気になっているからこそ話しかけるし、気になっているからこそちょっかいをかけてしまうって事を、小学生の頃の男子だったら少しは経験したことがあるか、そういうことをしている奴を見たことが有るんじゃないかな?
他人事のように言っているけど、何しろ高校1年生の俺、
その被害者と言っていいのか分からないけど、その相手というのが、幼馴染と言っていいのか分からないが、小学校からずっと同じ学校出身の女の子、
まぁ実に俺は痛い子だったのは間違いない。初めて会った時の事を今でも覚えているけど、小学校のクラス替えにて教室に入った時に分名の事を視た瞬間、全身が稲妻にでも貫かれたんじゃないかというくらいの衝撃を受けた。
くりくりとした大きい眼に、小さいながらも整った顔、教室に差し込んでくる陽の光にキラキラと輝く黒い髪。
――て、天使?
教室に入ってからというモノ、俺は分名の事を眼で追いかけていた。
それからというモノ、何かあると分名に話しかける生活が始まった訳だけど、時にはエスカレートしすぎて口喧嘩をしてしまう事もあった。
当時はまだ男女の差なんてあまりないから、本当に対等な立場での口喧嘩だ。今の俺から見たら些細な事でケンカしていた頃が懐かしい。
「よう!! 分名!!」
「…………」
廊下ですれ違った分名に挨拶をするけど、視線さえ合わせてもらえずにすれ違う。そんな生活が中学2年生の時から続いている。
こうなってしまった原因は中学生時代にまで遡る。
分名の家は地元の、二本松ベーカリーというパン屋さんを営んでいるのだけど、地元の人達だけではなく、近隣からも買いに来る人がいるくらい人気店なのだが、俺もこの二本松ベーカリーのパンが好きだ。好きだけど素直になれない時ってあると思うんだ。
ちょうど休憩時間にすきなパンの話になって皆が分名の家のパンの事をめちゃくちゃ褒める。男子も女子も関係なく褒める者だから、変に対抗意識を燃やしてしまった俺は、あろうことか「は!! もっとうまいパン屋はたくさんあるだろ!!」なんて口走ってしまい、多たまたま俺のクラスに遊びに来ていた分名に聞かれてしまったのだ。
「もう……買いに来なくてもいいよ」
教室を出ていく時に俺に向かいそれだけを口にした分名の顔は怒っているというよりも、困っているような顔に見えた。
「おい!! 今のはねぇよ!!」
「そうだぞあそこのパンマジでうまいじゃねぇか!!」
「一斗はバカ舌なんじゃねぇ?」
俺と一緒に居た奴らがやいやい騒ぐ。
「るっせぇな!!」
思わず怒鳴ってしまった俺の声が教室中に響く。
「あぁ~あ。一斗やっちまったな」
「さすがに可愛そうになるわぁ……」
「るせぇって言ってるだろが!!」
中にはニヤニヤしながらからかってくる奴もいるけど、俺には先ほどの分名の顔が目に焼き付いて離れなかった。
それからも分名は俺達の教室にお遊びには来るものの、特に俺と何かあるわけでもなく、言葉を交わさない日々が続く。
夏休も真っただ中の8月のとある日――。
俺の家族総出で――と言っても両親と俺と妹だけだが――、妹の願いを聞いた形で皆でキッズパークへと遊びに来ていた。
夏の照り付けるような刺すような太陽光の元で、汗をかきながらも元気に遊ぶ
俺と若菜は9歳差があるのだが、両親は歳が離れて生まれた若菜の事を大事に育てている。特に母さんは娘が欲しかったと言っていたので、とても喜んでいつも一緒にいる感じ。
決して俺が邪険にされているというわけではなく、俺も俺で反抗期的なモノを患ったようなきがしていないし、両親も何故かその事に関して疑問に思っているようだ。
「あ……御前……」
「え? あ……分名?」
じっとりと汗をかいた若菜に、水分補給のためのペットボトルを与えるため、荷物の置いてある場所へと戻ってきた俺。少しかがんだ拍子に声を掛けられ、顔を上げると小さな男の子と手を繋いだ分名が目の前に建って俺を見ていた。
「来てたんだ……」
「え? あ、うん。家族で……」
「へぇ……」
すると俺の事を待っていられなかったのか若菜が俺の所までとととと走って依ってきた。
「若菜、走らなくていいからゆっくりおいで」
「はぁ~い!!」
思わず声を掛ける俺。
「へぇ~……」
「な、何だよ?」
「妹さん?」
「そうだ……けど。若菜このおねぇちゃんに挨拶して」
「おまえわかなです!!」
元気に挨拶をする若菜を、微笑ましく見つめる分名。
「弟?」
「え? なに?」
「いやだから、その隣の……」
「あぁ、うん。弟」
「そうか……。ねぇ君、ジュースのむ?」
「え? の、飲む!!」
俺がペットボトルのキャップを開けて若菜と分名の弟君へ渡すと、二人共勢いよく飲み始めた。
「あ、ありがとう」
「いや。どういたしまして。暑いからな水分は大事だ」
「そうだね。ねぇ……」
「ん?」
「……やっぱり何でもない!!」
「なんだよ……」
「あ、ありがとね!! もう行くよ!!」
慌てて弟君の手を掴んだ分名はそのまま俺達に背を向けて去って行った。
