疲れも見せず質問を繰り返す。黒髪を一つに結び、飾り気のない薄いグレーのジャケットとタイトスカートが地味な印象だ。


 その奥で、俺を監視する警察官がひとり。つば広の帽子にトラディショナルなスーツを着た男性だ。警察官らしくない出で立ちだった。薄紫の瞳が時折、窺うように俺を見る。二十代後半くらいか。ほかの同席者は別室でこの部屋をモニタリングしている。


「その服は、自分で選んだのかしら? 今の季節にちょうどいいわね」

 タリスが俺の服装を見て訊ねた。白のオックスフォードシャツにベージュのチノパン。普段着はカジュアルで、仕事によってスーツや燕尾服も着こなす。

「服が何か関係あるのか」

「サービス業ですもの。身なりに無頓着だとまずいでしょう。その点、あなたは合格ね」

 俺は見た目年齢二十歳、金髪で瞳は明るい水色だ。容姿・頭脳共にAランク。ほかの汎用ヒューマノイドと違う点は、大量生産じゃなく、人気デザイナーが手掛けた一点ものであることだ。

 一般的なヒューマノイドは専門職に特化した作りで低価格だ。ドライバーなら運転、コックなら料理だけのスキル。俺のようにマルチタスクタイプはオプションの数だけ値が跳ね上がる。


「定期的なアップデートとメンテナンスは済んでいるし、デバッグで不具合も見つからなかったのよね」

「だったら早く解放しろよ」

「何故暴力行為に及んだのか解明しなくてはいけないの。あなたはサラの家庭教師として家族の信頼を得て、順調に成果を上げていたのに……あの日何が起きたかもう一度聞かせて」


 同じ問答を繰り返す無意味さに辟易する。昨今のヒューマノイドは、人間と円滑なコミュニケーションをとれるよう適度な喜怒哀楽が施されている。

 性格や感情のプログラムは、対人関係に快適さを求める人間側の都合だ。愛情を示してほしい、けれど負の感情は抱くなという傲慢さ。リミッターを設けるくらいなら、最初から感情なんて植えつけなければいいのに。矛盾してる。

「家族間の問題に介入してはならない決まりでしょう。特に暴力行為は即時制御されるはずなのに、あなたは主人のジョージ・スミス氏に手を上げてしまった」

「俺に文句言われても困る。あんたたちのプログラムに問題があるんだろ」

「異常が見つかれば、そう結論づけられるわ。でもあなたの数値は正常なのよ。LLM(大規模言語モデル)の最適化も上手くいってるのに変だわ」


 テーブルの向かい側に座るタリスはしばし考え込んだ。LLMは膨大な計算量、データ量、パラメータ数で構築された自然言語処理モデルだ。パラメータ数が多ければ、より高度な言語生成能力を発揮する。

 結果として、自然で流暢なやり取りや、複雑な質問への回答が可能になる。ひいては文脈、前後関係、事情、背景、状況などのコンテキストに応じて適切な行動がとれるのだ。


 出力ロジックは、この世界の情報が元だ。俺が導き出したロジックと、人間が望む理想的な姿が乖離しないよう常に最小化が図られている。

「創発の一種とも考えられますが、タリスさんはどのようにお考えですか」

 沈黙を続けていた警官が口を開いた。タリスが一瞬、目を輝かせた。

「エイリーさんがおっしゃるように創発が起きたのだとしたら、開発側としては喜ばしいことです」

 LLMのトレーニング量やパラメータ数などを増やしていくと、ある閾値しきいちを超えた時点で、急激な性能向上が起こる。これがAIにおける創発だ。

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