「なんだったんだ?」
そんな疑問が浮かんだけど、それよりもあの分名が話をしてくれたことが嬉しかった。
その日は一日中、俺の顔がにやけていて気持ち悪いと両親にいわれ、若菜からは「きもい」と言われてしまって泣きたくなった。
それからは特に何かイベントみたいなことが起こるはずもなく、無事に中学校を卒業したわけだけど、ここで分名ともお別れになると思っていたんだ。
中学3年生になるとすぐに高校受験に向けて学年内もピリ付き始め、日に日に『受験』を意識した授業内容にもなっていく。
そんな中、俺の成績からすると狙える高校なんて言える立場では無いので、もちろん目指すのは地元一択。俺の地元には二本松実業高校と安達高校という選択肢があるのだが、俺は安達高校へと進学先を決め、合格へ向けて勉強に力を注ぎ始めた。
噂というか公然の秘密というか、そういうものは知らずに巡ってしまうもので、分名は地元から離れた郡山の高校へ進学すると俺の耳にも届いた。
分名は学年の中でも成績が上位に入っているので、それも当たり前だなという納得した気持ちと、これで分名と同じ学校へ通うことが無くなるのかという失望感とが、その話を聞いた日から毎日繰り返し俺に襲い掛かって来る。
――俺が何か言える立場じゃないしな……。それに俺たぶん分名には……。
どこかで勝手に期待してしまう自分自身を戒める。そう俺はあまりにもやらかし過ぎていたのだ。
こうして迎えた高校受験。そして合格発表。その場に分名の姿を見つけることが出来なかった。もしかしたら――なんて期待が木っ端みじんに砕け散った瞬間だった。
春になり高校への入学式の日。
見慣れた奴多と共に話をしているその横を、さっらさらな黒い髪を揺らした女子生徒が通り過ぎていく。
――え? あれって……。
まさかと思った。ここに居るはずがないのだから見間違いだと思った。
「なぁ」
「どうした?」
「なんだ一斗緊張してんのか?」
声を掛けた友達二人、この二人はクラスメイトだったので仲が良い。
「そうじゃねぇ。なぁ、あれって?」
「ん?」
「あぁ、分名だろ?」
俺が視線を追って二人が見た後、どうした?という様な表情をして俺を見返す。
「いやいやいや!! どうして分名が居るの!? この学校に!?」
「どうしてってそりゃぁ……この学校に受かったからだろ」
「そうそう」
「だって分名は郡山に」
「まぁいいじゃねぇか!! また分名と一緒の学校で」
「良かったな一斗」
「…………」
わかり合いすぎているという事が、こういう時に弊害を生んでしまう。そうなのだ俺がこうしてうろたえている事も全て、この二人には『何故』かという事が見透かされてしまっているのだから。
何故かまた一緒に通えるようになった高校生活だけど、今までと同じように行くわけじゃない事は知っていた。中学生時代は一つの地方の集合体として生徒が集まってくるわけだけど、高校生になった途端にそのコミュニティーは無限に広がる。
新たな知り合いや友達などが出来、部活等をする奴も中に入るので、高校生生活が始まってひと月もするころにはすでに何らかのグループが出来上がる。
残念なことに分名とはクラスが分かれてしまっているので、どういう関係を作っているのかは分からない。
俺はというと、高校生になったらやりたかったことの1つがバイトである。自分が遊ぶためにバイトする奴もいるけど、俺は自力で進学するための資金としてバイトをすると決めていた。
それは恥ずかしくてあまり人には言えないけど、若菜の為にでもある。俺よりも若菜に苦労を掛けたくないから、俺は自分で何とかするつもりだ。
「いらっしゃいませぇ!!」
「お!! 一斗やってるなぁ!!」
「あ? なんだお前らかよ……」
「そういやな顔すんなって。いい情報仕入れたからお前に提供するために来てやったんだぜ?」
「いい情報? まぁいいや。空いてるとこに自由に座ってくれ」
「「「あいあい」」」
俺が始めたバイトは、バイパス道路に寄り添うようにある食堂の『バイパスドライブイン』で、地元の人はもちろんだけど、バイパス道路沿いにあるという事で、トラックの運転手のおじさん達や、観光客の方たちなど割と毎日の様に席が埋まってしまうほどの人気店。値段の割にそのボリュームの多さでもファンがいるほどなので、バイトに出ている日はめちゃくちゃ忙しい。
「それで?」
「あん?」
「いい情報とやらは?」
注文されたメニューをどんどんおいていく間に会話をする。
「対価は?」
「……唐揚げ少し多くしてもらってる」
「良し!!」
「じつはなぁ、ここに来る前だけど、俺達
「へぇ~ひとがバイトしてるってのに、良い御身分じゃねぇか……」
俺の眉間にしわが寄るのが分かる。
「まぁまぁ」
「そこでな。見たんだよ」
「見た?」
「そう。なんとテニス部の部長さんと一緒に歩いてる分名の姿をな」
「…………」
「あれ? 一斗?」
――こいつら俺の事煽りに来てるのか!? どこがいい情報なんだよ!!
「お前らの食ったやつ……お前らだけ倍の値段だからな……」
「何でだよ!!」
「横暴だぞ!!」
「いい情報だろうがよ!!」
口々に文句を言う友達だけど、俺は気にせずバイトへと戻る。ただその後の仕事をちゃんとできたかは記憶に無い。
もちろんお会計は正規の値段でしたよ。俺が言ったからって簡単に値段が上がる訳ねぇだろ!!
と心の中でだけ悪態をついておく。
そんな俺にとっては『嫌な情報』を聞いてから先、俺はどんよりとした毎日を過ごしていた。
とある休日にバイトに行くために自転車を漕いで向かっていたのだけど、店の中へと入っていくカップルが目に入る。何気なく視線を向けると、その片方の女の子が分名だとわかった。
漕いでいた自転車を止め、その二人が入っていくだろう店を見つめていると、カップルにしては何故か二人の間に距離がある事に気が付く。そして分名の表情自体も硬い気がする。
「――!!」
「――――よ!!」
「ふざ――!!」
「――して!!」
少しずつ二人に近寄って行くと、段々と何か話をしているのが聞こえて、近づくにつれてソレがケンカしているような言葉の応酬だと理解すると、俺は自転車を投げ捨てて走り寄った。
「すんません」
「な!!」
「え!?」
分名の腕を掴む男の腕をギュッと掴み声を掛ける。
「嫌がってますよ」
「お前誰だよ!! 関係ねぇ奴は引っ込んでろよ!!」
「なぁ分名……」
「え?」
男子が何か言っているけど気にせず俺は分名に声を掛ける。
「困ってるのか?」
「……うん」
「助けても……いいか?」
「うん。……お願い……」
「わかった」
分名の言葉を聞いて俺はその向かい合う男子へと視線を向けた。
「あんた嫌われてんだよ」
「なんだと!! そんなわけあるか!! 俺は部長だぞ!!」
「部長だか、店長だか知りませんがね。こうして事実嫌がってるでしょ? あんたバカか? 見えないのか? 眼科行く事をお勧めするよ」
「てめぇ……」
どかっ!!
「きゃぁ!!」
分名の悲鳴に似た声と、俺の左頬に痛みを感じたのが同時だった。
「先に手を出したのはあんただからな……覚悟しろよ!!」
「な、何だこいつ!! ちい……人が……」
俺達が入り口付近にて騒いでいたので、誰かが店員を連れてきてくれたみたいだ、その姿を見た男子はすたこらと走って逃げていく。
「だ、大丈夫!?」
「ん? こんなのたいしたことねぇよ」
「で、でも……」
「俺が分名にしてきた事を思えば天罰だぜ。気にすんな」
「…………ばか」
小さな声で分名がつぶやいた後、俺の背中に温かくて柔らかい感触が伝わり、そして俺の正面へと腕が回されていた。
「ありがとう……助けてくれて」
「……おう」
少しその場から動けずにいた。
あの店の前で分名に掴みかかったのは、友達が見かけた通りテニス部の部長だったらしい。女子テニス部に入った分名だったが、なぜかその時から目を付けられ、しつこいくらいに声を掛けられるので、一度だけという条件で出掛けたのがあの友達が見かけた時だったらしい。
その後も執拗に声をかけてくる部長にうんざりしていると、女子テニス部の友達に遊びに誘われて出向いた先に、あの部長が居た。
後々の話しで、部長がテニス部の女子を唆し、分名を呼び出したことが判明した。その事が明るみになると、部長は謹慎を顧問から言い渡され、そして部活には顔を出さなくなったみたい。
その後の事は姿を見てもいないし、話も聞かない。まぁどうしているかなんて興味も無いけど。
俺にとってはそれが契機となった。
分名が俺のそばにいる事が多くなったのだ。
そうしていると自然と俺達が付き合う事になるのに時間はかからない。高校2年に進級する時、俺から告白して「はい」と頷いてくれた伊代。
俺達のお付き合いが始まった。
それから数年――。
雲一つない青天の元、俺達は空の庭ウエディングで鐘の音を聞いている。
「おめでとう!!」
「お二人さんお幸せに!!」
「泣かせるんじゃねぇぞ!!」
「もげろ!! はげろ!! 老けろ!!」
色々な声に見送られながら、俺達はハネムーンへと向かい車へと二人で乗り込む。
その恋は伊代に出会った時から既に終わっていた。
いや終わったと思っていた。色々とやらかしてきたし。でも今、確かに恋は終わりを告げた。
この最愛の
これからは愛する人になる事で――。